日本経済新聞の解説記事に『現代人に絶滅人類の遺伝子 ウイルス攻略へ敵か味方か世界はウイルスでできている(1)』というのがあった。
ネアンデルタール人は、40万~20万年前から進化を遂げ、4万年前に突然消滅したという。筋肉質で今の人類よりも脳が大きかった。早い時期にアフリカを旅立ち欧州や中東に進出したが、10万年前に遅れて来た私たち人類(ホモ・サピエンス)の祖先に先を越されて絶滅した。そのネアンデルタール人の遺伝子が突如、現代によみがえった。
「現代人にネアンデルタール人の遺伝子が伝わり、新型コロナウイルス感染症で人工呼吸器を必要とするリスクを最大で3倍に高めている」。ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授らは9月末、最新の解析結果を英科学誌「ネイチャー」で明らかにしたというのがストーリー。
ネアンデルタール人の復元像=国立科学博物館提供
あなたがこの世にいたのなら、どうしても尋ねてみたかった。私たち人類に、なぜこのような運命を背負わせたのかと。
今から4万年前、こつぜんと姿を消した古代人類がいた。ネアンデルタール人だ。40万~20万年前から進化を遂げ、筋肉質で今の人類よりも脳が大きかった。早い時期にアフリカを旅立ち欧州や中東に進出したが、10万年前に遅れて来た私たち人類(ホモ・サピエンス)の祖先に先を越されて絶滅した。そのネアンデルタール人の遺伝子が突如、現代によみがえった。
「現代人にネアンデルタール人の遺伝子が伝わり、新型コロナウイルス感染症で人工呼吸器を必要とするリスクを最大で3倍に高めている」。ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ教授らは9月末、最新の解析結果を英科学誌「ネイチャー」で明らかにした。
新型コロナの患者約3000人を調べたデータから、ヒトゲノム(全遺伝情報)を収めた23本の染色体のうち、3番目の染色体にある遺伝子と呼吸不全の関係が疑われていた。ペーボ氏はいう。「約5万塩基対にわたるこの遺伝子は南欧で見つかったネアンデルタール人の標本にも存在した」。
判明した古代人の遺伝子は一部を除く人類の1~4%が持つ。少なくとも両親の一方から受け継いだ人はバングラデシュでは63%に上る。南アジア全体では50%、欧州では16%にもなる。東アジアとアフリカにはほとんどいないという。新型コロナ感染症は無症状で終わる人と重症になる人を何が運命づけているのかが大きな謎だ。死者数は東アジアで少ない一方、欧米やインドはケタ違いに多い。そこに古代人の遺伝子の影が見え隠れする。
「できすぎた話だ」との見方もあろう。ペーボ氏も夏ごろは「現時点では何も言えない」と慎重だった。学界では論文発表は検証の出発点で、真実の証明とも違う。
それでも、解析結果を素直に受け止める人は多い。人類に宿るネアンデルタール人の遺伝子の存在を2010年に初めて証明したのがペーボ氏だからだ。クロアチアの洞窟で発掘された約4万年以上前のネアンデルタール人の骨からDNAを取り出した。バラバラだったパズルのピースをつなぎ合わせて人類のゲノムと照らし合わせた。
「『別種』のネアンデルタール人と私たちホモ・サピエンスが同時代を過ごし、子どもを授かる『交雑』が起きた」。驚愕(きょうがく)の事実を突きつけた。古代人ゲノム研究の英雄で、今は沖縄科学技術大学院大学の教授も兼ねる。
他の生物から受け継いだ遺伝子は、数千世代を経ればほとんど無くなる。古代のゲノムが後世に残るのは「意味があったからだ」と東京大学の太田博樹教授はいう。
その意味が「悲劇」だけだとしたら話はここで終わる。物語というのは「影」が際立つときは「光」がある。
米アリゾナ大学のデービッド・エナード博士は「ネアンデルタール人から受け継いだ152個の遺伝子が、C型肝炎ウイルスのようなウイルスに対する免疫力を高めている手掛かりをつかんだ」と話す。
人類がアフリカからユーラシア大陸へ勢力を広げ始めたのは約6万年前。ネアンデルタール人は、はるか以前に欧州や西アジアへ定着したことが遺跡や化石からわかっている。様々なウイルスが巣くう環境で生き残ったネアンデルタール人の多くが、ウイルスへの免疫力を高める遺伝子を育んでいても不思議ではない。北海道大学の飯村忠浩教授は「後に人類が全世界へ広がって繁栄したことを考えれば、十分にありえる」と話す。
もっとも、生命の営みには多くの遺伝子が関わる。ゲノムはよく物語に例える。遺伝子は物語中の「挿話」にあたる。一つの話を差し替えただけで物語のあらすじが大きく変わらないのと同じで、特別な遺伝子があったからといって、それ1つで何かの宿命を背負うことはない。
腸炎を起こすノロウイルスの感染は血液型を決める分子のわずかな形が左右するという。この分子が腸内にも現れるためだ。人によって感染のしやすさが違い、遺伝子の関与がうかがえる。熊本大学のチームは人類やサルの祖先に感染した「HERV-K」というウイルスが人類に特別な遺伝子を授け、エイズウイルス(HIV)の感染から人類を守っていると考えている。HIVを撲滅するだけの力は無いが、その感染を抑えている。
長い目でみると、私たち人類も遺伝子が少しずつ変わる「進化」の途上にいる。時がたてば、物語の内容も新しくなる。
この進化を現在の動物で目の当たりにできるのが、オーストラリアだ。「コアラレトロウイルス」にかかったコアラは病気を発症しやすくなる。国際チームはコアラが病原体のウイルスに対する新たな免疫を獲得しつつあることを見つけた。ウイルスの増加を邪魔するように自らのDNAを細工する。
ネアンデルタール人が私たちに残した遺伝子の光と影。どんな「遺言」を残したかったのだろうか。遠い昔にあったウイルス流行の記録か、後の人類への警鐘か。新型コロナの感染拡大でウイルスの存在を強く意識するなかで気づいた。ウイルスがつむぐ物語でこの世界は満ちあふれている。「世界はウイルスでできている」。そんな物語をこれからも追い続けていく。