癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

人生最期の迎え方を考える

2018年03月06日 | 日常生活・つぶやき

 作家の橋田壽賀子さん(92歳)が、昨年『安楽死で死なせて下さい』という著書を出し、大きな反響を巻き起こした。

 主張は「しんどくなって、動けなくなって、楽しみもなく、人の役にも立たない、人に頼らないといけなくなった時に、第三者が本人の状態や意思を確認し、そのOKをもらえれば安楽死できる。そんな仕組みがあれば、楽しく遊べるのに」とのことだった。

 自分もまったく同感で、若いころから、ずっと同じことを思っていた。生まれてくるときは自分の意思はまったくない。せめて自分の人生の終わり方と終わる時期くらい、自分で選べれば良いのにと・・・。

 自分の体が思うように動かせ、他人の世話にならないうちは何歳まででも生きたい。しかし、認知症や介護の必要な状態になって、他人のお世話になってまで長生きしたくないというのが本音である。これは、誰しも同じ思いだろうが・・・。

 介護疲れで、相手を殺してしまうという悲惨な事件を見聞きするたびに胸が痛む。2ヶ月ほど前に長万部町出身の評論家西部邁氏が、多摩川で入水自殺したこともショックだった。氏は自分の人生は自殺で終わらせるという願望を持っていたという。

 良く、理想はピンピンコロリだという。しかし、これは突然死が多い。自分の母も心筋梗塞を患って以降、8年間かなり好きなことをやり続けながら、最後は肺塞栓症で1時間も苦しまないで84歳でコロリと逝ってしまった。父は45歳で胃癌で逝っているので、両親の介護という経験はなかった。だからというわけではないが、自分も介護を受けないで逝きたいと考えている。
 
 2回も大腸癌を患ったが運良くこうして生きているから、多分癌では死なないだろう。すぐ下の弟は61歳で心筋梗塞でわずか2日で逝ってしまった。これもピンピンコロリの部類だが、あまりにも早過ぎる。母や弟をみていると、自分にもその体質があるのかもしれない。あと数年思う存分遊んで、80歳過ぎたらそれでも良いかな?と思っているが、そう都合よくは行かないだろう。

 これまで、他人にたくさん迷惑をかけて生きて来たのだから、死ぬ時くらい迷惑をかけないで逝きたい。できれば、「自分の人生は本当に楽しかった。ありがとう」と感謝の言葉を述べて死にたいと思っている・・・。「坂口、あんなことブログに書いていたけど、長い間患って、奥さんや子供たちに散々苦労掛けて死んだよな」とだけは言われたくない!

 安楽死は、日本では犯罪である。しかし、橋田さんは言っている。「これからは自分で死を選べる時代にならないと、みんなに迷惑かけるし、自分もつらい。これからは70歳以上、80歳以上の人たちがたくさん出てきますからね。「患者を何が何でも生かす医療」だけじゃなくて、「患者にどういう死を迎えさせてあげたいか」、と真剣に考えるお医者様が増えないと、日本は惨めになる。かわいそうな人でいっぱいになると思います。」と。

本日の北海道新聞夕刊(みなみ風)掲載の「どうなん・とうほく山楽紀行」の
「袴腰岳」(32回目)は下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com/32-hakama.htm

4 コメント

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マンタンさんへ (sakag)
2018-03-08 16:28:47
やはり、みなさん、同じようなことを考える年齢なのですね。
こんなことを考えれるのは、ある意味元気な証拠なのかも知れませんね。
終活というか、いろいろなことをはっきりと妻や子供たちに伝えておかなければとも思います。
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同感・・・ (マンタン)
2018-03-08 16:14:50
同感ですね。
雪が解けたら、終活をボチボチ始めようかと思っています。
あと、お墓の維持も気になりますね、わたしなどは、海にでも散骨して欲しいと思いますが・・・
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harpbabaさんへ (sakag)
2018-03-07 16:31:14
終末医療現場にいらした方でもそう思われるのですね。
いろいろな方の逝き方を見られてきたからこその、説得力のある想いと受け止めさせていただきました。
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人生の終末考えますね~ (harpbaba)
2018-03-07 13:32:25
sakagさん、このテーマ同感です。私も何時も意識します。私の両親も入院や介護なしに逝きましたので、せめて終末に関わりを持ちたいという気持ちも残ってます。自分の時は・・・といろいろ考えます。お世話になった方々にせめて感謝を伝えたいとか、身辺整理もしたいな~とか、迷惑かけたくない・・・とか。動けなくなったときに施設もどうかとか・・・でも高齢者の尊厳をどれだけ見てくれれるのか・・・介護する職員の少ないこととか・・・自分の家でどう暮らせるのかなど、理想的に逝ければいいのですが・・・「生きたように最期を迎えるのですかね・・・?」元気なうちに話しあう時もあります。
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