鳥バカ日記

インコと暮らす楽しくシアワセな毎日。
我家の愛しい鳥さんのことを綴った、親ばか、鳥ばか日記です☆

れもんちゃん、ありがとう☆

2007年08月12日 | セキセイさんたち
とても残念で悲しいお知らせですが、
れもんちゃんが8月7日の朝、天国へと羽ばたいていきました。

5日の夕方頃から、食べた餌を何度も吐いてました。
それ以降、食欲は落ちてしまい、ほとんど自分では食べませんでした。
今、はなちゃんが飲んでいるお薬(ビタミン・肝臓の負担を軽減・微量の抗生剤が配合されたもの)を
お水に少し混ぜて与えました。

このときはまだ、
いつもと違うことは明らかなんだけど、でも弱りきった様子でもなく、
鳴き声も聞かせてくれていました。

6日の朝、れもんを置いて仕事に行っても大丈夫かどうか、ずいぶん悩んだ。
でも今休んで、本当に危険な状態になったときに休めなくなると困るので、
なんとか大丈夫そうだと判断し、仕事へ。

夕方帰ってきたとき、無事でいてくれてホっとした。
ちゃんととまり木にとまって、「ただいま~」と言う私の顔を見てくれた。

でもやっぱり吐いた形跡。
餌も食べてないみたい。

帰ってきてから、ずっとれもんのこと見てました。
すみれの姿を見ると、大きな声で呼んだり、寄ってきたりしていたけど、
何時間かおきに、とまり木から下りてきて、床に座り込みはじめました。

誰かの声を聞いたりすると、またとまり木にとまりに行くのですが、
おそらくもう相当しんどくなってきてるということがわかりました。

本当は鳥さんの場合は、たとえ元気に鳴いていたとしても、
“ごはんを食べなくなったら危篤。すぐ病院へ。”というのが鉄則。

でも、ここ数年のれもんの場合、
今までも何度も換羽期や季節の変わり目には
ごはんを食べなくなって、吐いてしまうということがたびたびあった。

そのたびにすぐに病院へ連れて行ったけど、
検査してもらっても、特にどこが悪いわけでもなかった。

餌を食べないのが不安で、入院させて強制給餌してもらったこともあったけど、
手乗り鳥でないれもんには入院のストレスが大きすぎて、
どこも悪くなくても、餌をいくら無理に食べさせても体重が戻らなかった。

状態は変わらないままだったけど、ためしに退院させてお家に帰ってきたら、
住み慣れた安心できる場所で、仲間もいるし、
安心したのかパクパクごはんを食べて元気になった。

それ以来、れもんは通院はしても入院させるのはもうやめよう。と思った。

決してれもんの命をあきらめるわけじゃないねん。

そりゃあ飼い主だから、
自分のかわいい愛鳥とできるだけ長く一緒にいたいと思う。

だけど、検査でひっかかるようなこともないし、
換羽期や季節の変わり目に体調を崩すのは、
れもんももうある程度歳をとってきたからだと思う。
不老不死の薬があるわけでもなく、
歳をとって体力が落ちていくのはごく自然なことで、それを受け入れようと思った。

手乗りでもないれもんを、(突発的な病気でない限り)たびたび病院に連れて行ったり、
入院させても、ストレスばかりが増え、寿命は延ばせない。

今まで何羽かの鳥さんを入院先の病院で亡くしたことも大きい。
それはもちろん、さいごまで望みを捨てたくない、という想いで入院させてたんだけど、
最後の最期を、知らない人しかいない知らない場所で迎えて、
ただでさえ死を迎える恐怖や不安と戦う中で、
ひとりぼっちでどんなに不安でさみしかったことだろう。と思うと、
飼い主として間違ったことをしてしまったんではないか?と、
今でもすごく後悔しています。

それ以来、
亡くなってしまうのはつらくて悲しいことだけれど、
せめて共に過ごした仲間がいるところで最期をを迎えさせてあげたい。と思うようになった。
看取ってあげるのは飼い主の責任でもあると思うし。

何度も書くけど、決してそのコの命をあきらめるわけじゃないねん。
簡単に出せた結論じゃない。
今までの私の長い飼育生活の中で、何度も体験してきた、
愛鳥の死を迎えるときになって、
悩み苦しみ、葛藤し続けて、出した結論やねん。

自分の大切な鳥さんがどう望んでいるのか、
もちろん直接聞いたわけじゃないから、本当の気持ちはわからないんだけど、
そのコの人生でいちばん長く一緒にいた私、
そのコの飼い主である私にはそれを決める責任がある・・・



・・・・だから、私はある程度覚悟を決めて、
6日の夜、寝ないでずっとれもんを見守ってました。
何度も大好き。ありがとう。って言いながら。

れもんのカゴの隣には、れもんが大好きなすみれのカゴを置き、
すみれにも励ましてもらうのを手伝ってもらいました。

夜中をすぎて、もうだんだんとまり木にとまることは少なくなり、
床に座り込むことのほうが多くなってきました。

目もトロンとして、嘴の色も悪くなってきました。
呼びかけに対して返事をしてくれていたのに、
鳴き声もあまり聞けなくなってきました。

このまま眠るように亡くなってしまうんだろうか・・・
そんなふうに思えました。

でも明け方4時くらいになると、よろよろと歩いて餌いれによじ上ったれもん。
そこにちょこんととまって、ずっと私のほうを見つめています。

今まで飼っていた手乗りじゃないコも、
元気なときは人間の手を嫌っていたようなコでさえ、
亡くなる寸前には、自らすすんですがるように私の手の上に乗ってきました。
抱っこしてくれ、って言葉はなくても言ってるのがわかりました。

だから、れもんも私の手にすがりたいのかと思って、
そっと手を差し出しました。
でもれもんは私の手の上には乗りませんでした。
その代わりに、私の指をそっと優しく甘噛みしてくれたのです。

それは私にとって、れもんちゃんの最初で最後の甘噛みでした。
そしてそれはれもんから私へのメッセージだったんじゃないかと思います。

そのあと、れもんはまた床でじっと眠っていました。
このころもう私の呼びかけには声ではなく、体を動かして応えてくれました。

そして朝が来ました。
9時をすぎたころ、様子が急変しました。

発作のように苦しそうに息をし、
羽根を広げ、足で立っていることもできない状態になりました。

それでもれもんは私にはすがりついてこようとはしませんでした。
本当に気丈なコです。

さいごは私の独断で、れもんを抱っこさせてもらいました。
ずっと名前を呼びながら、れもんの体を撫で続けました。
それをれもんが望んでいたかはわからないけれど・・・

最後くらいは抱っこさせてもらってもよかったよね?れもん。

そして9時半をすぎたころ、れもんは力つきて、
天国へと羽ばたいていきました。

覚悟はしてても次から次へと涙が出ました。

来月で8歳になるはずだったれもん。
我が家でたまごから孵った、孫のような存在だったれもん。
同じときに生まれた姉妹が相次いで亡くなってからも、ずっと元気でいてくれたれもん。

手乗りに育てなかったので、撫でたり一緒に遊んだりはできなかったけど、
いつも穏やかで優しい表情を見せ続けてくれたれもん。

小さな体で8年近くも私のそばにいてくれました。

今までどうもありがとう。
れもんちゃんの飼い主になれてしあわせでした。

れもんが餌入れの角で掻き掻きして至福の表情浮かべてる写真、
結局撮れなかったなぁ~。
すごくかわいかったから、みんなにも見てほしかってんけどなぁ。

今頃きっと天国で、
おとうさんのごんた、おかあさんのキース、おねえちゃんのこん、いもうとのりんご、
仲間だったロニー、ミックやひなちゃん、みんなでグチュグチュ、ギャッギャッとお話しているんじゃないかな~。

写真は最後に餌入れにとまったときのものです。



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