『あざみの歌』は まだ歌えますか

泣いて、笑って、歌って介護!!そんな日常の過去の記録と
新たに今一度自らを見つめてぼちぼちと戯言なりを綴ります。

その後・・・。

2006年12月08日 02時51分03秒 | 気付かなかった罪
あの~・・・ごめんなさ~い
うわわ、気がつけば八日間連続更新と言う快挙??・・・つ、疲れた~(どっちが?)
書き始めたら止まらなくなってしまって、連載小説みたいになっちゃいました
ここまで、忍耐強く読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
もしかして、暗い気持ちにさせてしまってたら本当にごめんなさい。


・・・というお話でした~っ
って言えたらいいんだけど、どうもこれが現実なのでどうしようもないのですが
ブログを始める時に、最初に書いておきたかった事なのに、
どうしても、少し書き始めた所で、書けなくなってしまってました。
思い出すのが、まだまだけっこうキツイ 

いや~、強いぞ私!って思ってたけど、まだまだ弱虫、泣き虫でしたの・・・おほほ


これを機会に、書いておきたかった事を少しまとめてみると、

アルツハイマーの初期の段階だったとしても、何かいつもと違った事が起きた時に、
突然に、昨日までは・・・いや、先程までは当たり前に出来ていた正常な判断が、
本当に突然に出来なくなってしまうという事が有り得るという事です。
全国で、行方が分からないままの同じ病気の方は結構沢山いらっしゃると聞きます。
伯母の場合、失禁も徘徊も一度も経験がなかったのに悲しい結果になってしまいました。
脳の中で起きている事って、きっとSF小説やファンタジー小説より、
もっともっと不思議な事なんでしょうね。

どこで何が起きるか分からない・・・見掛けが元気だけに、他人様からみれば分からないのです。
特に初期の頃は・・・だからこそ、事故の無いように・・・と、祈る気持ちです。

で、徘徊に関してですが「外へ出たい」という本人の気持ちを押さえ込むのはよくないそうです。
本人には「外へ出る理由」が必ずあるのだと、私も母を見ていて学ばされました。

けれど、母が何も持たず、鍵も開けたままでふらりと一人で家を出る事が多くなった頃、
「私も姉ちゃんみたいに水に入って死ぬの。」と、何度も言ったりしたもので、
私は外へ出す事が怖くて、必要以上に母を監視してしまいました。
(母のお気に入りの散歩コースが我が家の側を流れる川の河川敷でしたから)
それが、認知症の症状の悪化に拍車をかけたかもしれないと思う事もあります。

でも、私は本気で怖かった。毎日何度か母の家の玄関に立ってドアを開ける瞬間、
鍵がかかっていないと、その度に心臓が締め付けられるみたいでした。
今、こうして落ち着いていられるのは、やはり隣に母がいるという安心感から。
それが大きな理由の一つになっています。

監視しすぎない程度に見守る事が出来れば、それが一番良いのでしょうが、
これは本当に難しいと思います。
でも、うまくやっておられる方もおられるのだろうなぁ。

あと、母の病を知った何人かの方々から、性格の問題を指摘されたり、
私が引越しをさせたせいだと揶揄する方もおられましたが、
性格は、関係ないのじゃないのじゃないかしら・・・伯母と母は全く正反対でしたから

そう、当時伯父が心配していたのは、従弟達や私達が同じ血をひいてるって事ですが、
血縁的にそういう要素があるならば、いつかは私も??・・・。
けど、そんな事を心配していてもどうしようもないし、
夫の親族は、癌で若くして旅立った方が多いし、義父も義母も心筋梗塞。
義母は健在ですが、80歳を過ぎ、施設に入所してから認知症の症状が出ています。
老化が健常者よりも早いと言われるぺこちゃんの事も気になります。
本当に先の事を考えてしまうと、不安な材料は、いくらでもあります。
でも、先の事より「今」「今がどうなのか?」って事の方を大切にしたい。
「今しかない今」をもっともっと楽しみたいし、はじけたいのです。自分の為に

今この時間も、介護生活をされている方々は、それぞれにもっと悲しくて辛い思いを背負って
それでも頑張って明るく日々を過ごしておられる事と思います。
「ひよっこがぁ、な~に言ってるんだぁ?」って呆れられているかもしれませんね。
そうなんです。だからこそ、私も頑張らないと申し訳ない 

うだうだと、泣き言みたいに書き連ねてしまいましたが、
前にも書きましたが、「書けるようになった。」事は。私の中では大きな第一歩
こんな形で過去を振り返る事はもうしないだろうと思います。

そうそう、あえて「罪」という言葉を使ったのは、
気付いてやれなかった事もそうですが、伯母の事等、いろんな経験をさせられて、
母の異常な言動が「病気」のせいだと分かっているのに、
それでも、怒りや、苛立ちが抑えられない自分が常にいるのです。
今のような状態になってでさえ、疎ましかったり、離れたいと思ったりしてしまう・・・。
そんなこんなへの、自戒を念を込めました。だって・・・いけない事沢山してるもん
それに、これからだって愚痴いっぱいで、文句は言い続けると思いますし・・・。

連日の長文、駄文。
本当に、我慢強くお付き合いくださって、ありがとうございました。



何だか、終わりの挨拶みたいになってますが、
え?ブログは止めませんよ。少々スローな更新にはなると思いますが
くっくっくっ・・・本領発揮はこれからなのだ~!前進あるのみなのだ~っ!!
「どこまで暴走する気かい?」冷静な私が問いかけています。
「おうっ!いける所までよ~っ!」   


・・・突然人格変わりますが、どっちもこっちも私なの~っ


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



さて、その後、かぁちゃんは、失禁、便失禁、幻覚等々、瞬く間に私達を巻き込んで、
ものの見事に、順風満帆に いわゆる認知症街道をまっしぐらに突き進んだ。
私は未だに、様々な思いを納得しようとしてもしきれないまま時を過ごして、現在に至ってる。

幻覚に関しては、他にも色んなおかしな事があるけれど、
初失禁の日の夜から毎日、かぼちゃんは姉ちゃんと話をしている
かぁちゃんの世界では、伯母は元気で、いい話し相手になってくれているらしい。

お日様の出ている間は、一日に一言も発しない事が多いのに、
夜中のかぁちゃんが、既に日本語ではないのだけれど、どれほど生き生きと話し、
音程も確かに「あざみの歌」をどれほど朗々と歌っているか、
誰か、見て、見て、聞いて~っと、いつも思うのである。

そして、私が、何の躊躇もなく、かぁちゃんと手を繋げるようになった他に、
あと一つだけ、アルツハイマーという病に感謝するとしたら、
かぁちゃんが悲しみ続ける事を出来なくさせて、笑顔をしっかり残してくれた事。
もしも、かぁちゃんが本来のままだったら、もっと別の悲しい世界へ行ってたかもしれないもの。
そんな風にも思うのである。・・・そう思わなきゃぁ、やっとられんもんね~









コメント (6)
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