Q:量子って何?
A:私たちの周りにある物質は全て原子から成り立っている。原子は1個のサイズが0.1ナノメートルと極めて小さい。この原子は中心にある陽子と中性子、さらにその周りを回っている電子でつくられている。原子から陽子、中性子、電子、さらに光の構成単位である光子やニュートリノ、クォーク、ミュオンなどの素粒子を含めて量子と呼ぶ。
実は、こういった量子の動きはニュートンの万有引力で知られる古典的な物理学では全く説明がつかない。大ざっぱな言い方をすると、重さのある大きなモノ(例えばリンゴの落下)は古典力学で説明できるが、重さのほとんどない小さいモノ(量子の動き)は説明できない。このため、目に見えない微小な領域における量子と量子に付随する動きを定義する新しい量子力学が20世紀初めに生まれた。「古典力学で全く説明のつかない量子の動き」を利用したのが量子コンピューターだ。
Q:なぜ量子がコンピューターを動かすの?
A:そのためには、量子の不思議な動きを説明する「2重スリットの実験」について知らなければならない。
向こう側にある壁と自分の間に、細い縦長の穴「スリット(隙間)」が2つ開いた壁をさらに1枚置く。そして、向こう側の壁に向かって電子を発射する。電子はボールのようにどちらか1つの隙間を通って向こう側の壁にぶつかると常識的には思うが、現実は「波」のように広がりながら2つの隙間を同時に通り、向こう側の壁にぶつかる。
この現象は「重ね合わせ」と呼ばれ、2つの波の重なり合い(干渉と呼ばれる)で電子がぶつかる場所は決まる。1つの物質が2つの穴を同時に通るのは日常感覚では理解できないが、この現象を利用したのが量子コンピューターで、「2重スリットの実験」が理解の大きなカギだ。
Q:今までのコンピューターとどこが違う?
A:今われわれが使っているコンピューターは、トランジスタというスイッチをたくさん並べて大量の計算をこなす仕組みだ。スイッチが入っていない状態が「0」、入れると「1」で、全ての数字を「0」と「1」で表す2進法が採用されている。この「0」「1」を表す情報単位を「ビット」と呼ぶ。
現在のコンピューターでは「0か1か」で計算を進めるが、量子力学の「重ね合わせ」現象では、「0でもあり1でもある」という状態が生まれる。この「0でもあり1でもある」という状態を利用して計算するのが量子コンピューターだ。
例えば、0と1を使って「000」「001」「010」「011」「100」......「111」という8つの数字の組み合わせをつくり、どれか1つを正解に設定する。現在のコンピューターは「000」から「111」まで、8回計算しないとどれか1つの正解にたどり着けない。
ところが、「0でもあり1でもある」という量子の特質を利用する量子コンピューターは、「000」から「111」までの8つ組み合わせを「重ね合わせ」の状態をつくることで、一度に計算ができる。この「0と1を重ね合わせた」状態の情報単位を「量子ビット」と呼ぶ。
これまでのコンピューターが8回計算しないと正解にたどり着けないのに対し、量子コンピューターは重ね合わせを利用することで、1回の計算で正解を見つけることができる。「n量子ビットの量子コンピューターは2のn乗通りで計算できる」ので、例えば量子ビットが10個あるなら2の10乗=1024パターンを重ね合わせ、一気に計算できる。
Q:量子コンピューターは誰が発明した?
A:最初にアイデアを生んだのは、アメリカの物理学者リチャード・ファインマン。1985年に量子コンピューターの出現を予言した論文を発表した。またこの年にイギリスの物理学者デービッド・ドイッチュが、「量子チューリングマシン」によって量子力学の原理に基づくコンピューター計算の基礎理論を定式化した。「チューリングマシン」はイギリスの数学者アラン・チューリングが1936年に考案した計算機の数学モデルで、最も単純化されたコンピューターのこと。ドイッチュがつくったのはその量子版だ。
ドイッチュの理論で量子コンピューターに優れた性能があることは分かったが、実際にどう役立てるのかは、はっきりしなかった。それを実現したのが、1994年に量子コンピューター特有の解き方で高速に素因数分解できるアルゴリズムを発見したアメリカの数学者ピーター・ショア。その後、世界中の研究機関や企業が開発に参加して現在に至る。
最初に量子コンピューターのアイデアを生んだアメリカの物理学者リチャード・ファインマン SCIENCE PHOTO LIBRARY/AFLO
Q:どんな量子コンピューターがあるの?
A:超電導方式、イオントラップ方式、半導体方式、光方式がある。この中で、開発が進んでいるのが超電導方式とイオントラップ方式だ。
量子コンピューターで使われる電子は非常にデリケートで、自分が進む進路にほかの原子や分子などの障害物があると、「重ね合わせ」が崩れてしまう。超電導方式では、特定の金属を極低温にすると電気抵抗がゼロになる超電導の現象を利用。金属の中で電子を邪魔されずに動かし、計算に利用する。
原子はプラスの電気を帯びた陽子とマイナスの電気を帯びた電子の数が同数だが、このバランスが崩れ、プラスもしくはマイナスのどちらかの数が多くなったものがイオンだ。イオントラップ方式は真空状態の中で電磁力によってイオンをトラップ(捕捉)。レーザーを当ててイオンの量子ビットをコントロールする。計算精度が最も高い。
半導体方式は、条件によって電気を通したり通さなかったりする半導体の性質を利用し、半導体の膜と半導体の膜の間に電子を挟んで金属電極から電気を流すことで電子を動かす。また光方式は、空間を振動しながら進む光の性質を活用し、光を構成する光子の振動が縦か横かで「0」と「1」を表現する。長距離伝送が可能なのが利点だ。
Q:どんな計算が得意なの?
A:現代のコンピューターが苦手とし、量子コンピューターが得意とする問題に「組み合わせ最適化」がある。組み合わせ最適化とは、たくさんある選択肢の中から、ある観点で見て最適な価値を生み出す値の組み合わせを求める問題だ。
有名なのが「巡回セールスマン問題」。出発地点からいくつかの街を営業で訪れるセールスマンが、どの順番で街を訪れるのが最短ルートか、各パターンについて足し算しつつ正解を求める。例えば、訪問する街が3つなら、ルートは3×2×1の6通りしかなく、単純に総当たりで足し算すればすぐに正解が導き出せる。
ただ、訪問する街が10になると、10×9×8×......1で362万8800通りの経路が想定される。従来のコンピューターでもかなりの計算時間がかかり、街の数がそれ以上になるとさらに天文学的時間が必要になる。こういった問題に対して、量子コンピューターは全てのパターンを一度に入力し計算できるので、圧倒的に早く正解を出せる。
Q:いつ実現する?
A:実は、IBMが開発した量子コンピューター「クォンタム・エクスペリエンス」には誰でもネットでアクセスできる。サイト上にアカウントを作れば量子計算も体験できる。
ただこのクォンタム・エクスペリエンスはわずか5量子ビットの基礎的なコンピューター。実用化するためには100万から1億個以上の量子ビットが必要とされ、現在実現している量子ビットでは大幅に足りない。計算を実行できる時間も短く、エラー率も高い。本格的な実用化までにはまだ時間がかかる。
グーグルは19年10月、世界最速のスーパーコンピューターでも1万年かかるとされる計算を、量子コンピューターを使い数分で終えた。中国の量子研究グループは昨年12月、「九章」と呼ばれる量子コンピューターを使い、世界第3位の強力なスーパーコンピューターが20億年以上かかる計算を数分で終えた、と科学誌サイエンス誌上で発表した。
これは従来のコンピューターの限界を量子コンピューターが超える「量子超越性」の実現だ、と世界中を驚かせた。しかし、これらの実験には量子コンピューターにとって得意な計算を、量子コンピューターに有利な条件で競争した側面がある。必ずしも量子コンピューターが全ての現行コンピューターに勝っているわけでも、量子コンピューターが現行コンピューターに今すぐ取って代わるわけでもない。
Q:量子コンピューターが実用化されると何が起きる?
A:自動運転車が実用化されたとき、量子コンピューターが「組み合わせ最適化」を使って交通渋滞を解消し、緊急車両の最速ルートも素早く割り出す。投資でも、複数の銘柄からベストな投資先を組み合わせたポートフォリオを作ってくれる。原子と原子の新しい最適な組み合わせで、これまでになかった新たな性質・性能の物質もできる。
ネガティブな面もある。量子コンピューターの計算力が高過ぎるため、全ての暗号鍵が解かれてしまう心配がある。ただし、これに対応するため「耐量子コンピューター暗号」という量子コンピューターでは解けない暗号鍵の開発も進んでいる。
量子コンピューターはコンピューターサイエンスや数学、統計学、物理学、量子力学だけでなく、ありとあらゆる科学の分野にインパクトを与えると考えられている。