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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

土屋トカチの「フツーの仕事がしたい」

2009年06月02日 | 観劇など
土屋トカチ監督の「フツーの仕事がしたい」を、入谷の旧・台東区立坂本小学校で行われた「ひとりじゃない映画祭」(首都圏青年ユニオン・台東区労連 協賛)でみた。

ドキュメンタリーの主人公はバラセメント車の運転手・皆倉(かいくら)信和さん(36歳)。住友大阪セメントの孫請け運送会社・東都運輸の社員だった。労働時間は月間552時間に及び、給料は運んだセメントの量で決まる完全歩合制で支払われた。歩合の割合は当初は40%超だったのが、会社の一方的な通告で30%半ばに切り下がっていった。過労死寸前なのに給料は月額30万円そこそこだった。
2005年には他社のバラセメントの運転手が横転事故を起こし死亡した。40度の熱があったのに「有給休暇を取るな」と会社に指示された結果だった。2006年3月、皆倉さんはトラックのリース料、軽油代、メンテナンス費用まで給与から差し引く償却制になりかけたとき、たまりかねて連帯ユニオン(全日本建設運輸労働組合)に駆け込んだ。そこから会社相手の闘いが始まる。まるで暴力団幹部のような人物が労務対策要員(後に役員に昇格)として雇い入れられ、組合脱退や退職を強要される。そしてついに小腸に穴があき入院してしまう。
ここから先は書けない。ぜひ映画をみていただきたい。

映像のリアルさと発揮する力を実感した。
皆倉さんの母が急死したとき葬儀場にまで労務担当が手下十数人を引きつれ押し寄せた。そして火葬している時間に連帯ユニオンのメンバーに暴力行為を働いた。それがフィルムに残っていた。かつて山谷の寄せ場では暴力支配があったというが、21世紀の現代でも運送業界では暴力支配が延命している状況を目の当たりにした。後でわかったことだが、手下といってもヤクザではなく別の会社のトラック運転手だった。厳しい状況に置かれたものが、より弱いものを憎悪や排除の対象にする事例のひとつである。
このドキュメンタリー映画では、ビデオ映像そのものが運動の武器となっていた。
ひとつは、労務担当が葬式で暴力を振るった光景を撮影したビデオそのものが証拠となり加害者が逮捕された。またこのときの模様を、四谷の住友大阪セメント本社の社前集会で、路上の立木にシーツを張りスクリーンにして映写した。物陰から見ていた社員もいて翌日、会社は下請け会社と誠意をもって話し合うことを約束した。これが争議解決の大きな力となった。
また深夜、住友大阪セメント栃木工場(佐野市)の前で連帯ユニオンのメンバーがチェックしていると、ひっきりなしにトラック群が列をなして入ってくる。そのなかに12トン積みのトラックにセメントを14トン積みこむ過積載のトラックが発見された。渋る運転手からなんとか事情を聞き出し、当直の社員に労働組合員が詰め寄ると「本社が一元管理しているので、工場では何もできない」と答えていた。これほどはっきりした過積載の証拠もないだろう。

上映後に土屋監督のトークセッションがあった。
監督は、皆倉さんと同年の1971年生まれで、30歳のとき働いていた映像会社から「会社が赤字」という理由で解雇されそうになった。そのときに、それまでは「おっさんたちが赤いハチマキを締めて、酒ばかり飲んでいる」イメージしか持てず、印象の悪かった労働組合に勇気を出して相談に行った。すると親身に話を聞いてくれて印象が一変した。また解雇に伴う解決金でビデオカメラを購入したとのことだった。
この映画の撮影で大変だったことは、という質問に、監督は暴力シーンを挙げた。はじめからカメラを回すつもりだったわけではないが、クルマから男たちが十数人おりてきて「皆倉さんに会わせろ」と強要し、暴力をふるい始めた。暴れ始めたのではじめて家庭用小型ビデオを回し始めた。自分もなぐられメガネも壊された。もちろんムカッとしたが、それ以上に憤りの気持ちが強かった。自分も10歳のとき父を亡くした経験があり、最後の別れの時間は身内にとって、短くても本当に大事な時間だ。それを破壊してまでも会社側が露骨にやるのがショックだし、人を人とも思わぬ態度が許せなかった。いま画面をみてもそう思う。
労働関係の仕事としては、組合入門者向けのビデオを制作したことがある。また団体交渉に同席して企業側を撮影し、ユーチューブなどに掲載することもある。また自分が解雇されたときの映像を自分で撮っていたそうだ。「ビデオはだれでも手軽に使える面白いメディアだ。ユーチューブの人気作品はいまはイヌ、ネコのペットを撮ったものだが、その他の使い方もあることをぜひ知ってほしい」と強調されていた。

最後に連帯ユニオンの方からスピーチがあった。
皆倉さんは争議に勝利したが、成果は一人だけのものでなかった。映画に声だけ登場した、厳しい労働に耐えかねて東都運輸を退職した運転手が新しい勤務先でつい最近組合を結成した。また住友大阪系の運送会社は、皆倉さんの勝利により連帯ユニオンとの団交で低姿勢になっている。組合は人がつながって大きくなる。その根底にあるのはは「フツー」の生活がしたい、人間らしい生活がしたいという気持ちだ。

☆会場の旧・坂本小学校は関東大震災後に建設された復興小学校のひとつである。校舎は1926年に建設され96年に廃校になった鉄筋コンクリート3階建てである。玄関や屋上部分にアーチ型が多用されていた。表現派のデザインだそうだ。
上映は教室で行われた。小学生40人が定員のスペースに大人が66人入った。しかし天井に扇風機が4台あり、それほど気にはならなかった。観客は八王子や千葉など遠方からも来ていたようだった。
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