『あざみの歌』は まだ歌えますか

泣いて、笑って、歌って介護!!そんな日常の過去の記録と
新たに今一度自らを見つめてぼちぼちと戯言なりを綴ります。

気付かなかった罪(現実)

2006年12月05日 02時09分20秒 | 気付かなかった罪
伯父と伯母は共に、定年後、二人で畑を耕し、年を重ねてから農業に勤しんでいた。

昔はいつもキリッとしていて、自他共に甘えを許さない厳しさを持った人だったのだが、
近年の伯母からの手紙には必ず「私は幸せ。お父さんと結婚して良かった。」と書いてあった。
稀に電話で話しても「私は良い人と結婚して良かった。」と、本当に幸せそうだった。
もちろん、その後には必ず「私は幸せだけど、かぼちゃんは可哀相に。」と続くのだけど


色んな事がある結婚生活だけど、年老いてからそんな風に思えるなんて素敵

そんな伯母が「おばあちゃんが、呆け始めたのが70歳を過ぎた頃だったけど、
そう思ったら、私もだんだん物忘れが酷くなってきたわ。」と笑いながら言うようになった。
確かに、その頃から同じ話をを何度も繰り返すようになっていたけれど、

その辺り、元のしっかりした性格が出てくるのだろう、話をする時は、
「私は同じ話をしてしまうかもしれないけれど、それは私が話をした事を忘れているからなので、我慢して聞いておいて。」と、会話の前に宣言していた。
「忘れないようにメモを書いて張ってるけれど、そのメモをどこに張ったかを忘れるので、張った場所をまたメモしてるんだけど、メモ用紙がいっぱいになるわ。」
なんて、明るく笑って言ってたりもしていた。
・・・実にしっかりとした自己分析。

けれど、次第に物忘れが酷くなって行く伯母を見る事を、私が辛くなってしまった。
多忙な日々を言い訳に、電話も途絶えがちになってしまった。
あの、大好きな「凛」とした伯母が変わってしまうのを認めるのが怖かった。
・・・共に生活する家族じゃないから出来る我儘・・・おばちゃん、ごめんね


伯父からの電話の前日、伯母はいつもと同じ様に伯父と二人で、
それぞれに自転車に乗って、仲良く買い物に行っていたのだそうだ。
伯父の後を伯母がついて走るのもいつも通りで、掛かり付けの病院へ行ってから、
伯母は自分で、キャッシュカードを使ってお金を下ろし、スーパーへ行ったらしい。
スーパーの帰り道、慣れ親しんだ道で、これもまたいつも通りに伯父が後ろを振り返ると
伯母の姿がどこにもなかったのだそうだ・・・ほんの数分の間に・・・。


その日の夜、暖かかった日中から天気は急変して、冷たい雨が降り続いたらしい。


家族は勿論、警察も、村の人も総出で、ありとあらゆる所を探し続けてくれた。
けれど、伯母の行方は分からなかった。
当時、近くの町のお年寄りが、やはり行方不明になり、かなり日数が経ってから二つ三つ離れた県で発見されていた事があったので、必ず無事だと誰もが信じていた。

お年寄りが、記憶の曖昧なまま歩き始めた場合「前に進む事」が目的となってしまうと、
疲れも感じないで、ひたすら歩き続けてしまう事があるらしい。
まして、伯母は自転車。お金の持ち合わせもあったので、
食べるには不自由していないだろうと、私も微かに安心していた。

しかし、一週間近く経っても依然行方は分からず、従兄達は手作りのビラを何万枚も作って、
あちらこちらに頭を下げて貼らせてもらった。
個人情報を書いてあるので、悪用されるかもしれないと警察には言われたそうだが、
「悪用されてもいいから、情報が欲しい。」と、考えられる全ての事をしていた。

妹は車で、伯母の近所から通じる道路沿いの様々な施設に、ビラを配り、
私は、伯母が若い頃に務めていた場所の近辺や、最寄の大きな駅を回った。
みんながそれこそ、全ての力を出し切って必死で探した。
一日も早く、一分でも早くと・・・。


かぁちゃんが知ると、それこそ五分おきに自分が疲れ果てるまで電話をし続けるだろう。
祈るような思いで情報を待っている所へ、そんな迷惑だけはかけられない。
かぁちゃんにはずっと隠していたが、平静を装う事がとても難しかった。

そんな中、従兄との短い電話のやり取りの中で、伯母がアルツハイマーの初期で、
その頃、無理やり説得して、大きな病院に通い始めていた事を知った。



そして・・・いなくなってから、ちょうど二週間後、
あの懐かしい川の河口付近で伯母は見つかった。


伯母が最後に目撃されたのはバスの中から。・・・偶然知人が見かけたようだ。
背筋を伸ばして颯爽と、家とは逆の方向へ猛スピードで自転車をこいでいたらしい。

想像されるに、伯父とはぐれた事が引き金になってパニック状態になり、
自分の家への帰り道がわからなくなったようだ。
そして、川幅が広がり、河川敷がなくなってしまう場所に行き着いた頃、
運悪く降り出した雨で自転車が滑り、川に落ちてしまったらしい。

伯母の腕時計はいなくなった当日の夕食時で止まっていた。

コメント (3)
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