ウィルキー氏は真っ青になった。
「そ、そんなの嘘だ」と彼は口ごもりながら言った。
「明日、私の結婚契約書を見せるわ」
「何故今夜じゃないんです?」
「今は部屋に人が一杯いるから」
「僕の父は何て名前なんです?」
「アーサー・ゴードンよ。アメリカ人なの」
「それじゃ僕は、ウィルキー・ゴードンという名前なんですね」
「そうよ」
すっかり動転した息子の顔をこっそり見てしまったマダム・ダルジュレは身を切られる思いだった。考え込んでしまった息子の口からどのような決意が洩れるのであろうか? しかし彼は何も言わなかった。ウィルキー氏は手の届かないところに逃げてしまったものを思って悔しがっていたのだ。自分が名乗る筈であったド・シャルースの名前、そして自分の馬車に描かせようと思っていた伯爵の冠を。
「それで……僕の父という人は金持ちなんですか?」とやがて彼は尋ねた。
「いいえ」
「何をしている人なんです?」
「贅沢が大好きで働くことが大嫌いな人間のすることは何でも」
この答えは実に簡潔であり、かつ手厳しい非難を表していたので、ウィルキー氏は茫然とした。
「くそっ!」と彼は叫んだ。「で、どこに住んでるんです?」
「夏はバードかホンブルク、冬はパリかモナコよ」
そう聞いてウィルキー氏の脳裏にはすぐさま、緑のフエルト張りのカードテーブルに陣取っている怪しげな紳士たちの姿が浮かんだ。表面上は人当たりの良さそうな仮面を被っているが、その下には底知れぬ非道さ、冷笑、無頼、悪辣さ、そして堕落した人間性を隠している男たちの姿である……。
「あ~あ、ああ、ああ、なるほどね」と彼は答えた。
このような父親ならばどんなことをしそうか、彼は理解した。最初は茫然としたが、次には怒りが湧いてきた。カっと身体が熱くなるような怒りではなく、憤懣に満ちた苦い怒りである。抱いていた希望を嘲弄されたように思い、野望が潰えるのを感じた。贅沢、馬、黄色い髪の女たち、煌めき、スキャンダル……すべておじゃんになった。自分はわずかな小遣いをあてがわれ、いいようにあしらわれ、言いなりになる。あの『遊び人』の父のために。
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