8月2日(日)午後、世田谷の代田区民センターで「What's Bad? 日本の公職選挙法!」という学習会が開催された(主催:「東京。をプロデュース?」連続学習会実行委員会)。講師の五百蔵(いおろい)洋一弁護士は、山花貞夫・元社会党委員長の弁護士事務所出身で、現在民主党や連合の顧問弁護士を務める公職選挙法の専門家である。
公職選挙法には、グレーで不透明な部分が幅広く存在する。検挙されると候補者の連座失職につながりかねない。いったい何に気をつければよいのか、以前と何が違うのか、わかりやすくポイントが解説された。
1 公職選挙法の問題点
公職選挙法は、1925年普通選挙実施に伴い抜本改正(改正衆議院議員選挙法)されてできた法律で、さまざまな選挙運動の制限が設けられた。貧乏人は「カネに転び悪いことをする」という発想によりがんじがらめにする法律である。このとき普選法とセットで成立したのが悪名高い治安維持法である。
その後1945年に女性参政権が認められ、何回も改正が重ねられたものの制限法という基礎は変わっていない。時代の変化に合わせて改正を続けた結果、増築に増築を重ねた温泉旅館のように、かえってわかりにくい法律になっている。
94年の大改正で、候補者本人は何の違反をしていなくても、幹部運動員(組織的選挙運動管理者)がカネにからむ選挙違反をすると当選無効になり、たとえ落選しても5年間、同一選挙で同一選挙区での立候補が禁止されることになった。連座制である。
これ以降、従来なら検挙れた文書違反や戸別訪問での逮捕はなく罰金刑だけになった。それに代わり運動買収の検挙が厳しくなった。一方伝統的な左翼の衰退とともに公選法の反体制弾圧の色彩は薄れ、かわって政治権力対警察権力という体制内権力闘争の色彩が濃くなった。
そこで、おカネにさわらずボランティアに徹するコンプライアンス(法令遵守)の考え方がきわめて重要になってきた。コンプライアンスとは、内容(ホンネ)と形式(建前)を一致させることである。企業の「偽装表示」が問題になり、かなりコンプライアンスの考え方がかなり社会に浸透してきたが、選挙の世界でもコンプライアンス重視が求められる。
古い村社会では法律(建前)と行動(ホンネ)が違っても厳しく追及されることはなかったが、今は時代が変わったと認識すべきである。かつては「違反がこわくて選挙ができるか」と広言する人物が選対にいたり、警官の前で渡し切り費用を配ったこともあったが、5年前の昔話が通用しない社会に変わったと認識すべきである。徹底的に「建前」に合わせることが決定的に重要になった。手続きに神経を使い、建前どおりに動くことが重視される。
また選挙の常識と社会の常識は大いに異なる。手みやげを持参したり、労働組合で中央大会出席のため動員費を渡すのは普通だが、選挙の世界で同じことをすると違反になる。社会の常識は選挙の非常識なのである。
またグレーゾーンの境界線がはっきりしない。カネがからむと連座になりかねない。霧の中で崖っぷちを歩かぬよう注意すべきである。
2 過去の選挙違反・連座で教訓を探す
ここ5-6年の選挙違反事件を題材にして、教訓を探ってみる。
●アルバイト(運動買収)
2003年11月の衆議院選挙で、今野東(宮城1区)、鎌田さゆり(宮城2区)、都築譲(愛知15区)の3人が、投票依頼の電話掛けをアルバイトに行わせたため、連座失職した。
05年9月の衆議院選挙(郵政解散選挙)で松本和巳(千葉7区 マツモトキヨシ創業者の孫)は、出納責任者がアルバイトを雇い選挙運動させた件で連座失職した。
07年7月の参議院選挙では、小林温(ゆたか)議員(神奈川選挙区)が学生アルバイトに選挙運動をさせたとして公設秘書が起訴された。アルバイトの仕事の大半が労務だったと争ったが、明確な区別がなく混然としていたとされ、有罪になった。投票後3ヵ月以内なら、補欠選挙でなく繰上げ当選になるため自民党内で圧力がかかり辞任し、次点の松あきら(公明)が議員になった。
アルバイトを選挙運動に動員すると、運動買収で選挙違反となる。アルバイトは座敷牢に閉じ込めるくらいの気持ちで、選挙運動から隔離することが必要である。
●渡し切り経費
2004年7月の参議院選挙で落選した信田邦雄候補(北海道・比例区)は、選挙運動で農政対策費3-5万円を渡したことで、運動員27人が逮捕され信田候補の連座が認定された。それまではなんの問題もなかった。この裏には、ちょうど北海道警の接待費ウラ金疑惑の直後という事情があった。この選挙違反摘発により北海道警は警察庁長官賞を受賞した。
名目を農政対策費に変えても「票のとりまとめ資金」と認定されるので、渡し切り経費はきわめて危険である。
●供応
2005年9月の衆議院選挙で、公示翌日の8月31日に、堺市議会の北野礼一議長が支持者を慰労する懇親会を開いた。この懇親会は解散の前から企画されていたが岡下信子候補が開会の前にあいさつをしたため、供応に当たると北野議長が逮捕された。08年10月の高裁判決で、岡下候補が宴会の前に退席したこと、解散以前に企画した懇親会であることなどから灰色無罪になった。
2007年4月の統一地方選挙で、川添睦身県議(自民・宮崎県連会長)は前年12月21日に後援会会合を開催し、長男博を後継者として紹介し、参加者に1200円程度の弁当を出し、2000円の交通費を渡した。選挙後に、この会合は博の選挙支援の会合と認定され、事前運動買収・供応で逮捕有罪となった。さらに博も当選無効、宮崎市選挙区から5年間立候補禁止となった。親子共倒れである。
選挙運動や告示(および公示)前の活動に参加した人にごちそうしたり接待すると「供応」とみなされる。飲み会は中止すべきであり、もしやるなら割り勘にすべきである。
3 政治運動と事前運動
選挙運動は告示(公示)から投票日前日までしかできない。しかしそれではだれも当選できないので、それ以前の期間にさまざまな活動を行っている。政治活動ならOKだからである。ただし事前運動と政治活動の区別はあいまいである。
この区別を「すいか泥棒」のたとえで説明する。すいかが丸まる太ったときに夜中にすいか畑に行けばすいか泥棒と思われる。しかし、種をまき芽が出たころに行っても間違われることはない。選挙が近くなれば同じことをしても泥棒(事前運動)に間違えられることがある。
事前買収連座のリスクを避けるには極力ボランティアによる活動に徹するべきである。なお事前運動でも運動買収は成立する。
4 運動買収
警察は運動買収の摘発に熱心である。なぜ熱心かというと「将を射んとすれば馬を射よ」ということわざのとおり、幹部運動員をつかまえれば連座制により候補者を失職させることができるからである。また実際につかまえなくても抑止効果が大きい。警察庁は選挙違反の徹底摘発を自らの権威と権力の有力な基盤と考えている。
そのため携帯電話の電波発信による居場所の特定、パソコンのデータ修復、防犯カメラ、自動車のNシステムなどハイテク機器を駆使し、全力投球で科学捜査を行う。
5 選挙期間中の金銭支出の合法・違法
合法的に報酬を支払えるのは、ウグイスと手話通訳のみである。ただし日当15000円以内と定められている。実際にはもっと高額の専門家が多いが、選挙ではこれ以上支払えない。ウグイスに2万円支払い、有罪になった実例がある。街宣車の運転手やポスター張り等の労務に対し、日当1万円以内でアルバイトを雇える。しかしポスター貼りの人が通行人にあいさつされたとき、「ありがとうございます。○○をよろしく」などと答えればたちまち運動買収となる。また登録した事務員に日当を支払うこと(日当1万円以内)は合法だが、その人が投票依頼の電話をしたり選挙ビラを配布すると選挙違反になる。選挙運動と隔離し「座敷牢」に閉じ込めておくことが肝要だ。
なおボランティアに対する、交通費・弁当代などの実費支払いは合法である。ただし、選対でなく、動員した労働組合や企業が立替払いすることは要注意である。
☆講演のあと、質疑応答が行われた。選挙事務所で出された赤飯やスイカの扱い、統一候補を擁立した場合のあるべき選対本部の陣容、浅野勝手連の体験と選対本部や確認団体のありかた、勝手連が候補者を呼ぶ集会とカンパの扱い、公選法改善の動き、海外の選挙法など多くの論点が交わされた。
公職選挙法には、グレーで不透明な部分が幅広く存在する。検挙されると候補者の連座失職につながりかねない。いったい何に気をつければよいのか、以前と何が違うのか、わかりやすくポイントが解説された。
1 公職選挙法の問題点
公職選挙法は、1925年普通選挙実施に伴い抜本改正(改正衆議院議員選挙法)されてできた法律で、さまざまな選挙運動の制限が設けられた。貧乏人は「カネに転び悪いことをする」という発想によりがんじがらめにする法律である。このとき普選法とセットで成立したのが悪名高い治安維持法である。
その後1945年に女性参政権が認められ、何回も改正が重ねられたものの制限法という基礎は変わっていない。時代の変化に合わせて改正を続けた結果、増築に増築を重ねた温泉旅館のように、かえってわかりにくい法律になっている。
94年の大改正で、候補者本人は何の違反をしていなくても、幹部運動員(組織的選挙運動管理者)がカネにからむ選挙違反をすると当選無効になり、たとえ落選しても5年間、同一選挙で同一選挙区での立候補が禁止されることになった。連座制である。
これ以降、従来なら検挙れた文書違反や戸別訪問での逮捕はなく罰金刑だけになった。それに代わり運動買収の検挙が厳しくなった。一方伝統的な左翼の衰退とともに公選法の反体制弾圧の色彩は薄れ、かわって政治権力対警察権力という体制内権力闘争の色彩が濃くなった。
そこで、おカネにさわらずボランティアに徹するコンプライアンス(法令遵守)の考え方がきわめて重要になってきた。コンプライアンスとは、内容(ホンネ)と形式(建前)を一致させることである。企業の「偽装表示」が問題になり、かなりコンプライアンスの考え方がかなり社会に浸透してきたが、選挙の世界でもコンプライアンス重視が求められる。
古い村社会では法律(建前)と行動(ホンネ)が違っても厳しく追及されることはなかったが、今は時代が変わったと認識すべきである。かつては「違反がこわくて選挙ができるか」と広言する人物が選対にいたり、警官の前で渡し切り費用を配ったこともあったが、5年前の昔話が通用しない社会に変わったと認識すべきである。徹底的に「建前」に合わせることが決定的に重要になった。手続きに神経を使い、建前どおりに動くことが重視される。
また選挙の常識と社会の常識は大いに異なる。手みやげを持参したり、労働組合で中央大会出席のため動員費を渡すのは普通だが、選挙の世界で同じことをすると違反になる。社会の常識は選挙の非常識なのである。
またグレーゾーンの境界線がはっきりしない。カネがからむと連座になりかねない。霧の中で崖っぷちを歩かぬよう注意すべきである。
2 過去の選挙違反・連座で教訓を探す
ここ5-6年の選挙違反事件を題材にして、教訓を探ってみる。
●アルバイト(運動買収)
2003年11月の衆議院選挙で、今野東(宮城1区)、鎌田さゆり(宮城2区)、都築譲(愛知15区)の3人が、投票依頼の電話掛けをアルバイトに行わせたため、連座失職した。
05年9月の衆議院選挙(郵政解散選挙)で松本和巳(千葉7区 マツモトキヨシ創業者の孫)は、出納責任者がアルバイトを雇い選挙運動させた件で連座失職した。
07年7月の参議院選挙では、小林温(ゆたか)議員(神奈川選挙区)が学生アルバイトに選挙運動をさせたとして公設秘書が起訴された。アルバイトの仕事の大半が労務だったと争ったが、明確な区別がなく混然としていたとされ、有罪になった。投票後3ヵ月以内なら、補欠選挙でなく繰上げ当選になるため自民党内で圧力がかかり辞任し、次点の松あきら(公明)が議員になった。
アルバイトを選挙運動に動員すると、運動買収で選挙違反となる。アルバイトは座敷牢に閉じ込めるくらいの気持ちで、選挙運動から隔離することが必要である。
●渡し切り経費
2004年7月の参議院選挙で落選した信田邦雄候補(北海道・比例区)は、選挙運動で農政対策費3-5万円を渡したことで、運動員27人が逮捕され信田候補の連座が認定された。それまではなんの問題もなかった。この裏には、ちょうど北海道警の接待費ウラ金疑惑の直後という事情があった。この選挙違反摘発により北海道警は警察庁長官賞を受賞した。
名目を農政対策費に変えても「票のとりまとめ資金」と認定されるので、渡し切り経費はきわめて危険である。
●供応
2005年9月の衆議院選挙で、公示翌日の8月31日に、堺市議会の北野礼一議長が支持者を慰労する懇親会を開いた。この懇親会は解散の前から企画されていたが岡下信子候補が開会の前にあいさつをしたため、供応に当たると北野議長が逮捕された。08年10月の高裁判決で、岡下候補が宴会の前に退席したこと、解散以前に企画した懇親会であることなどから灰色無罪になった。
2007年4月の統一地方選挙で、川添睦身県議(自民・宮崎県連会長)は前年12月21日に後援会会合を開催し、長男博を後継者として紹介し、参加者に1200円程度の弁当を出し、2000円の交通費を渡した。選挙後に、この会合は博の選挙支援の会合と認定され、事前運動買収・供応で逮捕有罪となった。さらに博も当選無効、宮崎市選挙区から5年間立候補禁止となった。親子共倒れである。
選挙運動や告示(および公示)前の活動に参加した人にごちそうしたり接待すると「供応」とみなされる。飲み会は中止すべきであり、もしやるなら割り勘にすべきである。
3 政治運動と事前運動
選挙運動は告示(公示)から投票日前日までしかできない。しかしそれではだれも当選できないので、それ以前の期間にさまざまな活動を行っている。政治活動ならOKだからである。ただし事前運動と政治活動の区別はあいまいである。
この区別を「すいか泥棒」のたとえで説明する。すいかが丸まる太ったときに夜中にすいか畑に行けばすいか泥棒と思われる。しかし、種をまき芽が出たころに行っても間違われることはない。選挙が近くなれば同じことをしても泥棒(事前運動)に間違えられることがある。
事前買収連座のリスクを避けるには極力ボランティアによる活動に徹するべきである。なお事前運動でも運動買収は成立する。
4 運動買収
警察は運動買収の摘発に熱心である。なぜ熱心かというと「将を射んとすれば馬を射よ」ということわざのとおり、幹部運動員をつかまえれば連座制により候補者を失職させることができるからである。また実際につかまえなくても抑止効果が大きい。警察庁は選挙違反の徹底摘発を自らの権威と権力の有力な基盤と考えている。
そのため携帯電話の電波発信による居場所の特定、パソコンのデータ修復、防犯カメラ、自動車のNシステムなどハイテク機器を駆使し、全力投球で科学捜査を行う。
5 選挙期間中の金銭支出の合法・違法
合法的に報酬を支払えるのは、ウグイスと手話通訳のみである。ただし日当15000円以内と定められている。実際にはもっと高額の専門家が多いが、選挙ではこれ以上支払えない。ウグイスに2万円支払い、有罪になった実例がある。街宣車の運転手やポスター張り等の労務に対し、日当1万円以内でアルバイトを雇える。しかしポスター貼りの人が通行人にあいさつされたとき、「ありがとうございます。○○をよろしく」などと答えればたちまち運動買収となる。また登録した事務員に日当を支払うこと(日当1万円以内)は合法だが、その人が投票依頼の電話をしたり選挙ビラを配布すると選挙違反になる。選挙運動と隔離し「座敷牢」に閉じ込めておくことが肝要だ。
なおボランティアに対する、交通費・弁当代などの実費支払いは合法である。ただし、選対でなく、動員した労働組合や企業が立替払いすることは要注意である。
☆講演のあと、質疑応答が行われた。選挙事務所で出された赤飯やスイカの扱い、統一候補を擁立した場合のあるべき選対本部の陣容、浅野勝手連の体験と選対本部や確認団体のありかた、勝手連が候補者を呼ぶ集会とカンパの扱い、公選法改善の動き、海外の選挙法など多くの論点が交わされた。