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インチ宣言

2012-05-21 | 海軍

「ネイヴイーに惚れちゃってどう仕様もない」
の項で、海軍の裏話につきものの「S」つまり芸者さんについて少しお話ししました。

以前「笹井中尉 芸者」という検索で来られた方、ご覧になりましたか?
笹井中尉ら若い士官がどういうSプレーをしておられたか、その片鱗が伝わりましたでしょうか。

今日はさらに核心に迫って、エスさんとインチになってしまった場合のお話を。

あらためて言うまでもありませんが、インチとは英語のintimateの隠語。
お馴染み、中でも「特にお馴染み」となるとインチ認定です。


江田島の海軍兵学校は一切女人禁制。
純粋培養で教育され、万が一「止むにやまれぬ衝動にかられ」てしまったら即刻放校、
という厳しい規則がありましたが、さらに江田島を卒業したばかりの少尉候補生も、
そのジャケットの短さが示すように「まだまだひよっこ」な保護観察期間であるわけです。
彼ら海軍士官が、レス「解禁」になるのはめでたく少尉任官のあかつき。
解禁になったらそこはさばけた海軍さんですから、さっそくレスデビュー。
いきなり彼らはレス(料理屋)に来るのは勿論、ストップ(宿泊)も許されるのです。
ストップとはただ料理屋に泊るだけではなく、あくまでも双方自由意思の上に立ってですが、
エスさんとのお泊りのことでもあります。


ここから士官さんとなれば大手を振ってこれらの遊びOK、となるわけですから、
皆さぞこのときは解放感を味わったのではないでしょうか。

しかし、上の方もかつて来た道。
いきなりめくるめく自由の世界に放り出されて解放感をエンジョイし過ぎた若者が、
決して道を誤ることが無いように、その遊び方も上意下達の御指導御鞭撻が入ります。

あるガンルームで新少尉にお達示された「遊び方のルール」です。

一つ、上陸して料理屋に行くときはケプガン先頭、自分が先頭に立って行く。

二つ、楽しむときは皆一緒に楽しむ。飲みに行くときは一緒に行く。
一人でこそこそ飲みに行くことはしない。

三つ、飲む場所は一流の料理屋、例えば横須賀ではパイン、佐世保ではヤマ(万松楼)
のような所を選び、一流の芸者を呼んで公然と遊べ。
そして、パッと遊んで、さっと引き揚げよ。



艦の夕食は、四時四五分。やたら早いですね。
これは、夕食後上陸があるからです。
兵隊は、夕ご飯を食べてから半舷上陸とか入湯上陸に出かけたりします。
ご飯がやたら早いと、士官としては困ったこともあります。
夜の時間を持て余してしまうのです。
そこで勉強でもすれば立派ですが、凡人の哀しさでついついオカの灯が恋しくなってくる。
そこで

「よし、運動一旒!」と一声。

運動一旒とは、艦隊運動に用いる信号旗のこと。意味は
「我が通跡を進め、旗艦の通った跡をついてこられたし」

この号令で、約十人が背広に着替え、待ってましたとぞろぞろ旗艦の跡をついてくる、
というわけです。

短剣詰襟に萌えるネービー・エスさんはたいそう多かったのですが、
実は、こういうとき、海軍将校はあまり軍服で行きませんでした。
公務と遊びの切り替えをし、心ゆくまで楽しみたいときですね。
しかし、レス用の背広をまず誂えることで、当初少ない少尉のお給料は吹っ飛んでしまった、
といいます。

しかし、勿論パインあたりになるとホームグラウンドですから、軍服でもOK。
夏は二種軍服のズボンはそのままで、上着だけ麻のグレーの背広に着替える、というように
お洒落をしたようです。

全くの私事ですが、去年
「オペラ鑑賞のあと、渋谷ハチ公前で待ち合わせして東●見×録で会合」
というスケジュールは、ファッションTPO的にはかなり上級の応用問題でした。

どちらにも浮かない恰好、というのはこういうとき、海軍さんの様に上着を着替えるに限ります。
二種ズボンならぬジーンズに、ジャケットからカーディガンに着替えて飲み会に駆けつけました。
着る服というのも気分の切り替えには大きな意味を持ちますから。


さて、背広に着替えてレスに到着しました。
芸者さん、つまりSを「玉代」を払って、呼んでみましょう。

芸者を指すSとは、singer、 sister、どちらの意味もあったと言います。
芸者さんを妹のように(まあ、それは若い妓でしょうが)扱っていた、ということでもあります。
芸者たちも士官を「兄さん」と親しみをこめて呼んだそうです。

勿論、酒の席につかの間の交わりを持つ男女ですから、親しくなり、好き合うこともあります。
これをインチと言い、士官の方ではその妓の了解を得てから、なんと
「インチ宣言」
をするのだそうです。
つまり、公認の仲を宣言するのです。

これは、主に士官同士のトラブルを未然に防ぐ意味が大でした。
公認にすることで、たとえば彼女はあいつのインチだ、と皆でそれなりに気を遣うわけです。
しかーし。
芸者の方は、それが商売ですから、インチを一人の士官に限る必要はありません。
何人ものインチを持っている売れっ子芸者などは、連合艦隊が入港したりすると、
インチ士官同士がバッティングしてしまいます。

これをコリジョン(衝突)と海軍では称しました。

しかし、そのあたりは粋を旨とする海軍のこと、お互い何となくそれを察し、女中さんが
「今日は誰だれが来ているから・・・」
と言うと
「ああそうか、じゃあ今日は豆太(仮名)抜きで一杯だけ飲んで帰る」
などと、実にあっさりしていました。

Sを取り合ってトラブル、なんて野暮は、
スマートをモットーとする海軍士官にとって最も恥ずべきことであり、
のみならず若い士官は「インチは(本気の恋愛ではなく)あくまでも料理屋での遊びである」
と厳しく教育されていたのです。


エスプレイ(芸者遊び)に熱心なのは、しかし、遊び解禁になった少尉と、せいぜい中尉まで。
中尉の二、三年目で皆大抵結婚しましたから、
一般的には、大尉になってまで「レス交じり」はあまりなかったようです。

そして、大佐、将官くらいになると、またレスに来るようになる。
しかし、この頃はどういうわけか年頃のSよりも、「ハーフ」といわれる半玉、
つまり15、6の、まるで孫のような妓を侍らせだします。

もう、こうなると色恋沙汰というより
「若い子はええのおー」
という、何と言うか、回春剤のような役目ですね。
そういうハーフちゃんを膝の上に乗せたりして愛でるのです。

本日画像のパイン芸者衆の一人、栄香さんも、半玉時代は皆の膝で可愛がられました。
つぶし島田に結っていると「なんだ貴様、髪もつぶして、顔もつぶして」とからかわれたそうです。
きっと可愛くて放っておけないタイプだったのでしょうね。
野村吉三郎大将のお座敷で居眠りしてしまい、
大将に眠ったのを自宅に連れて帰ってもらったこともあるそうです。

また酒豪で聞こえた米内長官はパインで芸者と飲み比べをして、
酔いつぶれたその妓に膝枕をしてやったとか。
(聯合艦隊司令長官山本五十六では、米内長官を女好きであるかのように描写しています)
みんな、余裕で遊んでるなあ・・・。

ところで、実際にそうやってエスプレイをした士官はどんなふうに往時を回顧しているのでしょうか。

「今の世の中の男女関係とは違ってましたね。雰囲気が。
ほのぼのとしたものがありましたね」


「何か豊かさがありましたですよね。殺伐としてなくて、
本当に、何とも言えない暖かさがあって」


そこで彼女の酌に心行くまで飲み、論じ、語り合い、歌うというのは、
彼ら士官にとって至福のひとときでもあったのでしょう。


士官のレスでの「お支払」についても、またそのうちお話ししましょう。