二葉鍼灸療院 院長のドタバタ活動日記

私が日頃行っている活動や、日々の鍼灸臨床で感じたことなどを綴っていきたいと思います。

一日の意味

2012年06月30日 | 言葉のちから 心のちから

6月最後の診療日。一年の折り返し地点。どんな心で一日を過ごしましょうか


 一日の意味 

 今さら事新しく申すまでもありませんが、今日という日は、一日に限られているのです。人間の一生もまた同感です。そこでよほど早くからその覚悟をして、少しの時間もこれを生かす工夫をしていないと、最後になって慌てだすことになります。

 ですから諸君らにも、もしその日の予定が、その日のうちに果たせなかったら「自分の一生もまたかくの如し」と考えられるがよいでしょう。そこでまた我々は、死というものを、一生にただ一度だけのものと考えててはいけないと思うのです。
 それというのも実は、死は小刻みに、日々刻々と、我々に迫りつつあるからです。

 ですからまた、我々が夜寝るということは、つまり、日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。一日の終わりがあるということは、実は日々「これでもか、これでもか」と、死の覚悟が促されているわけです。

 しかるに凡人の悲しさには、お互いそうとも気づかないで、一生をうかうかと過ごしておいて、さて人生の晩年に至って、いかに歎き悲しんでみたところで、今さらどうしようもないのです。

 実際、今日という一日を、真に充実して生きるところに、やがてまた一生そのものを充実して生きる秘訣があるからです。
 一生などというと、諸君らはいかにも長いように思われるでしょうが、実際には人間の一生と言っても、結局は一日一日の移りゆきの外ないわけです。

 『修身教授録』   森 信三 著

さて、日に新たに、日々に新たに、また日に新たに、起床時は誕生だと思って、今日一日を過ごしていきたいと思います。

寝るときに一生を終えるということは、活動時期は成長期だということですね


   二葉鍼灸療院 田中良和

コメント (2)
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