サマンタ・シュウェブリン『七つのからっぽな家』
電車の中で、前に座る女性に違和感を覚えた。
すぐに気づいた。
マスクをしていない。
見慣れないものを目にしたとき、心にしっくりこないものが残る。
マスクの生活がどれほど長かったのか思い知る。
7つの短編が収められた小説集。
そのうちのひとつ『ぼくの両親とぼくの子どもたち』。
全裸で庭を走り回る両親。
元妻に、彼らは病気なんだと言い訳をする男。
ホースで妻の裸体に水をかける夫。楽しげな様子の老人たち。
この情景に、彼らの息子だとしたら、どんな説明をしたらいいのだろう。
普通ではないとしか言えないに違いない。
ところが、彼らを目にした幼い子どもたちの反応は違った。
公共の場ではマスクをするのが普通なのか。
それともしなくていいのか。
個人の判断とは曖昧だ。
知らない人の口元を目にする新鮮さと、なぜこの場で外すのかという少しの疑問。
やがて、ほとんどの人がマスクをしないようになり、違和感はなくなる。
いまは、このあやふやな状況の浮遊感を覚えておこうと思う。
装丁は佐々木暁氏。(2023)
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