千葉県木更津市は、まちづくりの計画策定でリクリッドを活用した。協議の進み具合が確認できるページでは、議論でよく使われた言葉が頻度に応じた大きさで画面に示される=同市のホームページより
デジタル技術を使って行政と住民が合意形成を図るソフトウエアの導入が広がりつつある。住民と行政職員がパソコンやスマートフォンで自由にアイデアを出し、人工知能(AI)による分析も踏まえて政策テーマを議論する。
2016年にスペインで開発されたソフトウエア「Decidim(デシディム)」は、兵庫県加古川市が国内で初めて導入。高校生や若い子育て世代を政策論議に巻き込んだ。民主主義をデジタル技術で高めようと、別のソフトを開発した大学生は、一人一人が「自分の声は届くんだ」と実感できる社会を目指す。
◆アイデア出しから市民が参加できる仕組み
民主主義のDXに挑むリキタス代表の栗本拓幸さん(手前)と西村和海さん=東京都港区で
デジタル技術で市民の声が届く社会を—。大学生の栗本拓幸さん(23)は3年前、2人の仲間とベンチャー企業「Liquitous(リキタス)」(横浜市)を立ち上げた。
リキタスは英語のリキッド(液体)とラテン語のユビキタス(普遍的に広がる)を合わせた造語。開発したソフトウエア「Liqlid(リクリッド)」が液体のように形を変えながら広がってほしいという願いが込められている。
リクリッドは情報技術(IT)を駆使して、オンライン上で行政と住民が意見交換し、合意形成を図ることができる。例えば「将来どんな町にしたいか」など設定されたテーマに対し、「アイデアを出す」「議論する」「案を作る」など、主に役所内で完結していた政策立案の各段階を市民に開放した。栗本さんは「パブリックコメントは政策や計画ができた後に募る。リクリッドはアイデア出しから市民が加わる点が大きく異なる」と強調する。
協議の進み具合はパソコンやスマートフォンで見られる。人工知能(AI)技術を使い、議論でよく使われた言葉が頻度に応じた大きさで画面に示される。参加者の関心や思いが一目瞭然だ。2021年11月の埼玉県横瀬町に始まり、東京都府中市など約20自治体が導入している。
◆名前連呼、数字ばかり追い… 現実の選挙戦で見た限界
栗本さんは横浜市内の中高一貫校で、生徒会活動に打ち込んだ。会議の議事録を公開し、生徒会以外の生徒との双方向性のコミュニケーションを心がけた。
民主主義の根幹となる選挙への関心が高まり、19年の統一地方選などで候補者の公約づくりなどを手伝った。ただ、現実の選挙戦は、思い描いていたものと違った。
候補者は選挙カーから名前を連呼。陣営では配ったビラの数や握手した人の数など、数字ばかりを追っていた。「市民の皆さんの声を行政に届けます」と言っているが本当に声を集められているのか。「議員がいろんな人の声を集めるのには限界がある。デジタルを活用すれば、行政に届く市民の声が増えるのでは」という思いが膨らんだ。
自治体は少子高齢化や財源不足などさまざまな課題を抱える。栗本さんは持続可能な社会を実現するには若い世代の声を政策に生かす必要があると考える。
これに成功したのが兵庫県加古川市だ。合意形成を図るソフトウエア「Decidim(デシディム)」を20年10月に導入。市内に住民票がなくても議論に参加可能で、参加者は「いいね!」ボタンでほかの参加者の意見に賛意を示すこともできる。こうした取り組みの結果、10〜30代の参加が目立つという。
デシディムを市の中期計画の策定や公共施設の愛称選定に活用した市の担当者は「これまで関心のなかった層を取り込めた意義は大きい」と話す。
「民主主義とは一人一人が物事を決めるプロセスに主体的に参加できること」と栗本さんは言う。「デジタルを活用し、自分が声を上げたら、ちゃんと世の中に届く。そんな感覚を一人一人が持てる社会をつくりたい」 (榊原智康、市川千晴)
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民主主義が機能していない、と言われるようになってから久しい。国会では自民党一強が続き、野党は対立軸を示せない。しかし、私たちの周りには、政治家の力を借りずに自分たちの手で民主主義を高めていこうという動きも広がっている。従来の方法に新しい工夫を加え、熟議の末に合意を目指す取り組み。民主主義を取り戻すヒントは、私たちの身近なところにあるのかもしれない。春の統一地方選も視野に、まちかどで見つけた民主主義再生の動きを全7回で伝えていく。