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映画「教育と愛国」 実録・政治家の教育への「不当」な介入

2023年07月03日 | 映画

6月24日、練馬駅前のココネリホールで「教育と愛国(斉加尚代監督 「教育と愛国」製作委員会 2022)をみた。観客は230人、ほぼ満席だった(主催:映画「教育と愛国」上映実行委員会、新日本婦人の会)

2000年代に安倍晋三や日本維新の会などの政治勢力、短くいえばアベ的なもの政治力がいかに教育を圧迫し歪めてきたかを描いたドキュメンタリー映画である。斉加尚代はもともと大阪のテレビ局MBSのディレクターなので、2017年テレビドキュメンタリー番組として放映され、19年に岩波書店で書籍として出版、さらに2022年に映画化した作品である。
パンフレットの「シナリオ採録」を利用して映画の流れを紹介する。かなり長くなるが、取材先が多彩で、内容があるので仕方ない。

映画は、2018年に「特別な教科」になった道徳の授業から始まる。あいさつとお辞儀のどちらが先かという2年生の授業、「国や郷土を愛する態度」に照らし不適切」と検定意見が付きパン屋から和菓子屋さんに書き替えられた1年生の教科書、文科省検定調査審議会で委員長が答申を渡す場面、地域での教科書展示会へと場面が展開する。
そして日本書籍の歴史教科書編集者だった方の回想に入る。2001年日本書籍の歴史教科書は検定合格したのに、従軍慰安婦に関する記述で右翼団体の街宣活動のため採択数が激減し、結局数年後倒産するに至る。執筆者の一人、吉田裕へのインタビューもあった。 
一方で1997年1月「新しい歴史教科書をつくる会」が発足、01年新教科書発刊、その後、自由社育鵬社に分裂(07年)してそれぞれ教科書を発刊する。
そして今は亡き安倍晋三が吼える。「日本人というアイデンティティーを備えた国民を作る、ということを教育の目的に掲げて、そして教育の目標の一丁目一番地に道徳心を培う」「日本人であるという誇りを持てなければ、自分自身に自信が持てないんですよ。当り前じゃないですか」「首長が教育について強い信念を持っていればね、その信念に基づいて教育委員を変えていくんですよ。」「(教育に)政治家がタッチしてはいけないものかって、そんなことはないですよ。当り前じゃないですか」。2012年2月大阪でのシンポジウム(主催:日本教育再生機構で、(向かって)右に松井一郎・大阪府知事、左に八木秀次・高崎経済大学教授(日本教育再生機構初代理事長)を従えての発言だった。映画のなかのひとつのハイライトだった。

育鵬社教科書の代表執筆人・伊藤隆、沖縄の集団自決の目撃者・吉川嘉勝、元・検定調査審議会委員の上山和雄のインタビューが続く。
慰安婦は性奴隷ではない」という公式見解を外務省は発信した。国連女性差別撤廃委員会で2016年「日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行というものを確認できるものはありませんでした」と発言し「歴史の歪曲だ」と非難を浴びた杉山晋輔審議官(当時。その後事務次官を経て駐米大使)の取材に移る。
政府の方針を政府の指示によって発言した。(略)総理と直接、お目にかかって総理からの指示があったんですけど、それがその経緯の一部としてあったということは確かです」と語る。やはりそうだったのか、と納得した。ここから2001年のNHK「裁かれた戦時性暴力改ざん放送事件で安倍晋三(官房副長官・当時)がNHK放送総局長を呼び出し圧力をかけたという話も、やはり本当だったのだろうと納得させてくれた。
その後、つくる会教科書とは対極の学び舎教科書と、採択した高校への大量の抗議はがきを実名で発送した籠池泰典・森友学園元理事長、松浦正人・元防府市長教育再生首長会議初代会長)への取材シーンが入る。
籠池は「いわゆる執拗にやって」いた。いま振り返ると「そりゃ、いきすぎじゃないですか」「日本会議の、ある面で幹部であったから、上の方からの指示にしたがって、そういう方向でする」と答えた。松浦は「学び舎、読んだというか、見たという程度でしょうかね」「圧力として受け止められる方は受け止められるかもしれませんが、それは、もしそうだとしたら、ごめんなさいね、と申し上げるしかないですね」と、拍子抜けする回答だった。
一方、受け取った校長は「本校出身の衆議院議員から電話がかかり「政府筋からの問い合わせなのだが」・・・(略)ハガキが届くたびに同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを思えた」「政治的圧力だと感じざるを得ない」と答えている。
慰安婦問題での「平和の少女像」問題での展覧会中止問題、右翼の街宣スピーカー、2021年4月、菅総理の「政府の統一的な見解が存在する場合、それに基づいて記述されること、これが基準のひとつになっている」との菅総理の答弁が映し出され、文科省が臨時説明会を開催し、否応なく「忖度」へと追い込まれ、教科書の「強制連行」は「連行」「動員」、従軍慰安婦は「慰安婦」へ「自主訂正」のかたちで教科書の文言が変更された。
次に対照的な2人の学者、伊藤隆牟田和恵が登場する。伊藤は「安倍政権はいろいろやったが、最終的に憲法改正をしなくちゃ、どうにもならない。とても残念だ」と述べた。一方、牟田は自民党の水田水脈議員に国会で「慰安婦の研究はねつ造だ」と決めつけられ、「政権与党が気に入る方向でしか研究できないと、研究費が支給されないということになると、日本の社会科学、人文科学はいったいどうなってしまうのか」と憤る。
2020年秋、日本学術会議の新会員になるはずだった6人の学者を菅内閣は任命しなかった。その一人、行政法学者の岡田正則・早大教授は「従属させて、日本の学術を政治に役立つように、あるいは軍事に役立つように、こっちへもっていこうということなのかと思います」と解説した。菅は任命しない理由として「自らの専門分野の枠に囚われない、俯瞰的な視点を持って社会的課題を・・」と抽象的な説明しかしなかった。
エンドは2021年衆議院選・安倍候補の出陣式での「皆さん、おかしいじゃありませんかー。この(自衛隊)違憲論争に終止符を打つ、それは私たち政治家の責任であります」とのスピーチ、そしてランドセルと教科書の映像である。

この20年、「政治」が教育、教科書、学術の世界をどんどんねじまげてきたアベ的手法の「現場」が、ドキュメンタリーの動画とインタビューではっきり目で見ることができた。
わたしは2003年の石原知事・都教委の「日の丸・君が代」強制の10.23通達や、2006年の教育基本法「改正」のころから教育分野での反対運動に加わり、2015年の「戦争法」強行採決反対の国会前抗議行動にも連日参加したので、だいたいのことは知っていた。登場人物の何人かは、講演などでお声を直接お聞きしたことがある。吉田裕さん、吉田典裕さん、岡田正則さんらだ。
しかしいくつかのことは初めて知った。2000年代初めに日本書籍の教科書採択が激減したこと、学び舎教科書採択校にこれほど多くの抗議はがきが送り付けられたこと、2016年の外務省審議官の国連発言、また制作が大阪のMBSなので大阪維新の動きや大阪大学・牟田教授への誹謗中傷、などである。
なお、東京では、安倍以前に、「人をみれば差別する」石原慎太郎都知事の時代が1999年から4期14年も続いたことが大きい。
いちばん心を揺さぶられたのは平井美津子さん(大阪府中学社会科教員)の言葉だ。平井さんは使用していた教科書の「戦争中に植民地の女性たちが戦場に連れていかれて、そこで働かされた」という記述に関連し、慰安婦問題を教えたことが2018年に共同通信の「憲法マイストーリー」という記事になり、それを読んだ吉村洋文大阪市長がツィッターで非難し、大きく広がった。府議会でも「偏向教育」の批判が上がり、校長から「もう二度と慰安婦の授業をしないでください」と言われた。平井さんは「教育課程の編成権は学校にあって、校長先生にあって、私たち専門職である教師にある。それを外からの圧力で投げ出すことになりますよ」と反発した。平井さんは2019年教委から文書戒告を受けたが「授業自体に問題はない」とされた。また授業で「従軍慰安婦」という言葉は使っていなかった。
「自分の政治的思惑で平井先生は授業をしてたんやな。私らを洗脳しようとしてたんやなって。そう思われたら私自身が今までやってきたことはなんの意味もなさなくなるし、私の授業を受けてきた子どもたちが深く深く傷つくと思ったんです。そこの点では、私は本当に良かったなと思いますね」
平井さんのスピーチも2度集会でお聞きした。2008年「沖縄戦教科書の改ざん」事件のころで、2005年秋修学旅行で沖縄に行き、ひめゆり学徒隊の元隊員の話を聞いた卒業生たちの勝訴に際しての言葉「先生おめでとう。やっとここまで時代が動いた。教科書に真実が書かれる日がまたきた」を紹介された。その後、こんな苦労をされたていことは知らなかった。

映画の冒頭に近いところで、1945年にアメリカで製作された「汝の敵・日本を知れ」というプロパガンダ映画の一部が流された。ナレーションは英文で、字幕がスクリーンの下部に出たが、わたしの席からは読めなかった。パンフに「日本の学校は心を育てるところではない。政府が選んだ事実や認められた思想のみが教えられる(略)教師は政府によって要請され、天皇に忠実なものだけが教壇に立つことを許される」。安倍が望んでいた理想の教育が、1945年までのそれも敵国のプロパガンダに使われる内容そのものだったとは、と驚いた。さらに恐ろしいのは、その「理想」が2023年現在、着々と実現しつつあることだ。

☆この映画は2022年5月封切だったが、1ヵ月ほどたったころデモクラシータイムスで鈴木耕氏が斉加監督にインタビューしていた。そのなかで「パンフを入場者の半分くらい購入していただいている。シナリオ採録があるからだ」と語っていた。わたくしも購入し、だから上記のような詳しいあらすじを書くことができた。パンフは、シナリオ採録、監督のことばとインタビュー、関連年表、用語解説以外に、鈴木大裕さん、志田陽子さん、斎藤美奈子さん、白井聡さん、澤田隆三さんらの寄稿があり、充実している
パンフの最終頁には憲法23条「学問の自由」が大きく掲載されている。

●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。


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