今夜も本をまくらに。

山歩きが好き、落語が好き、おいしい物が好き、中島みゆきが好き、
でもやっぱり活字がなければ生きていけない私。

ヒマラヤを越えるこどもたち

2012年08月27日 | 「本」のひきだし

ブクログより


ヒマラヤ・・・雪と氷に閉ざされた山々、私は今まで登山の対象としか見ていなかった。

そんな険しい山脈をチベットの子ども達が越える。ダライ・ラマ法王がおられるインドに亡命するために。

チベットは中国に占領されて以来数々の苦難を強いられている。
例えば、何にでも課税される徹底的な納税、特に三人目からの子どもにかかる税金は莫大なもの、また小学校の2年生からの授業は全て中国語で行われる、この時点でほとんどの子どもの可能性がつみ取られてしまう、中国の政策だ。
そういった多々の理由から親たちは子どもをインドに送り出す。
まだ10歳にも満たない子どもを、待ち受けている困難がわかっているにもかかわらず、生涯多分もう二度と会えないとわかっていながら・・・家畜を売ってお金を作り、亡命ガイドに子どもを託す。

何故親も一緒に行かないのか? 年老いた親を残していく問題、受け皿であるインドでの生活の問題等で、泣く泣く子どもだけでもということになる。

できるだけの装備を準備してもらっても、濡れたら換えの靴下が無い子や、底のペラペラのズック靴で、お母さんが恋しくて泣き出す子供、もう歩けないと座り込む子供たちを、ガイドや大人の亡命者が背負ったり抱えたりしながら、絶対脱落者を出すことなくインドへ連れて行く、その信念にも心打たれる。

今回、映画の撮影チームと同行した子供達は全員無事にインドにたどり着けたが、中には凍傷で手足を失う子や命を落とす子供もいる。
無事インドに着くと、法王に謁見し、法王自らひとりひとりにカターと呼ばれるスカーフを授けられる。
子供達は、その後チベット子供村で、お世話になり勉学にいそしむ。
子供達の世話をする責任者は、法王の実の妹で子供達から「アマラ」(おかあさん)と慕われている。


私は、あまりにもチベットを知らなさすぎた。
子供達がいつの日か、自由にチベットに帰れる日が一日も早く訪れることを願うばかりだ。



ヒマラヤを越えるこどもたち / マリア・ブルーメンクローン
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コメント (2)
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