囲炉裏(いろり)と、お餅の話

2013年01月16日 | お客さん宅で
(国府平野は春でもないのに水ぬるむ、ポカポカ陽気の日が暮れる)

なんや気色悪いほど晴れますな~、
東京は、大雪だとニュースで大騒ぎしとるのに、ふるさと但馬はポカポカ陽気、とんでもなく晴れてばかりの毎日ですね。
帰り道、国府平野を縦断します。
遠くのスピーカーから、夕刻5時を知らせる「夕焼け小焼けで日が暮れて~、山のお寺の鐘が鳴る~・・・・・・・・・」のメロディーが聞こえてきます。
国府平野の田んぼの水も、夕日に照らされキラリと光り、春でもないのに水ぬるむ感じがいたします。

一昨日です。
おとといも晴れた良い天気でした。Mさんちに、パソコンとテレビとエアコンを配達します。
「アトムさ~ん、手を休めて休憩して下さ~い。お餅が焼けたわよ、休んで休んで、休んで食べてちょうだい」と奥さんの声です。
息子はパソコンの設定の手を休め、私は、アンテナ分配工事の手を休めて休憩をいたします。
「なんちゅう天気が良いの、いつもなら、積もった雪でガラス戸の上まで塞がって、部屋の中が真っ暗なのに、今年は不思議なくらいに雪が少なく晴れますね」と云いながら、お餅を差し出されます。
そして、「最近は、とんとお餅も作らなくなったわね。昔は、臼(うす)でペッタンコと搗(つ)いたのに」とお話されて、奥さんこんなことをおっしゃいますね。

「私ね、子供の頃のこと、友達の家に行ったの。そのお家はね、部屋の真ん中に囲炉裏(いろり)があったわ。私のところはなかったの」、
「冬の囲炉裏は炎がユラユラ、真っ赤になった炭の暖かさは良かったわ」、
「友達のお母さんが、お餅を焼いてあげようかと云って焼き始めたの」、「ところが、お餅を焼くテキ(焼き網)なんてないのよ、お母さんは、いきなり囲炉裏の灰の中に餅を入れて、それで焼いてしまったのよ」、
「焼けたわよと云って、パッパと灰を払い落とすだけ、砂糖醤油を付けて食べたことを思い出すわね」なんてお話されました。

昔は、灰なんか少しも汚いものでない、なんとも云えない、のどかなものだったと思い出話をされますね。
さらに話しは続く、「畳なんてありません。板の間にムシロの部屋です」、「すきま風で、背中は寒いが囲炉裏の炎で顔は真っ赤に暖かい、それがなんとも楽しい嬉しい、昔日の思い出だったね」とお話されますね。

囲炉裏(いろり)という言葉で思い出しました。
子供の頃に、母が唄ってくれましたこんな歌。こんな歌が、終戦直後の12月にNHKから放送されたと聞きました。


教師だった斎藤信夫さんが、作詞された「里の秋(さとのあき)」という童謡です。

  
  しずかな しずかな 里の秋
  
  おせどに 木の実の  落ちる夜は
  
  ああ 母さんと ただ二人
  
  栗の実煮てます いろりばた



  明るい 明るい 星の空
  
  鳴き鳴き 夜鴨(よがも)の 渡る夜は
  
  ああ 父さんの あの笑顔
  
  栗の実食べては 思い出す



  さよなら さよなら 椰子(やし)の島
  
  お舟に ゆられて 帰られる
  
  ああ 父さんよ 御無事でと
  
  今夜も母さんと 祈ります


外地の父さんを想い、囲炉裏ばたで、母と子が過ごす様子を唄った名曲です。
Mさんちで、お餅を頂きながら、囲炉裏の話を聞きながら、こんな歌を思い出します。あったかふるさと但馬の一日でした。

《雪国の 冬の暖ったか 囲炉裏端》

天然記念物 はさかり岩

2013年01月15日 | ふるさとの話
(冬の日本海は怒涛の波しぶき、竹野の海岸にあります「はさかり岩」の姿です)


浜須井の、Hさん宅へ急ぎます。
切浜海水浴場があります日本海は、冬ですね~。関東地方に大雪をもたらした、発達した低気圧が、この山陰地方にも影響しているのでしょうか、海は物凄い荒れ模様です。
怒涛の波しぶきは、海面を唸りをあげて迫り、真っ白に泡立った海水はザザザ~~っと岸に押し寄せています。
海岸道路に立っていましても、その音と波の迫力に恐ろしさを感じて、足がすくむようでした。

浜須井の入り口、トンネルの手前にあります岩が、有名な天然記念物「はさかり岩」です。
今日も、しっかりと巨大な丸い岩は、両側の尖った岩の小山にはさまれたまんま、海に落ちずに頑張っています。
道路沿いに、「はさかり岩」を見物するスペースがとってあります。そこに立っています案内の看板に、「はさかり岩」のことが書いてあります。

《 天然記念物 はさかり岩
 但馬(たじま)海岸は日本海沿岸の波蝕(はしょく)海岸風景を代表する景勝地であり、その地質は新第三紀中新世(ちゅうしんせい):約2300万年~500万年前の北但層群(ほくたんそうぐん)と鮮新世(せんしんせい):約500万年~200万年前の照来(てらぎ)層群の岩石が中心である。
この「はさかり岩」は北但層群辻礫岩層(つじれきがんそう)に相当し、火山砕屑物(さいせつぶつ)が土砂と混じりレキを取り込んで堆積した凝灰角礫岩(ぎょうかいれきがん)で、下部では直径が1m以上のレキも含まれている。
この堆積層は、その後の地殻変動で断層により破砕され日本海の荒波によって浸食され、上から落下した岩塊が、ちょうどカニのハサミに挟まれたような奇勝を呈している。豊岡市教育委員会》

但馬地方では、「挟まる(はさまる)」ことを「はさかる」と表現します。

但馬の方言辞典によりますと、標準語の「引っかかる」「はさまる」の方言は、「はさかる」と云います。なので「はさまり岩」は「はさかり岩」と云うのです。
「はさかる」の用例として、「なんばきび食ったで、歯によーけかすがはさかっとるわ」と表現します。
「なんばきび:トウモロコシ」、「よーけ:たくさん」、「はさかっとる:はさまる」のことです。

それにしても浜須井の海岸、絶壁の岩肌は、物凄~い荒々しくごつごつとした礫岩の塊、そこに冬の日本海、眺めているだけで足がすくむほどの恐ろしい波しぶきとその轟音、大した景観・景勝の岩々ですね。

《冬の海 恐ろしくって 足すくむ》



月曜日ばっかりね、祝日、振替休日は

2013年01月14日 | 季節(冬)
(ケンちゃんが成人の日迎える頃は、ばあちゃんんのこの服でも小さいかな)


今日は国民の祝日「成人の日」です。
朝は一番に、国旗を揚げて深呼吸しますねいい天気です。家に入って云いますね、『今朝のゴミ出しは、昨夜のうちにしたっけ』と家内に確かめました。「なに云っとるんよ、今日は月曜日だけれど祝日で休み、ゴミの収集も来ないのよ」と答えます。

生ゴミ・燃えるゴミを収集される日は、毎週月曜日と木曜日と決まっています。
ゴミ袋に家内がギュウギュウ詰める、「出来たよ~、トラックに積んだから出してきて~」と云われて、いつも前日日曜日、それとも水曜の夜にゴミ出しいたします。
以前からです。家内は「この地区の収集日は月曜日でしょ、その月曜日が、祝日やら振り替えで休みの日って多いの」、「月曜日のゴミ出しが一回パスして、木曜日まで待たなきゃならんの適わんわ」、「月曜日ばっかりね、祝日、振替休日は」と申します。

今日の「成人の日」は、いつの間にやら15日ではなくって、一月の第二月曜日になっとるわいな。
そういえば、第二だ第三だと云って、7月の「海の日」も、9月の「敬老の日」も、10月の「体育の日」も、どれもこれも、祝日の由来なんぞはほっちらかしにして、月曜日にしてしまっとる、困ったことです適わんですね。

今年のカレンダーをめくってみます。
一月の今日14日は月曜日、2月11日の「建国記念の日」も月曜日、3月は「春分の日」が20日の水曜日でやれやれホッとする。
ところがどうでしょうか、
4月29日の「昭和の日」は月曜日になっとる、5月6日は「こどもの日」の振替休日で月曜日、7月15日は「海の日」で月曜日、9月16日は「敬老の日」で月曜日、9月23日も月曜日の「秋分の日」です。

これで終りかと思っても、今年はしつこいですよ、10月14日の「体育の日」が月曜日、11月4日は「文化の日」の振替休日で月曜日、12月23日はこれは大切「天皇誕生日」も、偶然ですね月曜日です。
なんとなんと、一年間の祝日は15日あります日本の暦、そのうち、1/14、2/11、4/29、5/6、7/15、9/16、9/23、10/14、11/4、12/23の10日間、祝日全体の三分の二が月曜日じゃないですか。

去年のブログに、今思えばちょっと恥ずかしいこと書きました。
今年は、実は凄いことなのですこんなこと」と書いて、月曜日の祝日が7日間もあると書きました。調査不足でした。確かに去年は7日間でしたが、一年たった今年は10日もあります。こちらの方が凄いです。
試しにちょっと詳しく調べてみます。
来年は7日、その次は6日、次は5日、さらに次は6日ってなふうに、そんなに10日もある年ありません。そうすると、やっぱり凄いよ今年の10日は、後先滅多にありません。

ずっと古くの祝日は、そのまんまの飛び石休日、日曜日に祝日があっても「あら、残念でした」と、損したように月曜日に休んだりしませんでした。
その当時は、祝日が月曜日になる日ってのは、せいぜい2日か3日で当たり前、いまはムチャクチャ多いですね。
家内が云います。「ゴミ出しができないわ、月曜日に祝日や振替休日持ってきてもらうと」と嘆きます。

今年はつくづくそう感じます。

《祝日は 由来のまんま 休もうよ》
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日和山公園 城崎温泉街

2013年01月13日 | ふるさとの話
(日和山の海岸には、ポッカリ浮かんだ、なんとなんと「竜宮城」があるのです)


 (城崎温泉には、「木屋町小路」って粋な通りがありますね)

 (本日の城崎温泉街は、人並みあふれて大にぎわいでした)

先日の社長会で、四国のお店の社長さんは、「豊岡って、城崎温泉のあるところですね。城崎温泉が近くなら、いつでも行けて温泉にも入れていいですね~」とおっしゃいました。
『そうですよ、車で走ればすぐなのです。もちろん素晴らしい温泉にも、いつでも入れます。いつも入っています』と応えます。

午後です。
『ちょっと、ドライブして食事でもしてくるか~」と、家内と二人で出掛けます。
行き先は、日和山公園と城崎温泉街の、ただそれだけのドライブなのです。まあ、地元に居ながら可笑しいようなものですが、日和山の海岸や、城崎温泉の温泉街は、何度行っても、魅力的で飽きない素晴らしいものです。可笑しいですね。

日和山公園に到着です。
到着といっても駐車料金が惜しいので、ちょっと道端に止めて外を眺めて空気を吸って、沖の竜宮城を眺めてそれだけですね。

帰り道、
有名な老舗であります。二方蒲鉾(ふたかた・かまぼこ)の工場直営店に寄ります。
出来立てほやほやの、竹輪の詰め放題に挑戦しまして、その上に「200円の竹輪が14本も袋に入りましたね。これで400円です」、「さらにオマケに、蒲鉾一個差し上げます」と、ラッキーなことです嬉しいですね。

城崎温泉街は連休の日曜日です。
とてもとても沢山の観光客で、道路も土産物店も超満員ですね。道路沿いの地蔵湯、一の湯、御所の湯なんぞ、温泉に入る人並みが順番待ちでしょうかね、建物の前が人だかりです。
なんといっても、散策に最も人気のある温泉街として、日本一に選ばれています城崎温泉の温泉街です。本日夕刻この時間、地元の私達だって歩きたくなる、良い雰囲気です。温泉とカニの魅力で、訪れる観光客がワイワイ溢れる光景ですね。

《凄いです 温泉街の 人の波》


いただきます、ご馳走さま

2013年01月12日 | お客さん宅で

「ご苦労さま、何でも気安くしていただいて、お世話さまでした」、「今日は、コーヒーも飲んでもらわんかったし、これ、この、つるし柿を持って帰って、コーヒーの代わりよ」と、Hさんちのばあちゃんから頂きますね。

今日は、Hさんちの茶の間に、LED照明器具を取り付けます。取り付け終わる頃に、じいちゃんがちょっと遠慮げに云いますね。
「アトムさん、炊事場の照明のカバーに虫がいっぱい入ってるの、ちょっと外してもらえませんか」と頼みます。
『よろしいですよ、いくらでもしますよ、何でも頼んでね』と、ニコニコしながら取り外します。
ばあちゃんが「私が洗います」、私は『雑巾ありますか、器具も天井もきれいに拭きましょう』と、手分けをしまして大掃除です。

お客さまのおうちで共同作業、元は何を頼まれ、どんな作業をしに来ていたか、フッと忘れるくらいに色々とご用を頼まれるってことがありますね。
でも、お客さまといっしょに掃除をしたり、手渡し取り付けする作業、そんなこともいっぱいありますね。

『ハイっ、カバーを下さい取り付けますよ。おっと、なかなか電気屋さんでもうまい事合いませんな~』なんて云いながら、上を向き向き回します。

「つるし柿を持って帰ってね」って、ばあちゃんはおっしゃる、ほとんどのお客様は「アトムさんちは畑あるの、ないの、だったら大根持って帰って」、「白菜を畑から取ってくるわ」、「キャベツを、タケノコを、シイタケをあげるわ」、「残さんと、このお菓子包んで持って帰って、持って帰って」と、大概云います全部です。

作業を終わってコーヒーをいただく時も、コーヒー飲まずにつるし柿いただく時も、お礼の挨拶ありがとう、「ご馳走さまになります。いただきます」と云いますね。

人と人とが交わす言葉、その中で一番素晴らしい言葉はなんでしょう。
なんと云っても一番は、「ありがとう」でしょうね、次に続くものは「いただきます」、「ご馳走さま」、「お世話さま」、「ご苦労さま」なんて言葉がありますね。

「いただきます」って言葉の語源は、万物の生命を摂取(いただく)する事から、あるいは、神様や目上の人から大切なものを貰う時、頭の上(頂き)に掲げて戴く事から、「頂」、「頂き」、「戴く」、「いただきます」って事になったように、
「ご馳走さま」は、その食材の用意に走り回る人への感謝の気持ち、どちらも心からの素晴らしい言葉です。

《良い言葉 発露するたび にこやかに》

ばあちゃんの思い出話を、いっぱい聞きます

2013年01月11日 | お客さん宅で

   (B-CASカードを引き抜きます)

「テレビが映りません」、「カードを抜いて差し直しましたが、やっぱり映りません。画面にメッセージが出ています」と、Kさんちのばあちゃんから電話です。
Kさんは一人暮らし、「夜になると、庭先まで大きなイノシシや鹿がやってくるのよ、なので屋敷の入り口に、こうしてロープと幕を張るの」とおっしゃるくらいに山の中、国道から延々山道を登った、山奥の小さな集落での暮らしです。

「前に、アトムさんに教えていただいたでしょ、映らない時、カードを抜き差ししてちょうだいと」と、教えられたとおりにやったと、ばあちゃんは説明します。
どこのメーカーのテレビでも、B-CASカードは抜きにくい、人差し指がちょっと曲がって、コブが邪魔して、カードがつかめんと、マイナスドライバーを人差し指替わりにして、苦労して抜き取ったと、先ずは苦労話を語ります。

画面を写してみますと、メッセージはカードのことではなくって、「BSが受信できません・・・・・」と出ています。
ばあちゃんにリモコン持っていただき、『ハイここ、この地デジってボタン押してみて』と説明しますと映りますよ、一発解決いたします。
なんのことありません。このリモコンは、電源ボタンのすぐ下がCSボタンです。ばあちゃんは、電源オンのボタンと一緒にCSボタンも押してしまう、ばあちゃんちはBSアンテナ上がっていませんこりゃ映らんね。

「夜に飛んで来てもらったし、何ぼ払いましょうかえ」、『ばあちゃん、よろしいですよ。カードでなくって良かったね』、
『映らんかったら、地デジボタンって紙に書いて貼っといてね』、「いや、今聞いたんで分かった。書かんでも分かったですや~な」と、云った後です凄いことになりました。

「まあ、コーヒーを飲んで帰えりんしゃ~な」、「まあ、このお菓子食べて~な」、
「あのね、私一人暮らしでしょ、でもね、信仰している佼成会から送ってくる、この本や新聞を見て、良いこと読んで元気をもらってるんよ」、「まあ、アトムさんも、そこらじゅうの宗教の本をもらって読んでるの、あんたはそんな宗教に凝らんでも、しっかりしとりんさるがな」なんて話が延々続く、

『はいはい、はいはい』と聞くばかりです。出張代もらわずに話を聞きます。聞くばかりです。

「私はね、生まれは日高よ、この家には私の姉が嫁いでいたの」、「姉のお婿さんは戦死してしもたの、この家には弟さんがいて、私が弟さんに嫁ぐことになったんよ、姉さんの男の子が大きくなるまでの、中継ぎって思いが、とうとう今日までになったのよ」と、お話始まり、ばあちゃんの人生ドラマを聞きますね。
そう云えば、客様になっていただき出入りしていて、ばあちゃんがもう一人のおばあさんを指して、「姉さん、姉さん」と云ってることがやっと分かりましたね、ばあちゃんの身の上話です。

戦中戦後によくある話でしたな~。戦争、戦死、家の跡継ぎが切れる、切らさないように、って話。ばあちゃんのような運命をたどったお方もおられるのです。

よ~け、お話聞きました。外は真っ暗帰るとき、ばあちゃんどっさり大根やゴボウを包み、「私の作ったもんよ、持って帰って」と差し出しますね。
トラックが道路に出ますとばあちゃんは、ロープやシートを張りながら、「アトムさ~ん、イノシシや鹿にぶつからんように、気をつけて走ってよ~」と声掛けますね。

《ばあちゃん 凄い運命 ドラマです》



ばあちゃん、カラオケを出してくる

2013年01月10日 | お客さん宅で

「これ持って帰り、私が作ったんよ」と、折り紙で仕上げた、花弁の作品を手渡されます。商品の使い方を説明に伺った、Tさんちの一人暮らしのばあちゃんからもらっちゃいますね。

『ばあちゃん、いくつになったんよ。お歳はいくつですか』と尋ねると、「昭和7年生まれ、去年の6月に80になったんよ」とこたえます。
ばあちゃんは、じいちゃんと死に別れてから、もう10年くらいになるかな。一生懸命カバンの内職に励んで、頑張って生きてます元気なばあちゃんです。
まあ、仕事に精出すものですから、茶の間も客間も、カバンの材料や製品で足の踏み場もないくらい、家中散らかってるといっても、云い過ぎでないくらいな様子です。
カバンの内職をするスペースも茶の間の片隅、座って手を伸ばせば、コタツの上はもちろん横も後ろも360度、回り中何でもいるもの手の届くように、物が溢れた茶の間です。

今度の老人会総会で使うんだと云う、じいちゃん形見のマイクカラオケの、操作方法を一から一通り説明いたします。ばあちゃんは、「分かったよ、選曲はこのボタンね、スタートはこれね、分かった分かった」とうなずきますね。
ばあちゃん、お歳に似合わず結構やるね、DVDだって韓流ドラマ、録画をバンバンやるし、機械の音痴じゃないようでした。

ところが店に帰って即刻ですね。
リ~~ンと電話「さっき来てもらったマイクカラオケが、おかしいの~」、「云われたようにやって、マイクをコンコン叩いても音が出んわ~」とおっしゃいますね。
『さっきはちゃんと音出てましたね。ばあちゃんどうしたの、おかしいですね』と、一方的に喋りまくるばあちゃん静め、落ち着かせますね静かにしゃべる。

『ばあちゃんね、テレビには絵は出てますね。テレビの音量は大きくしてますか』、『マイクカラオケの、マイクってボタン押してね、マイクの小さな窓に、なんぼって数字出てるかね』、
『出てない、いや出てる。0148だって、それは選曲ボタン、違うよマイクってボタン探して押して』、『さっき一緒にやったね、マイクのボタンを押して16って数字まで上げたね、歌う音はちゃんと出てましたよ』なんてやり取り続きます。
「電気屋さ~ん、テレビの音も大きくしても、コンコン叩いてもダメだわ~」と、まくし立てるばかりで、こちらの云うこと中々聞く耳遅いです。

『あ~あ、大変だ~』と頭を抱えているその時です。ばあちゃん大きく叫びます。「直った~、音が出ましたよ~。マイクのコードが抜けてましたわ」ですって。適いませんね大変ですよ。

《ばあちゃんに こりゃあ無理だわ カラオケは》

笑顔・サービス・技術に勝る、街の電気屋絶対有利

2013年01月09日 | アトム電器

昨日の社長会で、色々お話聞くたび熟々(つくづく)と、街の電気屋絶対有利と感じます。て云うのは、電気屋さんの業界の、今と未来の話をこんな風にまとめてお話されました。

ずっとずっと昔は、メーカー系列の街の電気屋さんが、普通にほとんど生活に必要な電化製品を売っていました。
ここのところ10年も20年も、大型量販店が廉価・大量販売で世間を席捲し、量販主導で業界をぐんぐん引っ張ってきました。
ところがどうでしょう、そんなにいいことって続かないのが世の習い、最近は、ネット販売が凄まじくなってまいります。

ネット販売って云っても、その競合相手は世の量販様です。量販店志向のお客様は、商品は大型店で確かめ、ネット検索で最安値を探して買っちゃうと云う、量販をショーウインドー代わりにしています。これまでの量販主導が、今やネット販売主導の時代になるとお話ですね。

それでは、どんどんネット販売が伸びて爆発をするかと、それもちょっとはてな(?)というファクターが、じんわり世の中進行しています。
それは、ネット販売が進むスピード以上に、猛烈な勢いで進むもの、少子高齢化と云うとんでもない大きな波です。どうしようもない変化です。

なにが凄いかって云いますと、買う時の安さよりも、買った後の面倒見をどうしても重視して求めるお客様が、ドンドコドンドコ増えますね。
てなわけで、これからは、笑顔・サービス・技術に勝る、街の電気屋絶対有利となるのです。

ネットでは絶対に出来ないことは、お客様の困った時の手立てです。
街の電気屋なんて、普通にやってる痒いところに手の届く、細々(こまごま)したアフターがネットではとてもじゃないが出来ないわけですよ。

アトムで云います「電気の困った110番」チラシ、当店やってる「パソコン修理します」の看板などが多くのファンをつかみます。これからの時代は間違いないでしょうね、笑顔・サービス・技術に勝る、街の電気屋の時代です。

《面倒見 街の電気屋 得意です》

アトムの新年社長会、羽曳野経由のトンボ返りです

2013年01月08日 | アトム電器
(ぎっしり数百人座ったホテルの会場は、アトムの新年社長会です)

今年の新年社長会も、会議が終了した後、すぐにぶっ飛ばして自宅に帰ります。昨年もそうでした。2年続けて、どうしてもの用事の不都合で、残念な事です帰ります。
アトムの新年一月社長会は、いつもの「はびきのコロセアム」ではありません。豪華に、吹田はエキスポパークのホテルで開催ですよ。そして、会議の終了した後は、「アトムの新年会」と称して、楽しい楽しい懇親会なのです凄いです。

朝は早くから車をぶっ飛ばし、ホテルに寄らずに羽曳野まっしぐら、「はびきのコロセアム」に間違えて寄ったのではありません。アトムの本部へ、カタログ取りに一目散に駆け込みました。
何故かって、12月の社長会も、これまた都合ができます欠席でした。なので、どうしてもカタログが足らなくなった、その為に本部に寄りますご苦労ですね。
羽曳野からトンボ返りで引き返す、吹田に向かって走ります。

そして、会議の終了即お帰りだ、ビュンビュン飛ばして帰ります。アトムの新年社長会、羽曳野経由のトンボ返りで今年もホトホト疲れます。

《新年の 挨拶交わして 元気よく》

元気も気から、景気も気から

2013年01月07日 | 私の思い
(アトムのカタログ全開パワー、元気を願って今年も一年お届けします)

但東町の高橋認定こども園に、ご注文品を届けに参ります。
空は晴れてるいい天気、気持ちが良いです心も晴れる、元気も出ますね最高ですね。

「気」って文字を辞書で引きますと、「きもち」、「こころもち」、「目に見えないけはい、気運」ってな意味が書いてあります。
気なんてものは、人間様の「こころもち」ですから、こちら側の気分で、どうでもなるってことにもなります。

「元気」だって、天気がよければ気持ちが良い、なので元気が出るって云うものの、勝手にこちらがその「こころもち」になっているだけ、もともと、そこに元気があったわけでもないです。自分で思って、自分に元気と言い聞かせているだけなのですホントです。

「景気」もそうでしょうね。
景気も気からと申します。少々物が売れない、儲けが少ない、そんな時でもどうでしょう。
まさか、餓死するほどに食べ物がない訳ないし、凍えるくらいに着る物ない訳ないし、ぬくぬく元気に車に乗って、食べたり飲んだりしてるでしょうに、
こんなの不景気なんて言わない、言えない無理ですよ。

気は持ちようですよ、
景気悪い、景気悪いと、自分にも人にも言い聞かせていれば、回りまわって、どんどん本当の不景気になりますね。
今は、ちょっと飛躍のために、ジャンプのために、ほんのちょっと身をかがめているだけで、いつまでもそんな姿勢ではしびれが切れちゃう、
今に、今に景気が良くなると、自分にも人にも言い聞かせて、そんな「気分」になるのです。
元気も気から、景気も気から、一人は一人分しか気が入りませんが、みんなが皆その気になれば、必ず必ず景気は良くなる、そんな気持ちがいたします。

陽射し暖ったか良い天気、ぶんぶん車で走ってまして、ラジオの放送聞きますね。
NHKから聞こえました。元気過ぎます凄すぎる、物凄い曲を聞きました。
ムチャクチャな河内弁、アクの強いアクセントで歌います。「河内のオッサンの唄」を聞きました。



河内のオッサンの唄 (歌詞)


おー、よう来たのワレ~

まあ上がって行かんかいワレ~

ビールでも飲んで行かんかいワレ~

久しぶりやんけ ワレ
何しとったんど ワレ

早よ上がらんけ オンドレ何さらしとんど

河内のおっさんの唄~
河内のおっさんの唄~



これから暑いのワレ~

仕事がエライのワレ~

もっと飲まんけ オンドレ何さらしとんど

明日は休みやんけワレ~
男はもっと飲まなあかんどワレ~

しっかりしとらんけ ワレ何さらしとんど

河内のおっさんの唄~
河内のおっさんの唄~



今日の競馬は取ったんけ

今日は良う荒れたのうワレ~

ワイは全然さっぱり あかんかったやんけ

おまんとこのおかん元気け
連れて来たったらいいのにワレ~
ごっつう久しぶりやんけ



おいカカア、もっとビール持ってこんかい

何されしてけつかんじゃい
裏の家かてもっと良う働くど

あんた今冷やしてまんね
あんまりうるそう言わんといてか

うちかて忙しいんやでワレ~

河内のおっさんの唄~
河内のおっさんの唄~



オイ、ワレ男っちゅうもんわな

酒の一升も飲んじゃってさ
競馬もやっちゃってさ

その為にさ思いっ切り働くんじゃいワレ~

てやんでべら坊めやんけ



やんけ やんけ やんけ やんけ そやんけワレ~

ワレワレワレ そやんけ

やんけ やんけ やんけ やんけ そやんけワレ~

ワレワレワレ そやんけ

河内のおっさんの唄~
河内のおっさんの唄~



オイ、ワレもう帰るんけ

気ぃ付けて帰ったらんかい

前のドブ川にはまったらあぶないどワレ~

また元気で仕事しようやんけワレ~

働いて働いて銭ためて
蔵建てたろうやんけ



やんけ やんけ やんけ やんけ そやんけワレ~

ワレワレワレ そやんけ

やんけ やんけ やんけ やんけ そやんけワレ~

ワレワレワレ そやんけ

河内のおっさんの唄~
河内のおっさんの唄~



《気は心 元気も景気も 気持ちから》

「百姓昭明協和萬邦」の不思議

2013年01月06日 | その他


「また、戸牧食堂に行ったの~」と、若い者に笑われました。

正月休みの最後の日の夜に、家内に『コーヒーでも飲みに行くか』と誘って、病院通りに出かけます。
コーヒー飲んだ後です。
今度は、柔らかくておいしい玉子焼きが食べたくなって、目の前の「戸牧食堂」に入ります。
戸牧食堂は、ご飯を竈(かまど)で炊いて出していますとうたって、あの、独特の字体を使った地名を冠した、全国チェーンの大衆食堂です。
店内のメニューの一番に書いてありますね、「あつあつ、名物・玉子焼」と出ています。
あとのメニューは、家で普通に作っています煮た物、焼いたもの、天ぷらと、本当に、食べていましても、自分ちのテーブルで食べていると勘違いするようなものばかりです。
何のへんてつもない普通のメニューですが、この食堂って妙に愛用いたします。

ブログって、書いていましてちょっと不思議を感じる事がありますね。

自分で投稿していますブログを、何人の人が見に来たか、どれだけの回数閲覧したか、そんな情報を確認する「アクセス解析」と言うものがありますね。
そのアクセス解析の中に、「検索キーワード」の項目があります。
このブログに到達するために、どんなワード(言葉)で検索して入ってきたか、その使われた頻度回数が分かるものです。
もう1、700回も書いていますこのブログ、どんなワードで検索されたか、アトム電器とか、街の電気屋とかそんなワードかと普通は感じますね。
不思議な事があります。

毎日ほとんど毎日、上がってきます検索ワードの常連が、実は不思議な事に「百姓昭明協和萬邦」、あるいは「百姓昭明」というワードです。
なぜか分かりません。ほとんど毎日のリストに、必ず「百姓昭明協和萬」のワードで検索されてるお方がありますね。
試しに、YAHOO・JAPANに百姓昭明協和萬と打ち込んで、検索してみますと見事です。検索トップに「百姓昭明協和萬邦(ひゃくせい、しょうめい、きょうわ、ばんぽう)」と上がってきます。それが、なんとこのブログです。
もう、何年も前から不思議で不思議でたまらなかった。毎日毎日律儀にこのワード、使って閲覧されてるお方があります嬉しいですね。
百姓昭明協和萬って言葉は、昭和の由来の語源です。

その昭和は、今から24年前に最後の日を迎えます。昭和天皇の崩御の日が、明日です昭和64年1月7日です。

《明日の日は 昭和が終わった 最後の日》

明けてびっくり玉手箱

2013年01月05日 | 店内外の話
(パネル6,000枚並ぶ、壮観な山宮のメガソーラーは、雪をかぶってました)

毎年のことです。
一年終えて正月迎え、二日なり三日休みますと妙ですね、『今年はちゃんと、商売上手くいくだろか?、景気は良くなるだろか?、お客さんは増えるだろか?』と、漠然とした妙な不安を感じます。
今年はその休みが四日です。初めて正月休みを4日もとって、その間仕事もせずに電話も鳴らん、『ほんまに大丈夫だろうかね』と、ちょっと心配になりますね。

『あけましておめでとう。今日から新しい年が始まりました。がんばりましょう』と、朝一番に朝礼しまして開店します。
明けてびっくり玉手箱、本日新年一日目、店の内外お客様、ご来店に電話にそれに商談来てよと賑わいますね。

「アトムのカタログの3ページ、ミキサーを一台すぐ持ってきて~」と、Uさんちのじいちゃんから電話です。
その後も、「20ページの洗濯機、アトムさんはえらい安いね、ワンちゃん用に一台取り寄せて」と、Iさんちの奥さんおっしゃる、『ええぇ、ワンちゃん用ですかいな???』、朝一番から、電話で注文幸先良いぞ、心配無用の日の出です。

それからどんどん続きます。

「こんにちは、25ページのガスコンロ、今度は、ちょっと高級なハイパーガラスコートの品を張り込んじゃうわ」と、Tさんちの奥さんご注文される、
「エアコンのリモコン診てちょうだい」、「ホームページを見て来ました。DVDの調子がおかしいの」、「あれをちょうだい、これを診てね」と、ご来店のお客様も次々とです。

『ハイハイ、すぐご相談にお伺いいたします』と、貸し出しの洗濯機を載せて、息子と二人でTさんち、正月早々、洗濯機の調子がおかしいと電話です。
「いいわ、もうずいぶん使ったので、新しいの買い換えるわ、アトムのカタログの20ページに載ってるでしょ、乾燥も出来る乾燥洗濯機を注文するわ」と、貸し出し下ろすことなくお買い上げです。
『冬は、案外と洗濯機の買い換え多いのです。ありがとうございます』とお礼です。

「プリンターの調子診て~」の電話で息子は走る、「テレビが入らんわ~」の電話で私は走る、年が明けても同じです。昨年通りで同じです。
ちょっと遠い城崎のFさんなんて、こちらが『リモコンの地デジってボタン、押してもらえんかね』と頼んで、「あっ、映ったわ~、こんな簡単なことで城崎まで来てもらわんでよかったわ」と解決します。

ところが、頃垣のNさんちのばあちゃんは、「どうしても入りません。リモコン押しても入りません」のいっ点張りですダメですね。
『こんにちわ~、Nさんどうしましたか、テレビを見せてね』と、寝室のテレビを点検します。
じいちゃんベットで寝ています。
『じいちゃんよ、この差込み抜けてるよ、電気スタンドを点けようと抜いたでしょ』、テレビが映らん、リモコンが入らんはいつもと同じ、コードが抜けてますよ適いませんね。

頃垣の隣の山宮、豊岡市のメガソーラーを一枚写真に撮って帰ります。

帰ると、またまた電話です。

「レンジが温もらん~、診て~」と、ゆっくりしゃべるKさんちのばあちゃんから電話、
「光が開通したので設定に来て~・・・、それから、他にも相談あるの」と、Mさんから電話です。
レンジは私、光は息子が駆けつけますね。
「もう、ようけ使わしてもらいました。新しいレンジ持って来てるの、そんなら下ろしてね」と、ゆっくりしゃべるばあちゃんお買い上げ、
Mさんちから帰った息子は、無線ルータで設定完璧に出来たよ。すると、パソコン一台プリンター一台、電話も一台、それに大型テレビと最高級エアコン・日立のSXを買ってもらっちゃったよと報告します。

なんちゅう事ですか、今年の正月四日も休み、心配しました余計な不安、ところが明けてびっくりムチャクチャですね、
売れます売れますどんどんと、「アトムのカタログの、何ページのどうのこうの」と、明けてびっくり玉手箱ですね。

《新年も 幸先良いぞ よく売れる》

社頭雪(しゃとうのゆき)

2013年01月04日 | ふるさとの話

菅村驛一さん(「わが古里但馬・心に生きるふるさと」を著した、国府出身の文筆家)の本を読んでいますと、「社頭雪(しゃとうのゆき)と題して、こんな一文が出てまいります。

「社頭雪(しゃとうのゆき)」

《昭和六年一月一日の朝刊第一面でした。わたしのひとみは、真っ白な紙面にインキのにおいも新しく、大きく載った風景写真に引きつけられたのでした。
左下に神社の鳥居、右に近くそびえる小高い山、そのいずれもが清らかですっきりとした雪中の景色です。・・・・・・・中略・・・・・・かぎりなく美しい白妙の山、この上なく気高い社頭のすがすがしい画面に、年あらたないやさかを予言するかのような、歓喜と希望に胸躍る感激を受けるのでした。》

と書き始まります。

実は、この「社頭雪(しゃとうのゆき)」と云う言葉は、昭和6年の宮中歌会始の勅題(ちょくだい、注:現在のお題)だったようです。
その日の新聞に載った風景写真というものが、新聞社が公募した、勅題「社頭雪」にふさわしい写真の入選作品だったのです。
文筆家・菅村驛一さんがその写真を見て、大いに感激した理由は、その写真の被写体が国鉄山陰線浜坂駅付近の神社であったからなのです。
雪国・山陰但馬の住民にとって、降雪は食傷気味の存在でこそあれ、感傷的な美意識どころでなかったのです。
ところが、その写真には、勅題にふさわしい、素晴らしい感動を与えるものであったそうなのです。

《わたしは、この写真からわが但馬には、全国に誇り得るすばらしい所があることを初めて教えられ、認識不足に気づいたのでした。
ちなみに、勅題「社頭雪」を、一月二十三日の「歌会始」で詠まれた昭和天皇の御製は 


 ふる雪に こころきよめて安らけき

 世をこそいのれ 神のひろまへ


でありました。》と、

感動の一文を記しておられます。
昭和6年のことですから、ずいぶん昔の話です。
菅村驛一さんにして、感動のあまり書き記した歌会始の様子って、どんなものだったのでしょうね。

今年も、1月16日に皇居・宮殿で歌会始がありますね。今年のお題は「立」だそうです。国内外から寄せられた多くの作品から、10名の入選者の歌が詠まれるそうです。
この歌会始のお題は、昨年の「岸」とか、一昨年の「葉」と云うように、ほとんどが一文字です。
ところが、昭和3年から現在の形の歌会始が始まりました。菅村驛一さんが感動した昭和6年の元旦、新聞に載った山陰但馬の浜坂の写真、その当時の勅題は「社頭雪(しゃとうのゆき)」のように、ほとんどが3文字なのです。
ちなみに前年の昭和5年は「海邊巖」、次の年の昭和7年は「暁鷄聲」、とても難しくって読めませんよ、意味も分からんです。今の「岸」のような、分かりやすいものとは全然格式が違ったのですね。

《新年の 歌会始 おごそかに》 

幸せの方程式

2013年01月03日 | その他

(快晴、雨、そして今日は雪です。但馬の正月天気も三色)



新年の1月1日朝一番は、先ず、仏壇のご先祖様に手を合わせ、神棚拝んで国旗を出して、それから、氏神さんの熊野神社にお参りします。
そのあとは、公民館に集まり区の新年互礼会で、「あけまして、おめでとうございます」の挨拶いたします。

区長のMさんの挨拶の中で、「ブータン王国の国民総幸福量」のお話がありました。
ヒマラヤの山麓、70万人ほどの小さな国ブータンには、隣人には自己中心的な振る舞いをしない、穏やかでやさしく、上品な人々、
物質的には決して恵まれていないブータン王国、その国民の顔つきがとてもニコニコ、いかにも幸福感に包まれていると言われています。
人の幸せ、国の幸せって、お金や物質では表せない、何か大切なものがあることを、この国は教えてくれます。

それは、人と人との結びつき、お互い助け合う人を思いやる絆、そこから生まれる安心や幸福感、東日本大震災の時に見られた人の絆の大切さ、それが幸せの根源だと挨拶されました。
人間の幸せって、お金じゃない、物でもない、親子、隣人、国も国民もお互いあっての結びつき、お互い様の助け合いの絆こそが大切だとお話でした。

幸せって事をあらためて考えてしまいました。
私も、何回かブログで取り上げて書いた事があります。

たとえば、「幸せって自分の心が決める事」だって書いた事があります。


しあわせは
いつも自分の
こころがきめる    みつを


こんな名句もありますね。

「自分自身を幸福だと思わない人間は、決して幸福ではない」   サイラス


もう一つ、こんな風に思えば楽ですね。

「世の中には福も禍もなし。考えようは一つなり」    シェークスピア


みつをさんも、サイラスさんも、シェークスピアさんも、結局こう云ってるわけですね。

『今、この世で生きてることに感謝し、感謝し、幸せ者だと思う気持ちが一番幸せ、
福の事でも禍と思えば禍になり、禍の事だって福と思えば福となる、
幸せとは、自分の心が決めること』。


「親子で仕事ができる事の幸せ」って書いた事がありました。


それにつけても街の電気屋、何歳なってもエアコン工事の現役なのです。
「貧にして安んじる人は富者なり(金持ちは一見幸福そうでも分からない、たとえ貧しくとも、その分(ぶ)に安んじて幸福を幸福と感じている者が心豊かな者だ)シュークスピア」と、負け惜しみの電気屋さんではありませんが、
確かに、歳をとっても仕事が出来ること、ましてや親子で出来ること、これくらい幸せなことはありませんね。

「一生の仕事を見いだした人は幸福である。彼には他の幸福を探させる必要はない」と云った、イギリスの歴史家トーマス・カーライル、
夏目漱石や内村鑑三にも影響を与えた思想家の言葉です。
毎日仕事があることの幸せ、よ~くかみしめて味わう小さな幸せ、これが実はとっても大切なものそんなことを感じます。


只今我が家では、老後の世話をしているお方があります。
まだ入院中ですが、何度も何度も通います。これからも何年続くか分かりません。そんな時に「孝を問う」って、こんな事をブログに書いた事を思います。


二宮尊徳の金言集にこう書いてあります。

「孝を問ふ、曰く父母に事(つか)へて我無き也。孝を問ふ、曰く父母の憂いを似て、わが憂いとなす。かくの如きは、父子一体なればなり。」です。

父母ありて我あり、わが命の根本を思いいたせば、父母の憂いわ我が憂いと感じずにはおれません。
老後の幸福ってことを感じる言葉です。

幸せの方程式って、組み合わせも、答えも色々あって大変ですね。

《幸せの 足す引く掛ける 深いです》
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今年は巳年

2013年01月02日 | 季節(冬)
(「輸誠・ゆせい」の文字が刻まれています。粟鹿神社神殿の石柱)



昨日です。山東町の粟鹿(あわが)神社に、初詣に参ります。

但馬の冬には、不思議に思えるくらいのポカポカ陽気、暖ったか陽射しを正面に受けながら、開通したばかりの北近畿豊岡自動車道を、八鹿入り口から走ります。
山東出口のそばにあります粟鹿神社は、初詣の人々で賑わっています。

粟鹿神社は、出石神社とともに、但馬国一の宮に称され、勅使を迎える勅使門があります。とても立派な神社です。
木立に囲まれた苔生す境内は、外の暖かさを遮り、ひんやりとした厳かさに包まれています。

本殿正面の石柱には、「致敬」と「輸誠」の二文字が刻まれています。
人を心から敬いなさい、自己を偽らず、他を偽ることなく、真心をもって事にあたりなさいと諭しています。
そうだ、今年はこれでいこう、致敬・輸誠の心がけで過ごそうと思います。

今年は巳年です。去年の竜からヘビに交代しました。ヘビ年ですね。

ヘビって見るからに気色悪くって、なかなか好きになれない生き物ですが、神様の世界から見てみますと、信仰の対象になっているのです。
古来よりヘビは、谷などの湿地に宿る、谷神(やとのかみ)として崇められたり、豊穣神や天候神として、農業の守り神でもあります。
そもそも、祀るって云う字自体が、「示」に「巳」を組み合わせたもので、自然神の代表的なものが巳(ヘビ)だったわけですね。

干支(えと)ってものは、ネズミ、牛、虎の動物のことではなくって、甲、乙、丙の十干(じっかん)と、子(ね)、丑(うし)、寅(とら)の十二支(じゅうにし)の組み合わせで出来ているものと、以前のブログで書きました。今年の干支は、癸巳(みずのと・み)となります。

癸巳を音読みにしますと、「き・し」となります。今年は、60年で一回りします干支の、30番目の癸巳(みずのとみ・きし)ってことになりますね。
十干の癸(みずのと)の字の意味は、「揆(はかる)」に通じることから、植物の種が測れるくらいに大きくなった状態を表しているそうな、
十二支の巳(み)の字の意味は、巳って字の元の表記は、已(い)って云う字なんだって、已(い)って字を国語辞典で引きますと、「すでに、止む、のみ」って書いてある、
「止む」ってのは、草木の成長が、実が熟するくらいになったこと、

どうも、癸巳(みずのと・み)って言葉は、ヘビと一緒で、成長が脱皮するくらいに育って、実がはじける時期の到来を表しているようですね。

今年は巳年、癸巳の年です。
政権も変わりましたね、ウンザリするほど、長かった円高・デフレのトンネルを抜け出し、不況を脱却できますように、思わず干支に思いを願ってしまいます。

《みずのとみ ヘビにあやかり 脱皮して》