非戦を選ぶ演劇人の会の「9条は守りたいのに口ベタなあなたへ…」(作・構成:永井愛)を見た。練習時間の制約のためだと思うが、シナリオを手に多少の動きを付けた朗読劇として演じられた。舞台の上には小学校の木のイスが10脚置いてあり、登場人物が座れるようになっている。バックには待機する役者が座るパイプイスが20脚ほど、壁には数字の9をくわえたハトの切り抜きが5列の半円形に合計100くらい貼り付けてあった。
根岸季衣、平幹二朗、長山藍子、大塚道子、富沢亜古、麻丘めぐみ、坂口良子、毬谷友子、流山児祥など23人もの豪華メンバーが登場した。それにもかかわらず料金は1500円と、9条を守るための完全なボランティア出演価格だった。
この芝居は「あの時歴史が動いたよね」という未来のテレビ番組の「憲法で世間話しちゃった主婦」の巻を、2008年の日本にタイムマシンで行って実況放送したという設定になっている。未来の世界の人物は、司会2人、ナレーターとゲストで三つ網をした世間話研究家タイラ・ミケジロー(平幹二朗)の4人。2008年の護憲主義者でパッチワーク教室に通う主婦・ネゲシ・ホシエ(根岸季衣)が世間話のなかで世に流通する数々の改憲論に直面し、悩みながら、教室の先生(トモヤ・リマコ 毬谷友子)、生徒、自分の家族、横町のマダム(アイヤマ・ナガコ 長山藍子)、美容院を経営する友人(アッコ 富沢亜古)、タクシー運転手(蓉祟)などいろんな人の支援によりひとつひとつ反駁する材料を手に入れていくという構成になっている。役名は役者の名をもじった楽しい名前になっていた。
たとえば古典的な武装論である「家の戸締まり」論や「夜道の暴漢」論には「家の戸締まりは外からの侵入を防ぐだけだろ。でも、武力は人を殺すんだぞ。家の鍵が人を殺すか?」「夜道で暴漢に襲われるかもしれないから、必ずナイフを携帯しましょう。襲われたら、迷わず刺しましょう。その暴漢の家も壊しましょう、その家族も殺しましょう。ここまで言わなきゃ武力の例えにならない」と夫の言葉を借りて切り返す。息子の「アメリカの押し付け憲法」論には、横町のマダムから「1946年12月の民間の『憲法草案要綱』が下敷きにあったこと、平和憲法は当時国民が大歓迎し、押し付けられたのは国民を戦争へと導いた戦前の支配者たちだったこと」を教わる。
湾岸戦争でカネだけ出し兵隊を投入せず非難された「多国籍軍の人道的介入」論や「国際社会が協調して行う武力行使」論には、美容院経営の友人との会話から「アメリカと国際社会がごっちゃになっているのではないか。日本が9条を放棄して喜ぶのはアメリカだけだ。中国やアジア諸国もヨーロッパの国も歓迎しない。クレームをつけているのはアメリカだけ」ということを発見する。
ほかに「一国平和主義」論、自衛隊の存在と9条との問題、すなわち「現実と理想の乖離」論、日米安保の問題点についても舞台で言及される。
また、安全保障や憲法について理解を深めるうえで有益な、下記のような情報も紹介される。近代立憲主義に基づき成立した憲法は「国家権力の暴走を防ぐための法律」であること。現代の戦争は正規軍の戦いではなく、武装集団を相手にする地域紛争のかたちを取るようになり、武力が解決手段として有効ではなくなりつつあること。改憲派のなかにはアメリカからの自立を目指すプライド重視の純粋右翼もいるが、改憲したところで対米従属の日本の体質は容易に変わりそうにはないこと。グローバル経済のなかで、経済界から海外資産を守るため9条改憲論の声が大きくなったこと。
わたくしは、非武装中立を世界規模で進展させる近年の動きとして、1999年のハーグ国際平和市民会議で採択された「公正な世界秩序のための10の基本原則」や2004年に国会を通過し2005年に日本でも効力が発生した「ジュネーブ諸条約第一追加議定書」59条の無防備地区の規定のことを初めて知った。
最終的には、武力は財政赤字を拡大し大量の死者を作り出す、「武力で平和はつくれない」という結論に落ち着く。「夢にまで見た、平和のための武力行使!」は言葉遊びに過ぎない、戦前の「聖戦」と同種である。武力にたよらずODAや外交や日本の平和ブランドを活用して平和をつくる、という建設的な提案も紹介された。
シナリオは下記のようにしめくくられる。
「奥さん、道ばたの主婦にも、できることがありますよ。」
「道ばたの主婦にもできること?」
「こんにちは! ねぇ、私、話したいことがあるんだけど…。」
今後、われわれがどうすればよいのかという点で、これほど軽々と「世間話」に憲法の話を乗せることは難しいとしても、大いに参考になり勇気づけられる。またシナリオに出てくる改憲反対の理論をそのまま「世間話」に活用することは可能だが、日常の理論学習がじつに重要なことがよくわかった。
2日とも満席となった会場、スペース・ゼロ
内容が安全保障論なので、舞台上のセリフとしてはいささか理屈っぽく、耳で聞くだけでは論理を追いにくいところもあった。
たとえば「国家の安全保障というものは、いうまでもなく、その国の国内の政治、経済、社会の諸問題や、外交、国際情勢といった国際問題と無関係であるはずがなく、むしろ、これらの諸問題の総合的な視野に立って初めて、その目的を達成できるものである」(長沼ナイキ訴訟の札幌地裁判決文)というセリフである。2時間弱の上演時間だったが、理屈っぽい芝居なのでかなり長く感じた。シナリオを4つくらいに分割するか、後半をぐっと圧縮したほうが観客の理解のためにはよいかもしれない。また動作の少ない朗読劇ではナレーションがきわめて重要であることを実感した。この芝居のナレーションはたとえば「ホシエの心が一部砕けた」「息子はネット右翼だった」といったものだ。ナレーションで難しい理論を一部移したり、用語の解説をやればもう少し流れがよくなったかもしれない。
役者としては「不思議の国のアリス」のトランプの女王のような関根信一(改憲バーのママ)と、トランプの兵士のような山口馬木也と明樹由佳(改憲バーのホスト)が迫力のある演技をしていた。
なおシナリオはここにアップされている。B5サイズで109pに及ぶ。ありがたいことに「作・構成 永井愛」というクレジット、引用・参考文献の明示などいくつかの要件を満たせば、上演が許されるそうだ。
☆いまから30年以上前のことだが、1975年ごろ外苑前の駅の近くにVAN99ホールがあった。99円とか246円とかで芝居やミニコンサート、落語を聞かせるミニホールだった。演劇ではつかこうへい事務所や東京ヴォードヴィルショーがよく出ていた。つかの『ストリッパー物語』で主役としてデビューしたのが根岸季衣だった。平田や知念やいまは亡き三浦と同様、根岸も体当たりの演技をしていた。そのころとあまり変わらない真っ直ぐな心意気を感じた。
根岸季衣、平幹二朗、長山藍子、大塚道子、富沢亜古、麻丘めぐみ、坂口良子、毬谷友子、流山児祥など23人もの豪華メンバーが登場した。それにもかかわらず料金は1500円と、9条を守るための完全なボランティア出演価格だった。
この芝居は「あの時歴史が動いたよね」という未来のテレビ番組の「憲法で世間話しちゃった主婦」の巻を、2008年の日本にタイムマシンで行って実況放送したという設定になっている。未来の世界の人物は、司会2人、ナレーターとゲストで三つ網をした世間話研究家タイラ・ミケジロー(平幹二朗)の4人。2008年の護憲主義者でパッチワーク教室に通う主婦・ネゲシ・ホシエ(根岸季衣)が世間話のなかで世に流通する数々の改憲論に直面し、悩みながら、教室の先生(トモヤ・リマコ 毬谷友子)、生徒、自分の家族、横町のマダム(アイヤマ・ナガコ 長山藍子)、美容院を経営する友人(アッコ 富沢亜古)、タクシー運転手(蓉祟)などいろんな人の支援によりひとつひとつ反駁する材料を手に入れていくという構成になっている。役名は役者の名をもじった楽しい名前になっていた。
たとえば古典的な武装論である「家の戸締まり」論や「夜道の暴漢」論には「家の戸締まりは外からの侵入を防ぐだけだろ。でも、武力は人を殺すんだぞ。家の鍵が人を殺すか?」「夜道で暴漢に襲われるかもしれないから、必ずナイフを携帯しましょう。襲われたら、迷わず刺しましょう。その暴漢の家も壊しましょう、その家族も殺しましょう。ここまで言わなきゃ武力の例えにならない」と夫の言葉を借りて切り返す。息子の「アメリカの押し付け憲法」論には、横町のマダムから「1946年12月の民間の『憲法草案要綱』が下敷きにあったこと、平和憲法は当時国民が大歓迎し、押し付けられたのは国民を戦争へと導いた戦前の支配者たちだったこと」を教わる。
湾岸戦争でカネだけ出し兵隊を投入せず非難された「多国籍軍の人道的介入」論や「国際社会が協調して行う武力行使」論には、美容院経営の友人との会話から「アメリカと国際社会がごっちゃになっているのではないか。日本が9条を放棄して喜ぶのはアメリカだけだ。中国やアジア諸国もヨーロッパの国も歓迎しない。クレームをつけているのはアメリカだけ」ということを発見する。
ほかに「一国平和主義」論、自衛隊の存在と9条との問題、すなわち「現実と理想の乖離」論、日米安保の問題点についても舞台で言及される。
また、安全保障や憲法について理解を深めるうえで有益な、下記のような情報も紹介される。近代立憲主義に基づき成立した憲法は「国家権力の暴走を防ぐための法律」であること。現代の戦争は正規軍の戦いではなく、武装集団を相手にする地域紛争のかたちを取るようになり、武力が解決手段として有効ではなくなりつつあること。改憲派のなかにはアメリカからの自立を目指すプライド重視の純粋右翼もいるが、改憲したところで対米従属の日本の体質は容易に変わりそうにはないこと。グローバル経済のなかで、経済界から海外資産を守るため9条改憲論の声が大きくなったこと。
わたくしは、非武装中立を世界規模で進展させる近年の動きとして、1999年のハーグ国際平和市民会議で採択された「公正な世界秩序のための10の基本原則」や2004年に国会を通過し2005年に日本でも効力が発生した「ジュネーブ諸条約第一追加議定書」59条の無防備地区の規定のことを初めて知った。
最終的には、武力は財政赤字を拡大し大量の死者を作り出す、「武力で平和はつくれない」という結論に落ち着く。「夢にまで見た、平和のための武力行使!」は言葉遊びに過ぎない、戦前の「聖戦」と同種である。武力にたよらずODAや外交や日本の平和ブランドを活用して平和をつくる、という建設的な提案も紹介された。
シナリオは下記のようにしめくくられる。
「奥さん、道ばたの主婦にも、できることがありますよ。」
「道ばたの主婦にもできること?」
「こんにちは! ねぇ、私、話したいことがあるんだけど…。」
今後、われわれがどうすればよいのかという点で、これほど軽々と「世間話」に憲法の話を乗せることは難しいとしても、大いに参考になり勇気づけられる。またシナリオに出てくる改憲反対の理論をそのまま「世間話」に活用することは可能だが、日常の理論学習がじつに重要なことがよくわかった。
2日とも満席となった会場、スペース・ゼロ
内容が安全保障論なので、舞台上のセリフとしてはいささか理屈っぽく、耳で聞くだけでは論理を追いにくいところもあった。
たとえば「国家の安全保障というものは、いうまでもなく、その国の国内の政治、経済、社会の諸問題や、外交、国際情勢といった国際問題と無関係であるはずがなく、むしろ、これらの諸問題の総合的な視野に立って初めて、その目的を達成できるものである」(長沼ナイキ訴訟の札幌地裁判決文)というセリフである。2時間弱の上演時間だったが、理屈っぽい芝居なのでかなり長く感じた。シナリオを4つくらいに分割するか、後半をぐっと圧縮したほうが観客の理解のためにはよいかもしれない。また動作の少ない朗読劇ではナレーションがきわめて重要であることを実感した。この芝居のナレーションはたとえば「ホシエの心が一部砕けた」「息子はネット右翼だった」といったものだ。ナレーションで難しい理論を一部移したり、用語の解説をやればもう少し流れがよくなったかもしれない。
役者としては「不思議の国のアリス」のトランプの女王のような関根信一(改憲バーのママ)と、トランプの兵士のような山口馬木也と明樹由佳(改憲バーのホスト)が迫力のある演技をしていた。
なおシナリオはここにアップされている。B5サイズで109pに及ぶ。ありがたいことに「作・構成 永井愛」というクレジット、引用・参考文献の明示などいくつかの要件を満たせば、上演が許されるそうだ。
☆いまから30年以上前のことだが、1975年ごろ外苑前の駅の近くにVAN99ホールがあった。99円とか246円とかで芝居やミニコンサート、落語を聞かせるミニホールだった。演劇ではつかこうへい事務所や東京ヴォードヴィルショーがよく出ていた。つかの『ストリッパー物語』で主役としてデビューしたのが根岸季衣だった。平田や知念やいまは亡き三浦と同様、根岸も体当たりの演技をしていた。そのころとあまり変わらない真っ直ぐな心意気を感じた。