2月27日(土)夜、文京区民センターで「『韓国併合』100年――3・1朝鮮独立運動91周年 今こそ100年に及ぶ不正常な関係に終止符を!2・27集会」が開催された(主催「韓国併合」100年 真の和解・平和・友好を求める2010年運動 参加200人)。館外では在日特権を許さない市民の会と主権回復を目指す会のメンバーが横断幕と日の丸多数を掲げ差別的なシュプレヒコールを上げ騒然とした。緊迫した雰囲気のなかで語られた伊藤晃さんの講演は、在特会のような排外主義的な活動は現行憲法や戦後民主主義の「コインの裏側」であること、9条は政治的現実のなかで本当に実現可能なのか、などチャレンジングな論点をいくつも含んでいた。そこで伊藤さんの講演を中心に紹介する。
講演「韓国併合」100年――日本と朝鮮半島の過去・現在を問い直す
伊藤 晃さん(元千葉工業大学教授 社会運動史)
●天皇訪韓をめぐって
今年天皇訪韓が実現するかもしれない。鳩山政権は東アジア共同体のスローガンを掲げ登場したが、アジアのヘゲモニー国家をねらうためには日韓のあいだのわだかまりを解消する必要がある。日韓の関係打開は政権にとって本質的な問題だ。
解決するのは、それほど複雑ではない。歴史の事実と国家責任をあったとおりの大きさで認めること、朝鮮半島分断に日本は大いに責任があるので解決を真剣に考えること、この2つを行えばよいからだ。しかし民主党は2つともやりたくないので天皇の利用が大きく浮かび上がる。
小沢・民主党幹事長の天皇の政治的利用に批判が集まっている。しかし従来支配層は天皇を大いに利用し、皇室外交など国事行為を大きく踏み外すことをやらせてきた。ただし「内閣の助言と責任のもとで」といったいくつかの原則があった。これは天皇の行動を内閣が規制するにすぎないが、しかしかなりマジメに守ってきた。天皇は支配集団がみんなで共同して使うものだった。それで清らかさや非政治性、中立的国民的立場のイメージを民衆に与えることになった。これに対し小沢はあからさまに政治性を暴露しただけのことで、第三者からみれば内輪ゲンカに過ぎない。
●「中道・リベラル派」による天皇訪韓提唱について
いま中道・リベラルと目される人からも訪韓の声が上がっている。和田春樹氏や大沼保昭氏の動きのことだ。両国のあいだの不信感を取り除き和解するため天皇が訪韓し、国民の謝罪と犠牲者への追悼のことばを述べるという趣旨のようだ。しかし天皇は、国家の責任、なかんずく天皇の戦争責任については触れないだろう。支配集団は、国家無答責を保ったまま国家間のトゲを抜くことを望んでいる。和田氏らは形をつくることを推進するだけになるだろう。
また国民の心を天皇に伝えてもらおうという意図もあるようだ。なぜ天皇に伝えてもらうのか。和田氏らは「日本の民衆は国家責任を謝罪するつもりなどない」ことを知っているからだ。彼らは、民衆の心を変えないままで状況を打開できないかと考えた。それが天皇の中立的立場からの「おことば」である。和田氏らは、わたしたちの運動を後退させることになる。
●戦後日本民衆の自己意識はどこにあるのか
和田氏らは、民衆は戦前のような意識はもっておらず、むしろ戦前の意識に対し批判的であると考えているようだ。たしかにそのとおりだ。しかしそこに問題が潜んでいる。戦後多数の民衆が立つ位置は現行憲法の平和と民主主義といってよい。現行憲法のもと日本人は悪いことをしないということが含まれていないか。そこにはウラがある。悪いものは外から来る、外国人がもってくる。北朝鮮が持ってくる、韓国・中国がことごとく日本に難癖をつける。こういう意識が平和・民主主義と共存している。日本の民衆の民主主義意識をみるとき、一般的に二面をみる必要がある。コインの表とウラのようなもので切り離すことはできない。
たとえば戦後、国民は主権者となった。戦前は国家や天皇から国民を説明したが、戦後は国民から国家が説明されるようになった。国民国家が完成したといってよい。国民としての一体意識や誇りが、戦後ナショナリズムの根底にある。ところが憲法のもうひとつの側面として、人権の多くは国民という資格に対し与えられる。国籍が人権の境界となっている。国民意識のウラに外国人への差別意識がある。別の面からみると、人権の形態と範囲は、現実には国家が決めている。日常不思議に思われていない。だから、国家がいくら外国人の権利を侵害しても、一般的には無感覚という事態が生じる。自分の人権に無感覚な者が他人の人権に鋭い感覚をもてるわけがない。
また戦後民主主義は「個」、「私」のプラス価値を承認する。私的利益の追求は戦前の滅私奉公を否定した。しかし私的利益の追求は、企業の繁栄を通じて国家の繁栄に結び付く。民衆の豊かさを求める巨大なエネルギーは外に向けて発散し、その結果国民的威信と誇りにつながった。ここに現れる「先進国的国権主義」は戦後の重要な思想的要素であり、戦後の「個」の思想のウラとして存在する。
●憲法9条のもとでの日本
戦後たしかに平和意識が育った。この平和意識は戦前の単独での侵略主義を否定する。そして国際協調により先進国としての地位復活を図り、冷戦下で日本は戦争に巻き込まれずにすんだ。一方、解放された東アジアの国には血みどろの時代があった。そうした東アジアの現実に当時の日本人は無感覚、無知だった。あんなところに巻き込まれるのはいやだという感覚だったのではないか。その間日本の軍事プレゼンスは、日米軍事同盟により東アジアの平和を脅かす大きな存在となった。
これを外からみれば、9条の世界への発信といいながら日本の軍事プレゼンスをまともに考えない日本の民衆は「二枚舌」にみえるだろう。この歴史的不信を解くには、9条のウラを処置して表を現実にすることが必要だ。非武装が本当に実現可能なのか、どのようにすれば政治的現実を変えられるか、わたしたちはこれまで真剣に考えてこなかったのではないだろうか。いま言われているリアリズムを逆転させることである。考えるきっかけはある。沖縄と日米軍事同盟を問題にすることだ。
●戦後民主主義と戦後ナショナリズム
戦後の民衆意識の主流は、はっきりした自己肯定の意識だった。ウラにあるものは自覚されなかった。アジアの人が問題にするのはウラだろう。ここにズレがある。ウラにあるのはナショナリズムの思想である。たとえば伝統的国家主義、大東亜戦争史観、天皇主義、排外主義、日本賛美論などが民衆の意識に入り込んでいる。
これは戦前の意識というわけではない。たとえば中曽根康弘氏の国家主義は、「日本人がつくってきた文化的精神的一体性を根底にもつから、日本国家は国民の国家でありうる。われわれのこの国家を世界に主張しよう」というものだ。この思想は、国民から国家を考えるという意味で戦後思想なのである。中曽根に至るまでの戦後民主主義の振れ幅のなかで、自民党や国民新党は民主党を揺さぶることができる。いくつもの戦後補償裁判は、表(たとえば村山談話)とウラ(たとえば国家責任や補償なし)の意識せざる妥協をやめてはどうかという問いかけではなかったか。この問題はわたしたち自身の責任でもある。ウラを処置しなかった結果が在特会の基盤になっている。そして北の人民共和国との間に外交交渉さえ拒否することを国民が許す基盤となっているのではないか。
休憩のあと、この集会恒例のノレの会の合唱、「イムのための行進曲」と「平和って何だ」の2曲が披露された。「平和ってなんだ」は、曲のあいまに「いまだに清算されない植民地支配」「はびこる排外主義」「朝鮮半島に平和を!
アジアに平和を!」といったセリフが入るメッセージ性の強い歌だった。
そのあと昨年12月4日在特会が京都朝鮮第一初級学校へ押しかけた事件の映像報告と、ペ・アンさん(NPO役員)の「在特会の暴力を許す一人ひとりの心や政府こそ本当の敵だ」という趣旨のスピーチが行われた。映像そのものは12月19日の緊急報告集会で見たのと同じだったが、音声を変え画面を暗くし個人を特定しにくくしてあった。
中原道子さん(VAWW-NETジャパン共同代表)は、1990年以降の日本軍「慰安婦」問題の歴史、海外や国内の最近の動きを紹介した。海外では09年夏以降、巨済、全州など韓国の地方都市の議会で、日本では12の市議会で「慰安婦」決議が上がっており、とくに09年12月の田川市の意見書の文面がすばらしいと述べた。また「マスメディアや学会の主流は和解だ。しかし明確な公的謝罪と補償以外に和解の道はない。和解を言い出せるのは被害者であるハルモニたちだけだ。わたしは、他人が和解をもち出すことはしてはいけないことだと思う」と語った。
●
ハン・チュンモクさん(韓国進歩連帯共同代表)から「東北アジアの真の和解と平和のための2010年日韓(韓日)民衆共同宣言」が発表された。韓国では3月1日の記者会見で発表しソウルでデモを行う。その後賛同署名を集め、朝鮮戦争が休戦した7月に集約する。
共同宣言全文は「 1. 「韓国併合」100年に際し、日韓(韓日)民衆は共同して訴える」「2. 朝鮮半島の平和と統一は東アジア平和の土台」「3. 東アジアの非核・平和構築により、共同繁栄の未来をつくろう!」の3つのパートから構成されている。
はじめのパート「韓国併合」100年では、下記の要求を掲げている。
1)日本政府は、日帝植民地支配の苦痛に対し、朝鮮民族の全体に心からの謝罪を行い被害者に相応の賠償をすべきである。
2)私たちは、日本政府に対し強制併合100年に際し、過去の植民地支配とその被害に対する謝罪と反省の国会決議及び政府談話を要求する。
3)天皇制は、過去の侵略や植民地支配に対する実質的な最高の責任を負っており、いまだその責任について明確に謝罪し反省していない。私たちは、侵略・植民地支配に対する責任を取らない天皇(日本国王)の韓国訪問を断固として反対する。
2番目のパートでは、アメリカ、韓国、日本政府への要求だけでなく、北朝鮮政府に対しても「朝鮮半島の完全な非核化を実現すべき」と要求している。
長文の共同宣言全文をこのサイトで読むことができる。
●
最後に、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、許すな!憲法改悪・市民連絡会、2010安保連絡会、「韓国強制併合100年」共同行動日本実行委員会、在日韓国民主統一連合の5つの団体の3分間アピールが行われた。
「韓国強制併合100年」共同行動は、今年1月31日早稲田奉仕園で日韓の市民が共同して結成した団体だ。行動の柱は、「慰安婦」をはじめとする被害者への戦後補償の実現、日朝国交正常化、8月22日の市民共同宣言大会の開催の3つである。
在日韓国民主統一連合の今年の課題は、1960年李承晩(イ・スンマン)を打倒した4月革命50周年の記念行事の全国展開、6.15共同宣言から10周年なので6.15と10.4宣言の履行を李明博(イ・ミョンバク)に迫ること、韓国青年同盟結成50周年祝賀行事を12月5日に行うことの3つである。
☆昨年の集会には、村田春樹が「潜入」し退去されられた。そこで今年、在特会と主権回復を目指す会は、総力をあげて結集した様子だった。2階のベランダにまでハンプティ・ダンプティのような格好で座り込み日の丸の小旗を打ち振る青年が現われ、階段下から桜井誠会長が上がってくる声が聞こえた。文京区民センターの上階に住む住民が卵をぶつけたとかで、彼らはいっそうエキサイトした。
講演「韓国併合」100年――日本と朝鮮半島の過去・現在を問い直す
伊藤 晃さん(元千葉工業大学教授 社会運動史)
●天皇訪韓をめぐって
今年天皇訪韓が実現するかもしれない。鳩山政権は東アジア共同体のスローガンを掲げ登場したが、アジアのヘゲモニー国家をねらうためには日韓のあいだのわだかまりを解消する必要がある。日韓の関係打開は政権にとって本質的な問題だ。
解決するのは、それほど複雑ではない。歴史の事実と国家責任をあったとおりの大きさで認めること、朝鮮半島分断に日本は大いに責任があるので解決を真剣に考えること、この2つを行えばよいからだ。しかし民主党は2つともやりたくないので天皇の利用が大きく浮かび上がる。
小沢・民主党幹事長の天皇の政治的利用に批判が集まっている。しかし従来支配層は天皇を大いに利用し、皇室外交など国事行為を大きく踏み外すことをやらせてきた。ただし「内閣の助言と責任のもとで」といったいくつかの原則があった。これは天皇の行動を内閣が規制するにすぎないが、しかしかなりマジメに守ってきた。天皇は支配集団がみんなで共同して使うものだった。それで清らかさや非政治性、中立的国民的立場のイメージを民衆に与えることになった。これに対し小沢はあからさまに政治性を暴露しただけのことで、第三者からみれば内輪ゲンカに過ぎない。
●「中道・リベラル派」による天皇訪韓提唱について
いま中道・リベラルと目される人からも訪韓の声が上がっている。和田春樹氏や大沼保昭氏の動きのことだ。両国のあいだの不信感を取り除き和解するため天皇が訪韓し、国民の謝罪と犠牲者への追悼のことばを述べるという趣旨のようだ。しかし天皇は、国家の責任、なかんずく天皇の戦争責任については触れないだろう。支配集団は、国家無答責を保ったまま国家間のトゲを抜くことを望んでいる。和田氏らは形をつくることを推進するだけになるだろう。
また国民の心を天皇に伝えてもらおうという意図もあるようだ。なぜ天皇に伝えてもらうのか。和田氏らは「日本の民衆は国家責任を謝罪するつもりなどない」ことを知っているからだ。彼らは、民衆の心を変えないままで状況を打開できないかと考えた。それが天皇の中立的立場からの「おことば」である。和田氏らは、わたしたちの運動を後退させることになる。
●戦後日本民衆の自己意識はどこにあるのか
和田氏らは、民衆は戦前のような意識はもっておらず、むしろ戦前の意識に対し批判的であると考えているようだ。たしかにそのとおりだ。しかしそこに問題が潜んでいる。戦後多数の民衆が立つ位置は現行憲法の平和と民主主義といってよい。現行憲法のもと日本人は悪いことをしないということが含まれていないか。そこにはウラがある。悪いものは外から来る、外国人がもってくる。北朝鮮が持ってくる、韓国・中国がことごとく日本に難癖をつける。こういう意識が平和・民主主義と共存している。日本の民衆の民主主義意識をみるとき、一般的に二面をみる必要がある。コインの表とウラのようなもので切り離すことはできない。
たとえば戦後、国民は主権者となった。戦前は国家や天皇から国民を説明したが、戦後は国民から国家が説明されるようになった。国民国家が完成したといってよい。国民としての一体意識や誇りが、戦後ナショナリズムの根底にある。ところが憲法のもうひとつの側面として、人権の多くは国民という資格に対し与えられる。国籍が人権の境界となっている。国民意識のウラに外国人への差別意識がある。別の面からみると、人権の形態と範囲は、現実には国家が決めている。日常不思議に思われていない。だから、国家がいくら外国人の権利を侵害しても、一般的には無感覚という事態が生じる。自分の人権に無感覚な者が他人の人権に鋭い感覚をもてるわけがない。
また戦後民主主義は「個」、「私」のプラス価値を承認する。私的利益の追求は戦前の滅私奉公を否定した。しかし私的利益の追求は、企業の繁栄を通じて国家の繁栄に結び付く。民衆の豊かさを求める巨大なエネルギーは外に向けて発散し、その結果国民的威信と誇りにつながった。ここに現れる「先進国的国権主義」は戦後の重要な思想的要素であり、戦後の「個」の思想のウラとして存在する。
●憲法9条のもとでの日本
戦後たしかに平和意識が育った。この平和意識は戦前の単独での侵略主義を否定する。そして国際協調により先進国としての地位復活を図り、冷戦下で日本は戦争に巻き込まれずにすんだ。一方、解放された東アジアの国には血みどろの時代があった。そうした東アジアの現実に当時の日本人は無感覚、無知だった。あんなところに巻き込まれるのはいやだという感覚だったのではないか。その間日本の軍事プレゼンスは、日米軍事同盟により東アジアの平和を脅かす大きな存在となった。
これを外からみれば、9条の世界への発信といいながら日本の軍事プレゼンスをまともに考えない日本の民衆は「二枚舌」にみえるだろう。この歴史的不信を解くには、9条のウラを処置して表を現実にすることが必要だ。非武装が本当に実現可能なのか、どのようにすれば政治的現実を変えられるか、わたしたちはこれまで真剣に考えてこなかったのではないだろうか。いま言われているリアリズムを逆転させることである。考えるきっかけはある。沖縄と日米軍事同盟を問題にすることだ。
●戦後民主主義と戦後ナショナリズム
戦後の民衆意識の主流は、はっきりした自己肯定の意識だった。ウラにあるものは自覚されなかった。アジアの人が問題にするのはウラだろう。ここにズレがある。ウラにあるのはナショナリズムの思想である。たとえば伝統的国家主義、大東亜戦争史観、天皇主義、排外主義、日本賛美論などが民衆の意識に入り込んでいる。
これは戦前の意識というわけではない。たとえば中曽根康弘氏の国家主義は、「日本人がつくってきた文化的精神的一体性を根底にもつから、日本国家は国民の国家でありうる。われわれのこの国家を世界に主張しよう」というものだ。この思想は、国民から国家を考えるという意味で戦後思想なのである。中曽根に至るまでの戦後民主主義の振れ幅のなかで、自民党や国民新党は民主党を揺さぶることができる。いくつもの戦後補償裁判は、表(たとえば村山談話)とウラ(たとえば国家責任や補償なし)の意識せざる妥協をやめてはどうかという問いかけではなかったか。この問題はわたしたち自身の責任でもある。ウラを処置しなかった結果が在特会の基盤になっている。そして北の人民共和国との間に外交交渉さえ拒否することを国民が許す基盤となっているのではないか。
休憩のあと、この集会恒例のノレの会の合唱、「イムのための行進曲」と「平和って何だ」の2曲が披露された。「平和ってなんだ」は、曲のあいまに「いまだに清算されない植民地支配」「はびこる排外主義」「朝鮮半島に平和を!
アジアに平和を!」といったセリフが入るメッセージ性の強い歌だった。
そのあと昨年12月4日在特会が京都朝鮮第一初級学校へ押しかけた事件の映像報告と、ペ・アンさん(NPO役員)の「在特会の暴力を許す一人ひとりの心や政府こそ本当の敵だ」という趣旨のスピーチが行われた。映像そのものは12月19日の緊急報告集会で見たのと同じだったが、音声を変え画面を暗くし個人を特定しにくくしてあった。
中原道子さん(VAWW-NETジャパン共同代表)は、1990年以降の日本軍「慰安婦」問題の歴史、海外や国内の最近の動きを紹介した。海外では09年夏以降、巨済、全州など韓国の地方都市の議会で、日本では12の市議会で「慰安婦」決議が上がっており、とくに09年12月の田川市の意見書の文面がすばらしいと述べた。また「マスメディアや学会の主流は和解だ。しかし明確な公的謝罪と補償以外に和解の道はない。和解を言い出せるのは被害者であるハルモニたちだけだ。わたしは、他人が和解をもち出すことはしてはいけないことだと思う」と語った。
●
ハン・チュンモクさん(韓国進歩連帯共同代表)から「東北アジアの真の和解と平和のための2010年日韓(韓日)民衆共同宣言」が発表された。韓国では3月1日の記者会見で発表しソウルでデモを行う。その後賛同署名を集め、朝鮮戦争が休戦した7月に集約する。
共同宣言全文は「 1. 「韓国併合」100年に際し、日韓(韓日)民衆は共同して訴える」「2. 朝鮮半島の平和と統一は東アジア平和の土台」「3. 東アジアの非核・平和構築により、共同繁栄の未来をつくろう!」の3つのパートから構成されている。
はじめのパート「韓国併合」100年では、下記の要求を掲げている。
1)日本政府は、日帝植民地支配の苦痛に対し、朝鮮民族の全体に心からの謝罪を行い被害者に相応の賠償をすべきである。
2)私たちは、日本政府に対し強制併合100年に際し、過去の植民地支配とその被害に対する謝罪と反省の国会決議及び政府談話を要求する。
3)天皇制は、過去の侵略や植民地支配に対する実質的な最高の責任を負っており、いまだその責任について明確に謝罪し反省していない。私たちは、侵略・植民地支配に対する責任を取らない天皇(日本国王)の韓国訪問を断固として反対する。
2番目のパートでは、アメリカ、韓国、日本政府への要求だけでなく、北朝鮮政府に対しても「朝鮮半島の完全な非核化を実現すべき」と要求している。
長文の共同宣言全文をこのサイトで読むことができる。
●
最後に、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロック、許すな!憲法改悪・市民連絡会、2010安保連絡会、「韓国強制併合100年」共同行動日本実行委員会、在日韓国民主統一連合の5つの団体の3分間アピールが行われた。
「韓国強制併合100年」共同行動は、今年1月31日早稲田奉仕園で日韓の市民が共同して結成した団体だ。行動の柱は、「慰安婦」をはじめとする被害者への戦後補償の実現、日朝国交正常化、8月22日の市民共同宣言大会の開催の3つである。
在日韓国民主統一連合の今年の課題は、1960年李承晩(イ・スンマン)を打倒した4月革命50周年の記念行事の全国展開、6.15共同宣言から10周年なので6.15と10.4宣言の履行を李明博(イ・ミョンバク)に迫ること、韓国青年同盟結成50周年祝賀行事を12月5日に行うことの3つである。
☆昨年の集会には、村田春樹が「潜入」し退去されられた。そこで今年、在特会と主権回復を目指す会は、総力をあげて結集した様子だった。2階のベランダにまでハンプティ・ダンプティのような格好で座り込み日の丸の小旗を打ち振る青年が現われ、階段下から桜井誠会長が上がってくる声が聞こえた。文京区民センターの上階に住む住民が卵をぶつけたとかで、彼らはいっそうエキサイトした。