「ああ、僕にはあなたの腹が読めましたよ、お母上」と彼は歯ぎしりしながら叫んだ。「もしあなたが自分の権利をおとなしく行使していたなら、すべては何の支障もなく進んだでしょうに。そして僕は、僕の父がそれを知る前に相続財産を安全なところに移しておくことが出来たでしょうに……。ところがあなたは、そうはしなかった。僕が裁判に訴えざるを得ないようにして、僕の父の知るところとなるようにしたんだ。僕を憎んでいるからだ。そして父がすべてをかっさらって行く……。でも、そうはさせませんよ。あなたは今すぐ紙に書くんだ。あなたの兄の相続財産を受け取る、という」
「そんなことしない!」
「ああそうですか! そんなことしない、ですか……断るんですね!」
威嚇しながら彼はマダム・ダルジュレに近づいて行った。そして彼女の腕を掴むと骨が砕けんばかりに締めつけた。
「書くんだ!」と彼は耳を劈くような声で怒鳴った。「用心しろよ!……俺を怒らせるとどうなるか分かっているか!」
マダム・ダルジュレは大理石よりも冷たく、暴力に屈しない殉教者の諦念を表していた。
「お前は私からは何も奪えない」 と彼女は言い切った。「何も、何も、何も!……」
怒りに我を忘れたウィルキー氏は腕を振り上げた……。
しかしそのときドアが乱暴に押し開けられ、一人の男が表れて彼に飛びかかった。その力強い手がウィルキー氏の肩を襲い、殴ろうとしていた彼を投げ飛ばした。
トリゴー男爵であった。彼もまた他の客たちと同様、マダム・ダルジュレが一枚の名刺を受け取った途端、恐ろしい形相に打ちひしがれるのを見ていた。しかし彼は他の者たちが知り得ない彼女の突然の動転の理由が推測できた。
「誰かが裏切ったんだ。ああ可哀想に、あの様子を見ればわかる」 と彼は考えていた。「息子が訪ねてきたんだ」
しかし、他の常連客たちが彼女のそばに走り寄っても、彼だけはゲーム・テーブルから離れなかった。彼はド・コラルト氏の真向かいに位置する場所に座っていたので、この美男の子爵が身体を震わせ、蒼ざめるのを見たように思った。彼の心に生じた疑念を彼は確かめたいと思った。そこで彼は常よりも更にゲームに熱中しているような態度を取り、他のプレーヤーたちが気を逸らしていることを厳しい口調でたしなめた。
「さぁゲームに戻って! 皆さん方!」と彼は大声で言った。「さぁさぁ、大事な時間を無駄にしてしまいますぞ……あなた方がそこで油を売っている間に百ルイが動きますぞ」
しかし内心では、彼は非常に心配していた。マダム・ダルジュレがなかなか戻ってこない間彼の不安は一分ごとに増大していった。一時間経っても彼女は戻ってこなかったので、ついに彼はこれ以上我慢できなくなった……。3.21
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