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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

熟年夫婦の純愛映画「家族はつらいよ」

2016年03月27日 | 映画
丸の内ピカデリーで「家族はつらいよ」をみた。この映画も「母と暮らせば」と同じく松竹120周年映画のひとつだ。
平日午後の映画館は高齢者が大半で、「レディースデイ」のせいもあり女性が多い。もしかすると平日午後の映画館はいつもそうなのかもしれない。
前作同様この日もフィルムで上映、「フィルムならではの雰囲気や色彩の深みをお楽しみいただけます」という説明があったが、わたくしには違いがよくわからない。

家族のキャストは「東京家族」とまったく同じ4組の夫婦、孫の長男だけ柴田龍一郎から中村鷹之資に代わっている。この人は歌舞伎の中村富十郎の息子だそうだ。
ただ庄太(妻夫木聡)の職業は大道具係からピアノの調律師になっていた(撮影が始まってから職業が変更になったというのだから本人は大変だっただろう)。ほかにも長男が医師から商社のサラリーマン、長女が美容師から税理士、憲子が書店員から看護師に変っていた。1月にみた「山田洋次×井上ひさし展」(市川市文学ミュージアム)に「離婚届」の小道具が展示されていた。それによると住所は青葉区美しが丘2丁目53-4、たまプラーザの駅から北に1キロくらいの住宅のようだ。
平田周造(橋爪功)は1940年生まれという設定で実年齢より1歳上だからまあよいが、富子(吉行和子)は1944年生まれで10歳近く年下の役なので無理があるのではと思ったが、本当に若々しく見えた。結婚したのは1968年6月ということになっていた。
この離婚届によれば富子の実家(「婚姻前の氏にもどる者の本籍」だったかもしれない)は田園調布3-31になっていた。離婚後、田園調布の広い芝生の庭がある赤い屋根のお屋敷に住む予定になっていたが、生まれ育った実家の近くだったようだ。

蒼井優は、看護婦という役柄のせいもあるのだろうが、凛々しくしっかりした女性の役を演じていた。たとえば夜勤の憲子が朝の引き継ぎをテキパキやっていたり、周造が家族会議の末「い、いつからスパイになったんだ!ええっ、このスパイめ!」(セリフは小路幸也「家族はつらいよ」講談社文庫2015.12より 以下同じ)と泰蔵に叫んだまま興奮しすぎて倒れたとき、キビキビと対処した姿。医師(笑福亭鶴瓶)に「いやー、よかったですな。現場に看護師がおられてね。処置が早(はよ)うて何よりでしたわ」と誉められるくらいだった。公園で周造に「生意気なことを言うようですけど、もう家族の一員だと思って許してくださいね。(略)いえ、言葉なんです。お義父さんの気持ちを言葉にしなきゃいけないんです」と厳しく説教までしていた。
間宮のり子という役名は変わらないが漢字の紀子が憲子に変っていた。安倍政権下のこの時代、憲法や立憲主義が大事という山田監督の思いが反映されているのかもしれない。
セリフは一言もないが、愛犬トトもじつは家族の重要な一員であることがわかるようになっていた。

寅さん映画もそうだったが、ちょい役で芸達者な人がでてくる。今回は日野市民ホールの警備員役・笹野高史と創作教室の講師役・木場勝己である。2人とも舞台でみたことがある。それからうなぎ屋「うな茂」の出前持ち役・徳永ゆうきは2012年ののど自慢グランドチャンピオンという異色の役者だが、俳優としても期待できそうだった。
徳永は出前の三輪バイクを走らせながら「男はつらいよ」のテーマソングを歌っていたが、そのほかにも寅さん映画のポスターが沼田探偵事務所の近くにあったり、周造の部屋に寅さんシリーズのDVDが何枚か重ねてあったり、ちょっとやりすぎの感があった。 
また特別出演の当直医師役・笑福亭鶴瓶がいい味を出していた。「おとうと」では患者でそれも死にゆく人だったが、逆の立場だ。

役者では、中嶋朋子(税理士の成子役)と笹野高史(日野市民ホールの警備員役)がうまかった。
かよは、前回は架空の店の感じがしたが、今回は私鉄沿線の駅に本当にありそうに感じた。メニューは揚げシューマイ、ほっきの開き、秋刀魚など、価格も手ごろな価格だった。壁の短冊には見えなかったが、業務用おでん鍋でおでんを煮ているのが見えた。こんな店があれば一度入って、思ったとおり印象がよければ常連になりたいような店だった。おまけにおかみがかよ(風吹ジュン)のような人であれば。

この映画は「寅さん」以来20年ぶりの喜劇というが、喜劇とはちょっと違うジャンル、純愛映画のように感じた。
「お前と一緒になってよかった。良い人生を送ってこられた。サンキューだ」「(離婚は)もういいの。今のことばを聞けたら十分」という結末になるのだから、たしかに悲劇ではなく喜劇ではある。
「俺だ。俺だよ!」と周造がいきなり電話で話したため、嫁がオレオレ詐欺と間違えたり、家族会議で富子が「以上です。お父さんの口癖を借りれば」としめくくったり、おかしいシーンやセリフが散りばめられ、幸之助(西村雅彦)がバランスボールから滑り落ちるシーンなど行動、仕草がおかしい場面もたくさんあったのだが、どうも寅さん映画のようにはいかなかった。
だいたい喜劇向きの役者は、しいていえば林家正蔵とせいぜい橋爪功くらいしかいない。正蔵が三平のマネをして「どうもすみません」という仕草は面白かった。泰蔵(林家)は、「どっかの落語家みたいな顔したろくでもない男」と周造に評価されていた。
「十五才 学校IV」(2000年)以降、平松恵美子さんが脚本に加わると、コメディというよりはシリアスな作品に仕上がるのかもしれない。
2015年年末に山田監督がテレビでこの映画について「無縁社会、下流老人など切ない時代になったけれど、仲のよい家族がじたばた大騒ぎをする。そんななかで家族というものを笑いながら考えてみるそんな映画なので楽しみにしてほしい」といっていた。「人間はもともと滑稽だ」とも語っておられた。たしかにじたばた生きる家族、とりわけ夫婦について考えさせる映画になっていたと思う。一言でこの映画を表せば、結婚47年の熟年夫婦の純愛ストーリーである。これと対照して40代の中年夫婦、これから家庭を築く若葉マークの夫婦と三世代夫妻がくっきり描かれている。
もう2回くらい細部にこだわって見たいと思った。
   
周造が自分の部屋でみていたDVDの「東京物語」の「終」のマークとほぼ同時にこちらの映画も終わってしまい驚いた。久しぶりにこのサイトで最後の部分だけみてみた。原節子も最後に帰京し、笠智衆がうちわで煽ぎながら和室でたたずんでいると、隣家の主婦・高橋豊子が「お寂しいこってすなあ」と声をかけ、尾道の港から小船が出港しているところで映画が終わった。「東京家族」といい山田監督は小津がよほど好きらしい。あるいは松竹120周年という事情もあるのかもしれないが。

横尾忠則の「日常の向こう側、ぼくの内側」で、この映画の制作進行状況は知っていた。東宝スタジオに数か月アトリエを構えていたとかだった。エンドロールで横尾氏はタイトルデザインということになっていた。横尾氏は「東京家族」ではスペシャルアドバイザーだったが、今回はポスターも作成した。

☆1月末から、ちょっと必要があり寅さんシリーズを1作からみることになった。
わたくしが好きな作品は歌があり、そして効果的に使用されていることに気付いた。たとえば第1作の「殺したいほどほれてはいたが 指も触れずに 別れたぜ」の「喧嘩辰」(北島三郎)、12作「私の寅さん」の「背くらべ」、 14作「寅次郎子守唄」の江戸川合唱団の「ファニタ」ほか合唱曲、20作「寅次郎頑張れ!」の「菩提樹」、34作「寅次郎真実一路」の「里の秋」など。もちろん歌が出てこなくても26作「かもめ歌」、40作「サラダ記念日」など好きな作品はある。また歌が出てくるということでは、都はるみ、沢田研二、浅丘ルリ子が登場する作品にはもちろん歌が出てくる。
またバイ・プレーヤーというのか、喜劇もできる男優が何作も引き続いて登場していることもわかった。たとえば関敬六は別格としても、米倉斉加年、すまけい、笹野高史、神戸浩などだ。みんな個性豊かで芸達者な役者ばかりだ。
別の話になるが神戸浩は北村想の芝居によく出ていた。1980年代に名古屋にいたころ観たがそのころから印象が強い


●年ごとの総目次が、エクセルのバージョンアップでやり方がわからなくなったが2015年に合わせて作成し、今回2012年から2014年までアップした。また2008、2009年もリンクの調子が悪かったのでこの機会に入れ替えた。
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