エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-IV-8

2020-10-29 08:30:09 | 地獄の生活

「おそらくご存じないのですね、奥様」彼は言った。「私は今夜三千フラン以上も儲けたのですよ」

「存じておりますとも。ですから猶のこと、おそらくやって来るツキの揺れ戻しに備えて儲けをお守りなさいな。この館ではシャルルマーニュを決め込む(勝ち逃げする、の意)のは許されておりますのよ。先だっての夜もダンタス伯爵が軽やかにそっと帽子も被らず抜け出られました。千ルイを獲得なさって、ご自身の帽子を身代わりに残されてお帰りになりました。伯爵は気の利いた方ですもの、誰もあの方を非難するどころか、翌日には皆さん笑っておられました……。さあ、貴方は断固とした方ですわね、見れば分かります。いらして下さい。安全を確保するために、召使用の階段をお使いくださいな。誰の目にもとまりませんから……」

実際のところ、パスカルは迷っていた。が、召使用の階段を使うことで人目を避けるというのは、彼のプライドを傷つけた。

「それは同意できかねます!」と彼はきっぱり撥ねつけた。「人は私のことを何と思うでしょう? リターンマッチをするのが当然です。私はそうしますよ」

マダム・ダルジュレもパスカルもド・コラルト氏が足音を立てないように近づいているのに気付かなかった。彼はカーテンの後ろに隠れて聞いていた。この瞬間、彼は突然姿を現した。

「驚いたなぁ!親愛なる弁護士殿」彼はこの上なく屈託ない調子で言った。「君の細やかな気配りは素晴らしいと思うよ!……でもマダムの仰ることの方がずっと正しい。さっさと金を持ち逃げするんだ。もし僕が君の立場だったら、千エキュ損する代わりにあんな風に勝ち続けて儲けたら、僕だったら愚図愚図しないね。他の連中には何とでも言わせておけばいい。君は現に金を持ってる。それが一番大事なことさ……」

再び、子爵の言葉はパスカルに決定的な影響を与えた。

「僕は残る!」彼は断固たる調子で繰り返した。

しかしマダム・ダルジュレは懸命に説得しようとした。

「どうかお願いですわ、貴方」と彼女は言った。「どうか立ち去ってください。まだ間に合います……」

「そうだよ!」と子爵も加勢した。「挨拶なんかより現金が大事だ」

この最後の言葉が、いわば最後の一滴となってコップから水が溢れたのだった。パスカルは顔を紅潮させ、興奮し、心をかき乱され、自分でも分からぬ奇妙な感情に捕らえられ、こわばった足取りでマダム・ダルジュレから離れ、食堂へ向かった。

彼が入っていくと、会話がぴたりと止まった。皆の話題になっていたのは自分のことだと、分からないでいるのは不可能だった。本能的に彼は、ここに居るすべての男たちが、理由は定かでないながら、彼の敵に回っていること、何かを企んでいること、が分かった。また、自分の一挙手一投足が監視され、注目されていることにも気がついた。しかし彼は勇敢な男だった。良心に恥じることは何もしていない。それに、彼は座して危険を待つよりは、挑発して危険を招き寄せるタイプの男だった。従って、彼は挑戦的な態度でピンクのチュールのドレスを着た若い女の隣に座り、大変礼儀正しく、あらゆる種類の冗談を言い始めた。彼はウィットに富み、しかも非常にセンス良く会話を盛り上げる習慣を持っていたので、十五分ほど周囲を彼の才気煥発さで魅了していた。シャンパンが出されていたので、彼は立て続けに四、五杯を飲み干した。10.29


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