第三章は急いで書いているので、完全版は後日。ストーリーだけを載せます。
第三章 追い詰められるもの
3-1.絶滅危惧種
「そうです。今年申告で出した分が全てです。逆に今になって、こんなものがありましたって方が変でしょう?」
攻防は阿部氏の個人事務所で行われた。
「ああ、確認です。毎度毎度の再確認再々確認です。」
「警察と同じなんですね」
「我々も必死なんですよ。自分の身銭にもならない金を追い捲る。職務に忠実なだけです。」
「何かは無いんですか?」
「逆に何かあるんですか?私が知る限り榎本さんの持っているものは全部貴方達が把握している。私の何処を探って隠し口座とか地下銀行との取引があるって言うんですか?」
「毎度脱税者は『まさか』を用意してくれます。我々は、その連中の『狡賢い想像力』の上を行く義務があるんです。」
「ああ…、榎本さんも同じだったんでしょうね?何か、分かる気がします。」
「論点をずらさないで。」
「私は彼が持っていた物を思い出そうとしていますが、失ってばかりと思います。」
「では失踪1年前に完成したマンションはどうかしら?そこの一室、貴方の名義ですよね?」
「そうです。あれも申告はしています。一度、入って全部浚って見ては?利益分の計上は申告しています。どう見ても想定の範囲内じゃないですか?」
「おかしいのはソコ。妙に建設資材がかかり過ぎじゃないかと?」
「では杭打ちをケチる方がマシだと仰るのですか?」
「妙にかかりすぎているでも、キチンと価格が出ている。」
「嘘を前提に考えるからそうです。彼は徹底的に設計を見直して、以前の建築偽装問題だけは起こしたくないと…、常々それだけでした。経費が高いのもセカンドオピニオンに設計事務所を梯子して確認したぐらいです。価格が高いのは当たり前です。それとも、どっかで抜いているとでも?」
「分かりました。今日はここまでで終わりましょう。」
「もう、何もありませんよ。」
阿部氏は、本当に疲れ果てた様子だった。
「何でこういう風になったのか?」
阿部氏は中島みゆきの歌が好きである。だが最近「つよがりはよせよ」が聞けなくなっていた。
歌詞は歌う。
「何時から、こんな風になったのだろう?」
その問いは、この老い耄れ二人の共通の台詞だった。
「趣味が合いますね?」
突然の声に驚いた。
「誰だね?失礼じゃないか?あきる野署か?」
阿部氏が怒りを露にした。
「何回も呼んだんですが、回答が無いもので…。一応、不法侵入は申し立てられますが?」
須藤が、権利を伝えた。
「日本でミランダ警告をする人間が居たんだ…、ハハハ」
「ミランダ?」
疑問を隠さない須藤に
「お前レッドブル見てないの?シュワルツネッガーの」
「見てないですね。」
「ミランダ警告。警察は逮捕する際に被疑者の権利を読み上げ、それを理解しないと逮捕行為自身が無効になる。これをミランダ警告と呼ぶんだよ。」
「ミランダちゃんが作ったの?」
「ミランダさんが提出して可決したの!」
「ヒルストリートブルースでは、このミランダ警告を英語でやってスペイン語しか知らない筈のヒスパニックを逮捕した為に逮捕無効になったストーリーがあったね?」
「あれ?ダニエル・トラバンティー好きですか?」
「君はベロニカ・ハンメルが好きそうだがね?」
「何の話ですか?」
「大人なら知っている話だよ。」
「君は、どんなタイプなのかい?刑事さん?」
「私は…、そのベロニカ・ハンメルって言うかジョイス・ダベンポートっぽいですね。勝てもしない論法を心の中では振り翳しているけど…。」
「ううん、今日は嫌な連中ばかりだったけど、最後はマシかな?」
「我々はマシですか?」
「ところで『レッドブック』って知っていますか?」
「…、嫌な事を聞くねぇ~。…知っているよ。金融に関わっているものは全部そうさ…。でもね。レッドブックには絶滅危惧種と言う意味もある。私はその類らしい。」
「ニュータイプには分からないと言う事ですか?」
「あの税務官なんかのね…、でも君達は聞かないのかい?何か無いのか?」
「聞いたら言ってくれますか?」
「どこかで聞いた台詞だね?」
「持っているものを数えるより、無いものを探す方が良いんじゃないかな?」
「それは身体障害者の考え方と逆ですね。無いものを数えるより、あるものを数える…。」
「君は哲学者だったかね?」
「工学部でした。」
「じゃぁ鉄学かね?」
「まぁ大学では一生懸命やったけど何かしている程度でした。何かしていた。それが何になったのか?」
「何にもならなかった…。歳をとると、こんな思いが先立って…。今が終点と思っているからだろう。或いは一駅前ぐらいだって…。否定的というかもしれないが実感と言うのはそういうものだよ。」
「それは…」
磯川は、中村三郎と呼ばれていた頃の榎本武の最後の言葉を聞かせた。
「そんな事を?嘘をついていたのかな?痴呆症って…。いや、痴呆症ってのは、救いかもしれない。分かっている理解しているだけでは、とてもやっていけない時がある。」
「何とも言えません。彼の発言はほぼ全てが録画されていますが、私が知っている部分だけでも十分痴呆と思われてもおかしくないと思います。」
「3年前の葬儀の時…、そう…、そうだったな…、あいつ、何か変だった…何か…」
「失踪する前日ですね?」
「そう…、金の使い道が無いからって、墓だけは立派にしたんだけど、それはかえって、無常を感じさせたのかな?」
3-2.2枚の設計図
「これは?」
瑛子が尋ねた。
「セカンドオピニオンと言っていた奴の正体だよ。」
「これは?」
「大変興味があるだろうが、もっと興味を持たせてやる。この情報は国交省には無かった。」
「無届って事?何故?」
「無駄だと言っても関心を持たざるを得ない…違うか?」
「腹が立つわね!」
「でも、この図面だけなんだ。後は証言あるのみだよ。」
「デカイですねぇ~。これが持ち物ですか?」
「一部だよ一部…。全部持っているわけ無いだろう!総額で資産にして500億円はあるものだ。」
「あれ?あれは何だ?何であんなものを?」
磯川が気付いた。
「あった。余計なもの!」
「どうしたんですか?」
「設計事務所だ!そこを当たろう」
「設計偽装とか?」
「意味の無いものを作っているんだ。だから、それが分からない。」
磯川は一応捜査一課に連絡して高木に設計事務所に取り調べる段取りを取って貰った。
「何を気付いたんだ!教えろ!」
「逆なんです。多いんですよ!多いんです!パイルが!」
「パイル?」
「杭です。柱です。」
天野設計事務所がセカンドオピニオンの一つだった。
「天野さん?設計図を検証されたそうですね?」
「ええ、それが何か?」
「何故こうなんですか?」
「何故って言われても、ここでしょう?ちょうど建物の中央部にあたる部分に杭が南北に1本ずつ多くしているって言う事ですが、安全性の問題を言えば安全側に振っています。」
「だから、何故余計な杭を」
「何故って、そりゃ刑事さん、設計の現場を知らないからそういうんだ。設計は施工主の無理は大抵聞く。技術も聞けるように仕上がっている。我々が止められるのは、強度不足、耐震性の不足、などなど不安全の問題に限ります…。それを見るんです。施工主がおかしいとかおかしくないとか、そんなものは見ません。」
「じゃぁこれは全部の事務所でOKだったんですか?」
「Noと言う理由が見つかりません」
「この設計図は正しいんですね?」
「最終改定が2011年10月30日となっています。それ以降に変更があれば別ですが…。」
「じゃぁ…、もしかして…、それが…」
「おい!何だ!何があったんだ!」
「まだ何か分かりません!ただ、設計図は、これ以降訂正された可能性があります。」
「じゃぁ設計図を探すか?設計事務所を叩くか?」
「違いますよ。分かっていないなぁ~!」
「何だと!」
「設計図に最後に書かれたものが今建っているじゃないですか!現場を見ましょう!設計図が2011年10月30日以降に改定されたなら、その変更は今の建物に残っています。」
「あっ…」
所詮は文系だな?
「家宅捜索令状か?」
「どの部屋でもいいです…。」
「先に行っています。」
「令状なしに行ってどうするんだ?」
「知りません!でも、行きたいんです!」
「この馬鹿!許可する!待っていろ!」
磯川は、急いでいた。
だが、この最中に永田瑛子は別の結論に近づいた。
「ダルマ興研さんですね?」
「ええ、こんな変な名前はうちぐらいでしょう?」
「ここですぐ答えろとは言わないけど、調べて欲しいものがあるの。」
「何でしょうか?」
「一応施工会社の一覧には無かったけど、アナタ、江東区の榎本エターナルマンションの一部施工を請け負わなかった?」
「えぇぇ!何故それを?」
「税務署よ。金が動けば分かるわ。所で知っているみたいね?」
「ええ、分かりました。あの件は、ちょっと特別だったから…でも誓って申し上げますが、悪い事はしていないんですよ?そりゃ利鞘は凄かったけど、でも違法じゃない。相対取引ですから。」
「で、何をしたの?」
「簡単ですよ。ホント簡単な仕事でした。ですが2億円を出してくれました。恐らく、必要経費を過大に評価してくれたんでしょう。」
「だから、何を!」
磯川は須藤と共に、榎本エターナルマンションに辿り着いた。
そこに意外な人物が…。
「阿部先生!」
榎本エターナルマンションを見上げていたのは、阿部税理士その人だった。
「おや?あきる野署の…」
「御説明頂けますか?」
「私の部屋なら入れるが…。」
「お部屋をお持ちですか?」
「ええ、それは税務署にも言いましたが…。」
「じゃぁ何を…」
「とりあえず入りましょう…、見れば分かる。工学部でしょう?」
「ええ…。」
「ほら…、何がしになったじゃないですか?」
「皮肉ですね…。」
「何れ分かる事です。」
阿部税理士は、ポケットからプラスチックの箱を出した。それは鍵のケースだった。
「ほら…、密封のシールが付いたままでしょう?そう、私も入るのは初めてなんです。」
「入りたくないんですか?」
「でも、終わらないでしょう?人は何時も待っていればと言うが、時は全てを運んでくる、良い事も、悪い事も…」
「マキアベッリの一節ですね。」
「先送りは、基本的に賢い選択ではない…、いい歳しているのに…、どうも思考停止か臆病になっていたようで…。」
そう言うと、鍵をメインホールの入り口の鍵穴に入れた。
中は、壮麗な飾り石で装飾されたものだった。
「億ションだけはありますね」
須藤の正直すぎる感想は磯川には届かない。
「お部屋は?」
「111号室。確か榎本さんも311号室でしたね?」
部屋の前に着いた。
「何だろう?何か気配違いますね?」
「気の所為だろう…」
「勘違い?考え過ぎって意味ですか?」
「違う…、気、思いが、ここは違うんだろう…。でも、ここは?」
「そう…、機械室です。その後機械室は変更になりました。施工企業には途中の変更は良くある事でペナルティーを払うと解決できない問題じゃない…。」
「で…、今はあなたの部屋ですか?」
「いいえ…、誰の部屋でもない。」
そしてドアを開けた。
「えっ?」
それは普通と言えば普通の内装だった。
だが…。
「えっ?これって?」
「分かりますか?」
「ええ!これは」
「床が波打っています。ここは最初機械室で、それを完全な空洞としました。そして、その後、閉鎖されました。コンクリートを打ち込んで…。1千立米ですよ。それを一日で突っ込んだんです。」
「馬鹿な…。」
「強度的に怖かったのでしょう。アンバランスを避ける為に杭を打ちました。南北に一本ずつ。それが設計の異常さに繋がったのですが、基本的に強度を上げるんだから問題ないと宣伝文となりました。ですが、一日で打ち込んだ量が量です。こんな仕上がりとなったのです。私は、一応所有者になってくれとの榎本さんの懇願を受けて、所有権を取得しましたが、後で相殺する手続きを取ってくれて損はありませんが…。」
「それ…で…」
「コンクリートは3ヶ月以上経っても固まりませんでした。半年後には、検査業者が奇妙な検査を受け入れてくれてOKとなりました。でも誰もが、ここに何かを隠していると思うのは当然です。」
「だから、私も、何か埋め尽くす為に、こんな事をしたんだと思うんです。」
ダルマ興研の専務が続ける。
「私も、ちょっと気になりまして作業を監督しましたが、本当に機械なんて無くて、空洞がありました。その横には柱が通っている。奇妙な紋じゃなかったですよ…。」
「それで、だけど、何か埋めたとかは?」
「あそこは、掘って作ったんです。最終の掘った工程は、ご存知じゃないですか?」
「2011年11月19日。奇しくも康子さんの命日」
「はぁ~?まぁその日が最後です。」
「レッドブックに符号か…。」
「何ですか?」
「いいえ、ありがとう」
「っで、どうします?掘り返しますか?」
阿部税理士の言葉が鋭い。
「2012年11月19日。17回忌の時の半年前まで、彼は落ち着かなかったのでしょう…。だから開放されたんじゃないでしょうか?」
「いや…、それは可笑しい…、それなら半年前に失踪しても可笑しくない。」
「何もすぐに決断することでもないでしょう…。」
「何かが足りない!あの最後の言葉は、まだ危険性がある事を意味している…」
「何ですか?それは?」
「知りませんか?」
「私も知りません。知りたくも無いけど、それを知っていた榎本さんは、可哀想でした…。たった一人で耐えて、我慢して…。そりゃ、失踪もボケにもなるでしょう。私だって嫌だ…。」
「ただ、私に分かるのは、必死に守ろうとする榎本氏の中の正義と悪の部分が、彼を苛んだ事でしょう。」
「ええ、分かっています。だから私も遺産の内容とかは言わなかった。ただ、狭山弁護士が死亡した事を知って…」
「何かあったんだ…。何かがあったんだ…。遺言書を替える意味が…。」