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林香里の「『慰安婦』問題は安倍問題」

2015年04月19日 | 集会報告
4月5日(日)午後、府中の東京外国語大学プロメテウスホールで「朝日新聞問題を通して考える「慰安婦」問題と日本社会・メディア」というシンポジウムが開催された。500席のホールが文字通り満席になった。
2014年8月5-6日朝日新聞社は「慰安婦問題を考える」という検証記事を掲載し、いわゆる吉田証言関連の記事13本を取り消した。さらに10月慰安婦報道について検証する第三者委員会を設置した。
ところが、委員は中込秀樹氏(元名古屋高裁長官)ら7人で、慰安婦問題を研究する歴史学者は入らず、人権問題なのに国際人権法の分野の専門家も含まれず、女性も1人だけという人選に危機感を抱いた呼びかけ人8人(ほか弁護士、研究者ら合計204人)は、10月9日、朝日新聞社に要望書を提出した。12月22日委員会報告書が発表されたが、8月まで保持していた「慰安婦」問題の本質は女性の人権問題という視座すら否定するような内容だった。そこで呼びかけ人らは1月22日再度申入れ書を提出した。
この問題は、朝日一社の問題にとどまらず、日本のマスメディア全体、あるいは日本社会全体の問題でもあると呼びかけ人は考え、この日のシンポジウムを開催することになった。

発言者は、林博史さん(関東学院大学教授)、松原宏之さん(立教大学教授)、伊藤和子さん(弁護士、ヒューマンライツ・ナウ事務局長)、青木理さん(ジャーナリスト)、林香里さん(東京大学大学院教授、朝日新聞第三者委員会委員)、植村隆さん(元朝日新聞記者)の6人で、司会は中野敏男さんと金富子さん(いずれも東京外国語大学教授)だった。
わたくしは林香里(かおり)さんのスピーチにとくに関心があったので、林さんの発言を紹介する。ただし、テープは取れなかったので正確とはいえない。細部は朝日のサイトの、林さん執筆による別冊資料2「データから見る「慰安婦」問題の国際報道状況」も参照した。
司会による林さんの紹介は「第三者委員会唯一の女性委員でかつメディア学者。他の委員は根拠やデータを示さないなか、林委員一人が計量的な検証をした」というものだった。
林さんは1963年生まれ、南山大学を卒業しロイター通信記者、エアランゲン・ニュールンベルク大学などで学び、2004年東京大学社会情報研究所助教授、09年東京大学大学院情報学環教授に就任した。19枚のパワーポイントのグラフや新聞記事を映写する発表だった

「慰安婦」報道検証と第三者委員会 問題点と課題

日経テレコンで検索し1984年以後の「慰安婦」報道の量的推移を見てみた。すると2009年以降は産経新聞がトップだった。読売新聞は一貫して消極的だった。これは読売のメッセージともいえる。読売は8月の朝日の記事取消し以降、「慰安婦報道検証 読売新聞はどう伝えたか」というチラシを各戸配布し、A紙作戦という販売大攻勢をかけた。
朝日の慰安婦報道については、記者へヒアリングし、1日に2,3回行うこともあった。
さて第三者委員会とはなんだろう。日弁連のガイドラインによれば「企業や組織において、犯罪行為、法令違反、社会的非難を招くような不正・不適切な行為等が発生した場合及び発生が疑われる場合において、企業等から独立した委員のみをもって構成され、徹底した調査を実施した上で、専門家としての知見と経験に基づいて原因を分析し、必要に応じて具体的な再発防止策等を提言する」とある。主としてコンプライアンスの問題であり、朝日新聞社は「不祥事」と認識したのだろう。ではいったいなにが不祥事だったのか。吉田清治証言、「慰安婦」と「挺身隊」の混同、池上彰氏コラム掲載見送りなどいくつか挙げられる。しかしこのどれが違法行為あるいは名誉棄損など人権問題なのか。明らかな「不祥事」とはいえない。そうすると第三者委員会の設置はどこまで適切だったのかという気にもなる。

●国際世論への影響
木村社長から、国際世論への影響を調べてほしいという課題が提起されたのでコンテンツアナリシスという手法を使って分析した。調査したのは欧米4か国(米国、英国、フランス、ドイツ)10紙600本の記事、韓国5紙14000本の記事である。すると欧米も韓国も日本も、第一次安倍政権と第二次安倍政権の時期に「慰安婦」報道が急増していることが明らかだった(林香里委員別冊資料2 4pおよび22pのグラフ参照)。じつは、この問題は吉田問題ではなく安倍問題だったわけである。
性奴隷(sex slave)という言葉は「慰安婦」(comfort women)の婉曲表現と説明されていることも多く、欧米メディアでは定着していることがわかった。にもかかわらず2004年11月28日読売新聞は「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニューズ)」がsexslaveを使っていたことで「おわび」を出した。
欧米の「慰安婦」報道で、発言が引用された人物でダントツの1位は安倍晋三首相96回、2位は「慰安婦制度というものが必要なのは誰だってわかる」発言の橋下徹市長21回、3位は村山富一20回、4位は小泉純一郎17回だった。「どこの国にもあったことですよね」発言の籾井勝人NHK会長10回、小林よしのり5回などもあった。また発言の引用に限らずトピックとして言及されたのも安倍首相が圧倒的な注目を集めていた(合計1141回、2位は小泉純一郎で200回)。時期別にみると1990年代には村山(19回)や橋本龍太郎(16回)が多く2013年には橋下が多かった。韓国/朝鮮の元慰安婦、フィリピン、オランダの元慰安婦の証言も一定の割合で引用されていた。
12月22日報告書が発表され、翌23日に読売は大きく報道した。「国際社会への影響」の要旨説明でわたしの報告はたった5行で「人生は不条理だ」と思った。産経は「国際的影響強める」と書いたが、そんなことは報告書に書かれていない。

●課題
最後に課題を指摘する。  
 1 「報道検証」はなんのためにあるのか。どの間違いを、なんのために検証するのかという問題について、あまり議論されなかった
 2 どのような委員会のあり方が適切かは、ひとつの課題である。
 3 朝日新聞慰安婦報道は「不祥事」だったのか、もう一度振り返るべきである。
 4 国内議論と国際議論とで大きな食い違いがある。なぜなのか考えるべきである。

課題については、もう少し詳しくお聞きしたいところだった。「国内議論と国際議論との大きな食い違い」については、報告書の個別意見の林さんの項(96-98p)にあるので、引用する。
国際社会では、慰安婦問題を人道主義的な「女性の人権問題」の視点から位置づけようとしていることが見てとれた」「他方で、近年の日本国内の議論では、ほとんどの場合、日韓や日米などの「外交問題」、および「日本のイメージの損失」など、外交関係と「国益」の問題として扱われている」
たしかに大きなギャップである。安倍首相が「旧日本軍の強制性を裏付ける証言は存在していない」と発言したり、米下院の対日決議案は「客観的事実に基づいていない」と述べたりするたびに、欧米で「慰安婦」報道が激増したが、その理由はこの「ギャップ」にあることがわかる。
また林さんが、思いのたけを「激白した」という世界5月号「「報道検証」はジャーナリズムをよくするか」では、背景にある政治的意図、第三者委員会の権力性、「ものいう経営陣」の誤った決断、など現代のマスコミや第三者委員会の問題点に幅広く言及している。
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