先頃民主党の鳩山元首相が、「日本政府は日中間に領土論争はないと言っているが、歴史を見るなら論争はある」と指摘し、政府の公式見解とは異なるとして物議をかもしました。これを受けて小野寺防衛相は中国に政治的に使われたのなら、不幸なことだと主張し、「国賊という言葉が心の中によぎった」とも言ったようです。
「国賊」とか「非国民」とかいうことばを聞くと、あの言論封殺時代の戦時中のことを思い出して非常に不愉快になります。当時はそのように呼ばれることは、その人の全人格を否定するようなものでした。小野寺防衛相は53歳、戦後生まれの彼の頭の中にこのようなことばがよぎるとはどういうことでしょうか。この言葉だけで、彼が右翼思想の持ち主だということが分かります。彼に限らず、近頃はこのようなことばをよく見聞きするのは、日本の社会が危険な状態になっているのではないかと思います。「国賊」にしても「非国民」にしても相手を日本国民と認めない思い上がった考えです。私はかつてこのブログのコメントで「あなたのような朝日新聞を好むサヨク爺さんは日本から出て行ってください」と言われたことがあります。ことばづかいは丁寧ですが、内容は乱暴そのものです。おそらく若者なのでしょうが、広い層でこのような考えが広がっているのかと心配します。
このような風潮を煽るかのように、最近新聞広告で見た『週刊新潮』はひどいものです。「ノーベル平和賞が欲しくて国を売った元総理」とあり、続いて大きく「超法規『国賊罪』で『鳩山由紀夫』を逮捕しろ!」とあります。『週刊新潮』は右派ジャーナリズムの先端を行く週刊誌ですが、これはひどすぎます。見出しは大仰でも読んでみたら、突出した右翼言論人のコメントの寄せ集めの程度の低いものなのかも知れませんが、まるで軍部独裁時代の「特高」を彷彿とさせます。いかに言論の自由と言ってもこのような暴論がまかり通ることは、読者が多いらしい雑誌であるだけに怒りを覚えます。
二度と再び「国賊」や「非国民」という言葉が使われないような時代になることを願いますし、保守を自任し左翼を嫌う人でも、このようなことばがどれほど人格無視の暴言かは知っていてほしいと思います。何やかやとありますが、とにもかくにも日本は中国や北朝鮮とは違って、言論の自由が保障された民主国家なのです。