@「図太い人」とは、人間関係でもいい意味で「鈍感」(わがまま)になれ、と言う。「図太く生きる」は人間本来の生き方を捉えた思考であり行動だ。苦手な仕事も「縁」だと思いプラス思考に展開し、失敗もあればそれを認め、「正しい反省」のもとに新たに挑戦する(行動)ことだ、という。 さらに人間関係では大きな「堪忍袋」を持ち、他人には「感謝」の気持ちを忘れず、老いても余計な我・欲を出さず「ただの人」で生きることが吉となる、と言うことだ。
『図太くなれる禅思考』枡野俊明
「概要」「誤解を怖れずにいいましょう。じつは禅僧はみな「図太い」」=心を強く持つこと「図太い人は人間関係でもいい意味で「鈍感」、「図太さ」=「繊細さの魅力」に変える
「気づ付きやすい人への禅思考」
比べることはしない(人との比較は意味がない)
「短所を補う」情報が現代には事欠かせない(例;ダイエット方法など)
長所を磨くことこそ効果が上がり個性的魅力が伸びる
「怖いもの知らず」は「考えすぎる人」にない勢いがある(運勢は勢いを運ぶと書く)
悩みを楽しむ方法は「知足」(足るを知る、感謝する)
「動くと何かが始まる」(体験)は自分への変化につながる
結果にこだわるのをやめれば図太くなれる(集中することで恐れを抱かない)
失敗にこそ学びがあり、人は成長する(本田宗一郎)
「思い通りになならない」は世の常、思い通りにしようとするから厄介なことになる
人付き合いには「先読み」しないこと、自分の「我」を削ぎ落とすこと
自分にも他人にも「完璧」を求めない(自分に厳しく、他人には寛容であれ)
「一人の時間」を持って自分を見つめ知る、人に合わせるのではなく違った自分を伝える
落ち込んだ時には「掃除」をする(体を動かす掃除することで気持ちが変わる)
嫌いな思いはその場に置いてくる(明日を活かす方法・一休禅僧のうなぎ話)
損得勘定にこだわると心が窮屈になる(損が回ってきても縁なのだと思うこと)
自分の不遇を「人の所為」にしない(マイナスをプラスにする工夫をする)
行動に「でも・・・」は使わない (でも・・・は何も始まらない)
歳相応に生きるではなく自分相応に生きる「老いに鈍感になると若々しく生きられる」
「仕返し」は堂々と生きること
怒り、腹が立ったら何かを言う、やる前に数字を数える(堪忍袋は人生を成功に導く)
「怒り」を書くことで出口が開かれる
「反省」はピンポイント・正しく反省すること(どの部分、何が不測・不足かの検証)
「お節介」へは「ありがとう」の一言で封じれる
人間の通常の使っている能力は25%、限界には程遠い
「~すぎる」(考えすぎる、悩みすぎ、迷いすぎ)しない方法は「やる」(動く)こと
「見切る」余計なものを剥がす、「ただの人」で生きること
ー「椅子坐禅」心のモヤモヤや払う(坐禅の3要素:調身・調息・調心)
背筋を伸ばし、太ももの間は拳2つほど、足の裏をしっかり床につける
手は右手の上に指どうし重なるように左手を乗せ、親指の先を合わせ卵形にする
目線は斜め1.5m下に合わせ半眼する
「丹田呼吸」「丹田」臍の下7.5cmを意識して深呼吸を10分ほと繰り返す
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