今年は4年に一度の中学校の教科書採択の年だ。教科書展示会をみにいった。スケジュールとしては、展示会で提出した市民意見も参考にして、各採択区(東京23区では区教委)で翌年度から使用する教科書採択を8月に決定する。毎回注目している社会科は、地理、歴史、公民、地図合わせて21冊の教科書が合格した。
歴史では、自由社、育鵬社に加え、前回まで5回連続不合格の令和書籍が、6回目で検定合格した。
●歴史
今年の検定合格歴史教科書は6点、なんといっても異色で要注意なのは令和書籍の教科書だ。
驚くべきことに、巻頭から、神武、綏靖(すいぜい)、安寧、懿德(いとく)、孝昭、孝安、・・・と、戦前は小学生が暗唱させらたお経のような歴代天皇の皇位継承図から始まる。実在が確認されない「天皇」も含まれている。
第1章「原始」の章扉は八咫烏(ヤタガラス)と神武天皇のイラストである。
本文のタイトルは「一 先土器時代以前 イ日本列島の誕生」と、ここまでは普通だが、いきなり「「古事記」は日本列島誕生をどのように記しているのだろう」と古事記や日本書記の話からはじまり、イザナギ、イザナミの国生み神話につなげる。淤能碁呂(おのころ)島に二神が降り立ち夫婦になると淡路島、四国、隠岐諸島、九州など8つの島を生んだので「我が国のことを大八島というのです」と神話による日本列島成立を説く。
本文の最後(449p)は令和元年「十月に即位礼正殿の儀、また十一月に大嘗祭が斎行され、一連の皇位継承儀礼が完了しました。現在の天皇陛下は第126代であらせられます。こうしてまた新しい日本の時代が始まりました。」
はじめから終わりまで、徹頭徹尾、天皇家の宗教と天皇家礼賛の教科書である。本文4pでは「皇室は現存する「世界最古の王家」ともいわれます」(検定前は、「世界最古の国家は、我が国」)と書く。教科書の名前も、ふつうは「新しい社会 歴史」とか「中学社会 歴史」だが、令和書籍は「国史」、戦前の大日本帝国時代、天皇主権の時代の国定教科書はきっとこんな教科書だったのだろうと、過去の映画をみるような教科書だ。
そういえば冒頭の皇位継承図の最後は徳仁ではなく、文仁・悠仁になっている。皇室典範の継承順に従えばこうなるのだろうが、男系男子を維持したいという強い願望の表れている。とても21世紀の教科書にはみえない。
今回、社会科歴史では9社あるうち、自由社、育鵬社、令和書籍の3社がいわゆる「あぶない教科書」だ。9社のうち3社なので、じつに1/3に上る。
「令和書籍よりはましだから、自由社・育鵬社の教科書を採択してほしい」という宣伝運動もあるようだ。しかし、育鵬社版・自由社版も相変わらずなので、その一例として、神話に関する記述を紹介する。
育鵬社は「神話にみる日本誕生の物語」という2p見開きのコラムで、イザナギ・イザナミ、スサノオ、三種の神器と神武天皇、ヤマトタケルが登場する。また自由社も「神話が語る国の始まり」という2p見開き本文で高天原のイザナギ・イザナミ、アマテラスなど三柱の神、天の岩戸ごもりとスサノオ、天孫降臨と神武天皇の東征、大和朝廷の始まり に加え「国譲りの神話と古代人」という2pコラムを付けている。
自由社の「神話が語る国の始まり」 天の岩戸ごもりや神武天皇の東征の絵、八咫烏のマーク、神の系図などがみえる
なおふつうの教科書にも神話は取り上げられている。ただヤマタノオロチ伝説は土石流などの洪水や水害が背景にあるとか、ハワイ諸島の神話との類似性を指摘する(帝国p49)など、教科書に書くべき客観性を備えている。
天の岩戸ごもり,神武東征に加え、神の系図、伊勢神宮の写真が掲載された自由社教科書
その他、戦前の教育勅語について、ふつうの教科書は「天皇と国への『忠君愛国』」を基本とする」ことを述べ、東京書籍や教育出版は、さらに「天地とともに極まりない皇室の運命を助けなければならない」との部分要約を付け、勅語のねらいを明確にする。一方)、自由社・育鵬社・令和書籍は「親への孝行や友人どうしの信義」(育鵬p185)や「国民としての心得」(自由p185)、「人としての生き方」(令和p308)を強調し、視点が異なる。
ほかにも、日清・日露戦争、韓国併合 3.1運動など、いくつもの項目で問題ある記述が見受けられる。
2021年4-5月に、当時の萩生田光一文科大臣と維新の馬場伸幸幹事長、藤田文武議員(その後それぞれ代表と幹事長に昇格!)が国会で共同して「強制連行・強制労働」「従軍慰安婦」という言葉を教科書で使えなくした。
ただし普通の教科書では、「強制連行」「従軍慰安婦」という言葉は使わないものの、たとえば「多数の朝鮮人や中国人が、意思に反して日本に連れてこられ、鉱山や工場などで劣悪な条件下で労働を強いられました。」(東京書籍p234)とか、「朝鮮・台湾の若い女性のなかには、戦地に送られた人たちがいた。この女性たちは、日本軍とともに移動させられ、自分の意思で行動することはできなかった」(学び舎p228)と書いている教科書もある。
しかし自由社、育鵬社、令和書籍は、せいぜい「徴兵や徴用が適用され、日本の鉱山や工場などで厳しい環境で働いた人々もいました。」と書く程度である。おそらく検定方針で、まったく触れないわけにはいかないからだろう。
なかでも令和書籍はひどく「緊張する東アジア情勢」という、尖閣や北朝鮮の核実験やミサイル実験、そして拉致問題を扱う項目(p440-444)をつくり、そのなかで、「蒸し返された韓国の請求権」(p442-443)という大型コラムで、ソウルの平和の少女像に「慰安婦像」というキャプションを付けた大きな写真(写真クレジット竹田恒泰)を入れたうえ「日本軍が朝鮮の女性を強制連行した事実はなく、また彼女らは報酬をもらって働いていました」と書いている。諸説あるとはいえ、こんな一方的な記述はひどいと思う。
●公民
公民は6社で、4年前同様、やはり育鵬社と自由社の教科書には問題が多い。
まず憲法の3つの基本原理のうち「平和主義」について。普通の教科書は「日本は、太平洋戦争で多くの国々、なかでもアジア諸国の人々に対して多大な損害をあたえ、日本の国民も大きな被害を受けました。(略)そこで日本国憲法は、戦争を放棄して世界の平和のために努力するという平和主義をかかげました(第9条)」(東京書籍p46)と、敗戦の教訓という平和主義制定の背景から書き始める。
ところが育鵬社は「連合国軍は日本に非武装化を強く求め、その趣旨を日本国憲法にも反映せることを要求しました。このため戦争を放棄し「戦力」を保持しないこと、国の「交戦権」を認めないことなどを憲法に定め、徹底した平和主義を基本原理とすることにしました」(p50)と説明する。
自由社はタイトルから「平和主義と安全保障」(p82-83)で「第二次世界大戦に敗れたわが国は、連合国軍による占領のもとで軍隊が解体されました」と始め「軍事力を保有することなくわが国の安全を保持することが可能かについては、長らく議論がなされてきました」として1954年の陸海空自衛隊発足につなげ「憲法改正を行って(略)自衛隊をわが国の軍隊として位置づけるべきだという主張もあります」(p83)と、議論の紹介という体裁をとっているが、自衛隊の軍隊への再編を主張する。
自由社版は、さらに次の2p見開きページ〈もっと知りたい〉「わが国の安全保障の課題」というコラムに続く。自衛隊は、法制上は軍隊ではないので警察と同じく法律上何をしてよいかという「ポジティブ・リスト方式で運用」されているので「自衛隊が確実にわが国と主権を守り、国際平和維持に効果的に貢献するためには、自衛隊の法的地位を改めるべきだという議論がある」。そのため「世界一強力な米軍に基地を提供し、その軍事力によってわが国を防衛し、東アジアの平和を維持する道をとり続けてきた」(p85)と日米合同委員会や安全保障協議委員会の説明につなげ、アメリカ側は軍事や国際法の専門家、プロの軍人が参加しているが、日本側は軍事の専門家は1名だけという説明をする。
ミサイル、戦闘機、空母(にみえる護衛艦)、戦車など攻撃用武器満載の自由社公民教科書
一方、普通の教科書は、集団的自衛権(安保関連法)も説明するものの、「しかし、憲法第9条で認められてる自衛の範囲をこえているという反対の意見もあります」という記述や〈もっと知りたい〉「沖縄と基地」というコラムで米軍基地の集中、辺野古沖新基地の問題を紹介し(東書p47)、バランスをとっている。さらに最後に「被爆国日本の役割」という小見出しを立て、非核三原則に触れたうえで「平和主義を定める憲法を持つ日本には、核兵器の廃絶など、世界平和に貢献することが求められています」(東書p47)と締めくくっている。
次に、基本原則のひとつ「国民主権」の記述をみた。
普通の教科書は、「国の政治のあり方を最終的に決める力が国民にあることを国民主権といいます」と、憲法前文の「主権が国民に存することを宣言し」も参照したうえで、まず定義づける。そして「議会制民主主義」を説明したうえで、憲法改正や象徴天皇制の話に進む(日文p46-47)。
自由社、育鵬社とも日本国憲法の基本原則として「主権が国民に存すること(国民主権)を宣言し」(育鵬社p43)とは書くものの、詳細を述べる部分で大きく異なる。
育鵬社は、タイトルから「国民主権と天皇」(p44-45)で、主権者として政治を動かす力を持っていることを忘れてはなりません。同時に(略)他人や社会への配慮が大切であり、権利や自由には必ず義務と責任がともなうとの認識も必要です」と権利・義務をセットにして記述する。また記述スペースも国民主権と天皇制を50%ずつにし、文末には「現代の立憲君主制のモデルの1つとなっています」(育鵬社p45)とまで書いている。
自由社は、憲法前文を引用するにしても「国政の『権威は国民に由来』すると規定し、権威が日本国民全体に存すると宣言しています」と説明し、「このように、天皇は、長い歴史をもつ日本の国民全体の総意に基づいて、日本国および日本国民統合の象徴として特別な地位についています」(p67)と憲法1条につなげ、国民主権の趣旨を換骨奪胎した形にしている。
似た性格の問題で「国際協調」に触れる。国際社会での日本に関し、普通の教科書は国際協調を強調する。たとえば国家間の紛争の解決に「平和の実現のためには、国際法を守り、互いを尊重しつつ、話し合いによって平和を実現する国際協調の体制が重要です」(東京書籍p185)と述べる。
しかし育鵬社は「国際社会の中の日本」という節の小見出し「国民国家」で、「グローバル化の流れの中で(略)国家としての一体感を守り育てることも大切であり、そのために国民が祖国を意識することが必要になるのです」(p185)とかなり強引に敷衍して次の小見出し「国旗・国歌」につなげる(p185)。198ページ以降で国際機関やASEANなど地域機構の話は出てくるが「国際協調」は出てこない。むしろ「国益を守ろうとするために、ときには軍事力や経済力を利用することがあります」(p200)と述べる。
自由社は「戦争を引き起こすような事態を防ぐために国際社会は(略)国家間の利害対立を調整し、合意形成を目指して国際協調体制を築いてきました。さらに、各国民の相互理解と協力の増進に努めてきました」と、いつの時代とは明示しないが「過去」の努力として記述する。そして現在の課題として、国益の衝突(尖閣、沖ノ鳥島)、21世紀の「新冷戦」、多発する紛争、対テロ戦争、集団安全保障などを挙げる。
そもそも、公民の教科書冒頭に、育鵬社は「公民は、自分を国や社会など公の一員として考え、公のために行動できる人のことをいいます」「自分のためだけでなく、他者のため、公のために努力する気持ちと、正しいと思ったことを実行する力を身につけていきたいものです」(p1)と書き、自由社は「私たちは社会に支えられ、社会とともに生きています。(略)公民は、私たちみんなが平和で幸せに暮らしていくために、社会をよりよくしていこうと学習していくものなのです」(pⅷ)と述べている。
そもそも公民という教科を「公を優先、私は後」「滅私奉公」と捉える方向からして、まず個人の権利があり、意見や見解の相違がある際、議論して納得する結果を得るという民主的方法と、考え方が異なる。
2022年朝霞の観閲式や、まるで空母のような護衛艦の写真を掲載した日本文教出版の教科書
ところで、ふつうの教科書にも、(PKO活動中であるにせよ)国外の南スーダンで迷彩服姿の自衛隊(東京書籍p206)の写真やまるで空母に見える護衛艦(日文p75)の写真が扱われるようになった。「安保3文書骨子案 敵基地攻撃能力を定義」(2022.12の新聞記事 日文p76)も出ているが、アベ政権での集団的自衛権の閣議決定(2014)と法制化(2015)、岸田政権での安保3文書閣議決定、今国会での戦闘機の共同開発や第三国への輸出解禁、経済安保のセキュリティ・クリアランス(適格性評価)制度、日米の統合作戦司令部創設など軍事化が進行している。
4年前の同じ教科書と比較して、じつは急に大きく変わったわけではないことがわかった。しかし現実の変化のなか、世の中でいう「戦争できる国」からいまや「戦争する国」への日本社会の変質が、教科書のうえでも現実感を伴いながら如実に見られるようなりつつあると感じた。
☆教科書検定の流れは、文科省のHPにも出ている。しかし春の申請から、審査を経て留保の場合の修正票作成と審査という行程が、どのように進行して3月の検定合格決定発表に至るのか、具体的なことはわからなかった。それが今回、ユーチューブのウエブ番組「続・令和書籍合格の軌跡――『国史教科書』の真実」で、著者兼代表者・竹田恒泰自身の言葉で、一端がわかった。
最初は不合格決定後に3時間だけの質疑応答だったのが、検定意見の数が減ってくると、電話でのやりとりや、メールでの修正の相談が許されるようになり、最後のほうでは調査官が残業や休日チェックまでしてくれるようになったと、本人が語る。
本人は、こんなに時間がかかったのは「自分たちが未熟だったから。けして調査員が令和書籍を落としてやろう、保守を締め付けようというものではなかった。調査員との粘り強いやりとりで、どんどん内容がよくなっていった」という。
竹田氏の見方だけを全面的に信用してもいけないだろうが、検定作業の進行具体例を知り参考になる(ウェブ番組は4時間以上あるが、文科省とのやりとりはこのURLの32分くらいから1時間30分くらいのところにある)。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。