東芝は2020年9月29日、電波の干渉波を1万分の1以下に抑えた電波望遠鏡向け受信機を開発したと発表した(図1)。“宇宙物理学最大の謎”ともいわれるブラック・ホール・ジェット(ブラックホールの噴出ガス)を観測するための切り札になる可能性がある。
日経クロステックによると、『“宇宙物理学最大の謎”解明へ、東芝が干渉激減の望遠鏡フィルター』開発との事。2020年ノーベル物理学賞はブラックホールの形成理論と観測的実証であった。2000年以来、日本人のノーベル賞受賞者は毎年出て、アメリカに次ぐノーベル賞受賞者の多さであった。日経新聞が今年の受賞の可能性ある物理、化学、医学生命の3分野のリストを上げていたが、物理分野を見て聊か愕然とした。というのも、ノーベル物理学賞は自然の法則に関する発見や解明で、リストは多くは応用であったから。
ところが、上述の記事はまさしく自然法則に関するもので、天体物理研究者と組んで、BlackMatterとかBlackEnergy の解明のきっかけを作れれば、ノーベル物理学賞も夢ではないかも。
「天体観測において大きな問題となっているのが、スマートフォンなどの電波による干渉だ。対策しなければ(ブラックホールから噴出される)ガスの観測は難しい」。東芝研究開発センター研究主務である河口民雄氏が、現在の電波望遠鏡の課題を説明する。
電波望遠鏡は天体から届く電波を観測する望遠鏡である。地上に届く微弱な天体の電波をさまざまな周波数帯で観測することで、宇宙で起きている自然現象を解明する。電波望遠鏡を用いた観測では、19年に日米欧などの共同研究グループが史上初めてブラックホールの撮影に成功した。
今後は世界的なプロジェクトとしてブラック・ホール・ジェットの観測が計画されるが、課題となるのがスマートフォンの普及に伴って深刻化している電波干渉である。ブラック・ホール・ジェットの観測で受信する電波の周波数が、スマートフォンなどの無線システムが使用している周波数帯域と近接しているためだ。
東芝はこの課題を解決するため、複数の周波数帯の電波を受信できる「マルチ・バンド・フィルター」を搭載した受信機を開発した。この技術を用いることで、これまで観測が難しかった1.4~2.4GHzの周波数帯の電波を高感度で受信できるようになる。例えば、中性水素原子のエネルギー状態が変化することで放射される1.4GHz帯のスペクトル線を観測でき、中性水素原子が含まれるブラック・ホール・ジェットの観測に役立つ(図2)。
電波望遠鏡のフィルターは、干渉電波の受信を阻止し、必要な電波のみを受信する役割を担う。東芝の開発品は、必要な電波のみ通過させる「帯域通過フィルター」と、特定の干渉波を阻止できる「帯域阻止フィルター」の組み合わせで構成しており、無線周波数帯の干渉波を1万分の1以下に減衰できるという(図3)。
1.4~2.4GHz帯では天体からの電波に加えて、干渉波となるスマートフォンや衛星電話の電波が飛び交う。干渉波を避けて天体からの電波の周波数帯のみを受信するため、これまでは複数の帯域通過フィルターを用いていた。課題となっていたのが、衛星電話の周波数帯だ。周波数が天体からの電波と重なっているため、帯域通過フィルターだけでは網羅することが難しい。そこで東芝は新たに開発した帯域阻止フィルターを衛星電話の周波数帯に用いることで、干渉波を避けながら4つの周波数帯を同時に受信することに成功した(図4)。
開発した受信機は、フィルターを通して受信した電波の劣化を抑えるために超電導回路を搭載した(図5)。一定温度以下に冷却することで電気抵抗をゼロにできる超電導現象を利用し、熱雑音などのノイズを取り除く。
超電導体を維持するためには冷凍機が必要になるが、従来技術では大型化が避けられなかった。主な要因は超電導回路と外部をつなぐケーブルだ。外気の熱がケーブルを通って流入するため、これまでは冷凍機を大型化することで冷凍能力を高めていた。東芝は従来の銅製の同軸ケーブルに比べて10~50倍の断熱性能を実現した配線技術を開発し、冷凍機を小型化した。開発品の容積は5~15Lで、従来品の「10分の1」(同社)にできたという。
東芝は19年5月、タイの天文台に設置されている小型の4.5m電波望遠鏡に開発した受信機を試験導入し、スマートフォンの電波干渉があっても高感度の観測が可能であることを実証した。開発を主導する同社の河口氏は、「今後は南アフリカとオーストラリアの砂漠に2000台超の電波望遠鏡を設置する大型プロジェクトであるSKA計画(Square Kilometre Array)などへの展開を目指していきたい」と意気込む。