計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

7月20日に考える「市場規模300億円の壁」

2016年07月22日 | オピニオン・コメント
 先日の7月20日は、(一社)日本気象予報士会の設立満20周年に当たります。そのようなこともあり、気象情報サービス事業について少しお話してみたいと思います。

 一口に「気象情報」と言えば、やはり「防災・減災」が最重要なのは言うまでもないでしょう。また、「気象予報士」と言えば、やはりメディア等に登場して解説を行うスタイルをイメージされる方が多いと思います。しかし、実際には、「防災・減災」以外の多くの産業分野においても「天候リスク」は存在しますし、表舞台に登場しない(けれど、気象情報の第一線で活躍している)気象予報士も多くいます。

 現在、私が興味・関心を寄せているのは、この「多くの産業分野が抱えている天候リスクへの対応」です。誤解を恐れずに言うならば、私の置かれている「ビジネス・パーソン」という立場は、基本的には「全体の奉仕者」でなく、「一部の(クライアントを始めとするステークホルダーに対する)奉仕者」になります。どんな仕事もそうですが、まずは「お客様あっての商売」ですからね。

 もちろん「防災・減災」に無関心というわけでは決して無く、これも含めたより広い意味・広い範囲において、「クライアント」が抱える「天候リスクに関する諸問題」の解決・改善等を通して、相手(を始めとするステークホルダー)の利益のために貢献するものです。


 ここで、気象庁刊行の「気象業務はいま2012」の資料を参考にして、気象情報サービス事業の年間総売上高と事業者数の推移をグラフにしてみました。この間、1993年の気象業務法改正に伴い、第1回の気象予報士試験は1994年に実施され、また、2007の気象業務法の改正により、許可事業として行いうる予報に、それまでの「気象・波浪」に加えて「地震動」が新たに加わりました。

 これらの変化に伴って、事業者数は増加しておりますが、市場規模(年間総売上高)は300億円規模で停滞しています。私はこれを「市場規模300億円の壁」と呼んでいます。この「市場規模300億円の壁」が意味するものは「従来のやり方(ビジネスモデル)の限界」ではなかろうか、と思います。

 さて、リスクマネジメントにおける「リスク対応」には大きく分けて4種類の対応があります。それらは「リスクの回避」「リスクの低減」「リスクの共有(移転・分散)」そして「リスクの保有」です。産業分野で取り入れられつつあり「ウェザー・マーチャンダイジング」や「ウェザー・デリバティブ」と言う視点で考えてみると、「リスクの回避」および「リスクの低減」は「ウェザー・マーチャンダイジング」、そして「リスクの共有」は「ウェザー・デリバティブ」が該当するでしょう。

 「リスクの共有」はさらに「リスク移転」と「リスク分散」に細分化されます。「リスク移転」はコールオプションやプットオプションと言った形で、契約相手(保険会社など)に、文字通り「リスクを移転する」ものです。リスクを肩代わりしてもらうわけです。一方、「リスク分散」は、例えば(電力会社とガス会社間のように)スワップ取引の形を取ることで、リスクを互いにシェアし合うものです。これにより、個々の抱えるリスクは低減されます。

 また、(気象情報を用いた)意思決定からその効果が具体化するまでの「リード・タイム」も重要です。リードタイムが短期間(数日程度)であれば「ウェザー・マーチャンダイジング」の姿勢で対応できますが、リードタイムが長期間(数か月程度)になると「ウェザー・デリバティブ」を考えた方が現実的かもしれません。

 短期予報はある程度「決定論的な予報」が実用化されていますが、長期的な予報はどうしても「確率論的な予報」になってしまいます。ちなみに、金融工学は確率論に基づくリスク・リターンの議論をしているので、長期の確率論的な予報と親和性があるでしょう。

 しかしながら、現実問題としては、リスクの保有(リスクに対する対策は特に行わない)が最もポピュラーな選択肢となっているのが実情でしょう。その背景にあるのは、天候リスクに対する対応策とその効果を判り難い、そして気象情報の使い方が判り難い、という事情でないかと推察します。この辺のコスト・パフォーマンス等を判りやすい形で示すことができれば、「市場規模300億円の壁」をぶち破ることができるのではないかと期待しています。とは言え「言うは易く、行うは難し」の課題です。


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