ザカリーヤー・ターミル『酸っぱいブドウ はりねずみ』
カバーを広げると、街が広がる。
実際には、左端のタクシーが見えるようになるだけだが、茶色の大地、青い空、その先の何もない空間が見えてくるような気がするのだ。
舞台となるのはシリアの街。
覚えにくい名前の住人たちが、59もの短編に次々と登場する。
短いものは1ページにも満たない。
そこに綴られる日常生活は、不意に暴力が現れ、死人が出る。
これはシリアの現実を反映しているのだろうか。
ところが死者は、生者と同じように意識がある。
死が怖いものとして語られない感覚は、よほど死が身近にないと生まれないのではないか。
カバーに描かれた街と様々な人々。
行き先も行動もまちまち。
立ち止まり人と話している人、じっと他人を見ている人、いままさに殴りかかろうとしているかに見える人もいる。
抜け目ない表情が、表面からではわからない何かに注意せよと告げている。
書かれていることだけがすべてではない。
物語は、文字通り受け止めるのではなくて、感じないと伝わってこない。
子供が語る『はりねずみ』の方が、無邪気なだけに、些細な違和感が際立って見える。
装画はしおたまこ氏、装丁は緒方修一氏。(2019)
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