おわびを出したNHK大阪放送局(公式サイトより)
本サイトが6日配信記事で問題にした、東京五輪公式記録映画の監督を務める河瀨直美監督に密着したドキュメンタリー番組『河瀬直美が見つめた東京五輪』について、昨日9日、NHKが謝罪をおこなった。
あらためて振り返ると、問題となった番組はBS-NHKが12月26日(30日に再放送)したもので、そのなかの公式記録映画のために河瀨監督から街の人びとへの取材を任された映画監督・島田角栄氏の取材シーンにおいて、「五輪反対デモに参加しているという男性」が匿名で登場。このシーンは島田監督が公式記録映画用に取材・撮影している現場をNHKが密着取材し撮影したかたちになっていたのだが、このシーンでは画面に「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」というテロップが映し出されたものの、問題の男性が肝心の動員された事実を語る映像は一切出てこなかった。
この放送に対し、ネット上では東京五輪の反対運動をおこなってきた団体やデモに参加した人たちが一斉に反発。本サイトでも、証拠なき印象操作であることを指摘し、NHKの責任を徹底追及していた。
すると、昨日9日になってNHK大阪放送局は公式サイトにおいて、〈字幕の一部に、不確かな内容がありました〉とし、以下のように公表した。
〈映画の製作中に、男性を取材した場面で「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」という字幕をつけました。NHKの取材に対し、男性はデモに参加する意向があると話していたものの、男性が五輪反対デモに参加していたかどうか、確認できていないことがわかりました。NHKの担当者の確認が不十分でした。〉
なんと、問題の男性は五輪反対デモに「参加する意向があると話していた」だけだったにもかかわらず、NHKは「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」と放送していた、というのである。
前述したようにNHKは「字幕の一部に不確かな内容」などと表現し、他メディアも「不適切な字幕」などと報じているが、これはそんなレベルではなく、どこからどうみても完全な「虚偽・捏造放送」であり、「第2の『ニュース女子』」とも言える重大事件だ。
実際、沖縄基地反対運動で日当が支払われているかのような放送をおこなった『ニュース女子』(TOKYO MX)は、番組で「往復の飛行機代相当、5万円を支援します」と書かれているチラシが東京で配られていたこと、さらに普天間基地の周辺で「2万円」と書かれた茶封筒が発見されたことを紹介し、「反対派は日当を貰ってる!?」というスーパーや「これが事実なら反対派デモの人たちは何らかの組織に雇われているのか」とナレーションを付けたことが問題となったが、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会はこの放送を〈重大な放送倫理違反があった〉と判断。〈基地建設反対派は誰かの出す日当をもらって運動しているという疑惑を裏付けるものとは言いがたい。たとえスーパーに疑問符をつけていても、そのような疑惑を裏付けなしに提起することが不適切であることに変わりはない〉と指摘し、番組放送前に内容のチェックをおこなう考査において、TOKYO MXが〈抗議活動を行う側に対する取材の欠如を問題としなかった〉〈「日当」という表現の裏付けを確認しなかった〉ことを問題として挙げていた。
対して、今回問題になっている河瀨監督のドキュメンタリー番組は、五輪反対デモに参加した事実すらないにもかかわらず、「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」などと放送したのだ。「不確か」「不適切」どころか、『ニュース女子』同様、重大な放送倫理違反が問われる内容であることは間違いないだろう。
政権批判には厳重すぎるチェックを行うNHK がなぜ事実確認せずに垂れ流しを?
しかも、『ニュース女子』はネトウヨ番組を手掛けるDHCテレビが制作・完成版をUHF局のTOKYO MXに納品する「持ち込み番組」だったのに対し、今回の番組は公共放送として信頼度の高いNHK大阪放送局が制作・放送したものだ。そこであきらかな虚偽の内容を伝えたことの責任は計り知れないほどに重い。
そもそも公共放送であるNHKでは民放とは比べものにならないほど厳しい考査を経て放送がおこなわれており、放送前には「試写を繰り返し、念には念を入れて事実確認や検証をおこなうことで知られている。つまり、普通ならば事前チェックの段階で、番組責任者や上司から証言映像もなくテロップで説明することの問題の指摘や男性の証言の裏付けをとったのかなどの確認がおこなわれているはずだし、それ以前に、『ニュース女子』問題でBPOが指摘していたように「抗議活動を行う側に対する取材の欠如」が指摘されていたはずだ。
さらに、NHKは2014年5月放送の『クローズアップ現代』に発覚したやらせ問題を受け、翌2015年、調査をおこなった上で再発防止策を公表。そこでは〈「匿名化した映像」のチェックの導入〉を掲げ、〈全国の放送現場で「匿名での取材・制作チェックシート」を活用する〉ことを明記。このチェックシートでは「必要性の検討」「内容の真実性」「取材先はどんな人か」などの項目があり、〈取材・制作の担当者と上司などが、これらの項目に沿って検討・判断する。シートは制作責任者が最終確認し、上司の部長などが局内の文書保存要領に従って保管する〉としていた。また、この再発防止策では〈試写などによるチェックの強化〉も掲げており、〈取材制作担当者とは別の担当者や上司、局内で高い専門性を持つ者が参加〉する「複眼的試写」や、留意点を書き出して共有する「取材・制作の確認シート」の導入、「事前考査によるチェック」の充実などを挙げていた。
ところが、今回の番組は、こうしたチェックを経ていたならば当然に撥ねられていたはずの内容を、平然と垂れ流してしまったのだ。
この背景には、NHKの政権迎合体質が関係しているとしか思えない。周知のように、NHKは、政権に不都合な報道には神経を尖らせ、2001年には日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷を取り上げた放送前のドキュメンタリー番組に内閣官房副長官だった安倍晋三から「勘ぐれ、お前」と政治的圧力をかけられ放送内容を改ざんさせたほか、2014年に菅義偉官房長官に鋭い質問を浴びせた『クロ現』の国谷裕子キャスターを降板させたり、森友の国有地不当売却問題でスクープを飛ばしたNHK大阪放送局の相澤冬樹記者(当時)の上司を恫喝したり、加計問題では「総理のご意向」文書を他社が報じる前に入手しながら肝心の部分を黒塗りにして報じるなど、忖度に忖度を重ねてきた。
しかし、今回の虚偽・捏造放送の内容は政府やメディアが一体となって推し進めてきた「コロナ禍での五輪強行」への抗議を貶めるものであり、政権からは歓迎されこそすれ、クレームをつけられることはない。そうした認識がチェックの甘さを生んだのではないか。
いずれにしても、いったいどんな過程を経て、問題の番組が放送にいたったのか、NHKは検証・説明をおこなう責任があるだろう。
ところが、NHKが今回とった姿勢は、まったく納得がいかないものだ。何しろ、冒頭で紹介した謝罪文でも、昨日夜にNHK BS1で放送した2分の謝罪番組においても、説明は一切なし。今後検証をおこなうことさえ明言しなかったのだ。
NHKの謝罪は視聴者と河瀬監督らに対してだけ、五輪反対デモの主催団体には謝罪なし
さらに、今回のNHKの対応がありえないのは、肝心の「謝罪」をおこなった対象だ。NHKの謝罪文には、こうある。
〈番組の取材・制作はすべてNHKの責任で行っており、公式記録映画とは内容が異なります。河瀨直美さんや映画監督の島田角栄さんに責任はありません。
字幕の一部に不確かな内容があったことについて、映画製作などの関係者のみなさま、そして視聴者のみなさまにおわびいたします。〉
言うまでもなく、あたかも金で動員されていたかのように放送されたことによって名誉を傷つけられたのは、五輪反対デモをおこなってきた市民団体や参加した人びとだ。しかし、NHKはそうした市民団体や参加者に対する取材を怠ったことや虚偽・捏造放送によって名誉を傷つけたことには何ら言及せず、むしろ「河瀬監督や島田監督には責任がない」と強調した挙げ句、映画製作関係者と視聴者にお詫びしたのである。
ちなみに今回の公式記録映画は、製作は国際オリンピック委員会、企画は大会組織委員会、制作は木下グループだ。ようするに、NHKは虚偽・捏造放送によって市民運動グループやデモ参加者に対して重大な名誉毀損を起こしながら、そちらには一言も詫びを入れず、視聴者も二の次で真っ先にIOCや組織委らに謝罪したというわけだ。
この信じがたい暴挙に、2013年から反対運動をおこなってきた東京の市民グループである「反五輪の会」は昨晩、Twitterで〈「金銭で動員」と印象付けられ貶められた私たちに対しては一言もなく、名誉は未だ毀損されたままです〉と指摘。準備していたという抗議文を公開したが、そこにはこう綴られている。
〈同番組内では私たちの抗議行動の映像を繰り返し無断使用した上で、当該インタビューのみをデモ参加者の声として紹介していることから、あたかも、私たちのデモが金銭による動員であったと印象付ける内容になっています。
実際、SNS等では、私たちや、五輪反対の意思を表明する人々などに対して「お金で動員された矜持もなにもない集団」「潔白を自ら証明しろ」「民意をゆがめようという工作が何者かによって行われている」という事実に基づかない誹謗中傷が数多く発せられました。〉
〈私たちのみならず、全国、全世界で多数の団体・個人が反対の声を挙げてきました。
私たちは、この番組内容が、私たちの活動や主張、五輪反対運動に自発的に参加した多くの団体・個人の名誉を毀損する、非常に悪質なものであると考えます。〉
あまりにも当然すぎる抗議だが、しかし、NHKにはまるで反省はなく、むしろいまだに名誉毀損行為をつづけている。朝日新聞の取材に対しNHKは、なんと、こんな説明をおこなっていたのだ。
〈テロップは担当ディレクターが独自に補足取材した内容に基づいて作成したが、実際には、男性が五輪反対デモに参加した事実は確認できていなかったという。
放送後、視聴者から複数の問い合わせが寄せられたため、NHKは今年1月に再び男性に取材。その過程で、男性が撮影当時、「過去に(五輪以外の)複数のデモに参加したことがあり、金銭を受け取ったことがある」「今後、五輪反対デモにも参加しようと考えている」といった趣旨の発言をしていたことが判明。字幕の内容とは異なっていたという。〉
この期に及んで、無責任にもほどがあるだろう。男性が撮影当時、「過去に(五輪以外の)複数のデモに参加したことがあり、金銭を受け取ったことがある」「今後、五輪反対デモにも参加しようと考えている」といった趣旨の発言をしていた、と公表するのであれば、NHKはその発言に裏付けはとれているのかにも言及・説明すべきだ。ところが、その説明がないせいで、今度はあたかも「五輪以外のデモで金が支払われていた」「男性がもし五輪反対デモに参加していれば金が払われていた可能性がある」かのように情報が流布する状況を生んでしまったのだ。
そもそも「謝罪文」でも〈男性はデモに参加する意向があると話していたものの、男性が五輪反対デモに参加していたかどうか、確認できていないことがわかりました〉などとし、いまだに五輪反対デモに参加したか否かさえはっきりさせていないこと自体が無責任極まりないのだが、その上、さらなるデマを拡散しかねない説明をおこなうとは……。
いまだ説明のない河瀨直美監督、一方、和田政宗はじめネトウヨはデマ拡散も…
だが、無責任なのはNHKだけではない。たしかに今回の虚偽・捏造放送の責任はNHKにあるものだが、問題の男性の取材は公式記録映画のためにおこなわれたものであり、当然ながら河瀨監督には「どうやってこの男性を見つけ出し、取材しようと考えたのか」「取材後に証言の裏付け確認はおこなったのか」「どうして五輪反対運動をおこなってきた市民団体に話をじっくり訊こうとしなかったのか」などなど、説明すべき問題は山程あり、同時に説明する責任がある。
しかし、既報でも伝えたように、河瀨監督は5日、〈めちゃくちゃ面白かった!自分達に都合が悪いとすぐBPOだの放送倫理違反だの言ってくる人たちの誹謗中傷に負けずこれからも頑張ってください〉というあるTwitterユーザーの投稿を引用リツイートし、〈はい(キラキラマーク)〉と返信。昨日NHKが謝罪し、実際にBPOが審議すべき放送倫理違反が問われる事態となっているというのに、本日10日の18時時点では、この問題に対して何の反応もおこなっていないのである。
このように、これほどの問題を引き起こしながら、無責任な姿勢を貫くNHKと河瀨監督。だが、今回の放送によって「東京五輪の反対デモは金で動員されていた!」などというデマがネット上で拡散され、自民党の和田政宗・参院議員という国会議員までもが〈事実なら民意をゆがめようとする工作が何者かによって行われていたということ〉などとデマを喧伝。その結果、市民団体や参加者が謂れのない誹謗中傷を受けているのだ。しかも、NHKが市民団体やデモ参加者に謝罪もせず、問題を有耶無耶にしているせいで、ネトウヨたちはさらなる攻撃を開始している。
実際、和田議員のツイートを拡散させていた安倍応援団のジャーナリスト・門田隆将氏は本日、〈左翼の猛烈な抗議でNHKが白旗らしい。それなら反対運動のデモにはお金が支払われています、との新テーマでやり直しなさい〉と投稿。同じく安倍応援団の有本香氏も、NHKが謝罪したことを受けて、〈謝罪がかえって墓穴掘ったね。要するに、いろいろなデモで参加者にお金が支給されていて、この男性のように小遣い稼ぎ感覚で「今度はあれ行こうかな」とする人がいたということ〉などとツイートをおこなっている。
すでに拡散されてしまったデマや、謝罪後に吹き上がっている新たなデマや印象操作、誹謗中傷を、いったいNHKと河瀨監督はどうやって責任をとるつもりなのか。謝罪になっていない謝罪文だけで問題を終わらせるわけには到底いかないだろう。(編集部)