佐竹茉莉子さんの「ゆきずりの猫たち」展(24日まで)、ぎりぎり23日に行ってきました。
展示のほかに、スケッチブックに収められた出会った猫たちのストーリーが何冊もあり、惹きつけられました。
「路地猫ミーの物語」ほか個展のもようは、京さんが素敵にアップされていますので、私はもう一つの物語を。
「京都6月」とメモされたブックで出会ったのは、公園で体の不自由なおじいさんにかわいがられているノラの写真です。
「元気でまだ足早にこの公園を歩いている若い頃には、気にもとめなかったよ。病気になって、やっとノラの存在に気づいた。ノラの気持ちがわかるようになった」と。(正確ではありませんが、このような意味。実際の佐竹さんの文章は、もっとインパクトがあり説得力があります。ごめんなさい。)
人は(私は)、病まなくても、気づかなくてはいけないのに。なかなか、他人や弱い立場の人のことは、推測、想像出来ないものです。
それをとらえて、おじいさんとノラの写真と言葉に残してくれた佐竹さんの目と心に打たれます。
ーーそういえば、昔、猫好きの女の子がいました。なぜ猫好きになったかって?
母親が働いていたので、学校から帰るとまっ先に迎えてくれたのは、飼い猫のチコだったから、だそうです。
会社からの帰り道。肌寒い雨の降る夜、どこかで子猫の鳴き声がします。生まれて間もない捨て猫でした。けれど、どうする手だてもありません。誰かに拾われてくれることを祈って、乾いたハンカチを入れて立ち去るしかなかったのです。その夜、
姉は思うことをあきらめ、妹は忘れませんでした。
あの日、子猫たちのために、夜中に一人泣いていた妹のことを、姉はふと思い出したのでした。うん十年も昔の。
たくさんのノラたちに、いろんなことを改めて考えさせられました
つもりだったのに、ついEnterをポン
ありがとうございました。