梅雨の雨が亜熱帯の雨と化している日本列島です
蒸し暑い中ではありますが、皆様、お元気にお過ごしでしょうか
さて、先月に参加させていただきました、第72回(公社)全日本鍼灸学会学術大会(神戸大会)で学んだところを書き留めておきたいと思います。
シンポジウム4
「顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年度版からみる 鍼灸の現状と可能性」
羽藤 直人先生 愛媛大学医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科(医師)
森嶋 直人先生 豊橋市民病院リハビリテーションセンター(理学療法士)
粕谷 大智先生 新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸学科(鍼灸師)
臨床に活かす情報として学んで来たことを簡単に書いておきたいと思います。
顔面神経について少し説明
12対ある脳神経のうちの一対です。
働きとしては、①眼輪筋や口輪筋など顔の表情をつくる筋肉の調節、②音を調整している耳のアブミ骨筋の調節、③副交感神繊維が涙腺、鼻腺、顎下腺、舌下腺に分泌刺激をもたらす、④舌の前方3分の2の味覚を感じる、です。
末梢性顔面神経麻痺の話になります
顔面神経麻痺も中枢性と末梢性の2種類があり、今回は末梢性のお話になります。
脳幹(橋)にある顔面神経核の上に麻痺の原因がある場合を中枢性、原因がそれより下部にある場合を末梢性といいます。
《四つのタイプ》
Bell麻痺:全体の約70%が原因が特定できないこのタイプ。
HSVウイルスや血流障害、自己免疫病など原因は諸説ある。
加療によって約90%が改善。
約70%が自然に治り、予後は良好。
Ramsay-hunt症候群:全体の約20%がこれにあたる。
子どもの頃、罹患した帯状疱疹ウイルスの再活性化が原因。
再活性化の原因は特定は難しい。
顔面筋の麻痺症状の他に、耳周辺の帯状疱疹(発疹)や耳漏、口内炎や耳鳴り、めまいが伴うことがある。
約30%が自然に治り、予後はやや不良。
外傷性・手術化良性:頭蓋骨骨折や耳、顔面の手術後に発症。
早期発症の場合は予後が悪く手術を行う場合あり。
その他:先天性・内分泌性・代謝性疾患や顔面神経の走行上に腫瘍がある場合などに発症。
それぞれ疾患に対する治療を行う。
顔面神経麻痺 診療ガイドライン2023年度版に鍼灸が入った話
新たに作成された(前回は診療の手引きだったが、今回はガイドラインとして作成されたところに意味がある)、顔面神経麻痺 診療ガイドラインに鍼灸治療が「弱く推奨」と書き加えられました。
顔面神経麻痺は、年間約6万人(甲子園球場が満員状態)ほどの患者数。
7割は自然治癒する可能性はあるが、その他、3割は重症化したり、後遺症が残ったりします。
麻痺の後遺症(拘縮・病的共同運動など)は発症後約4ヶ月で出現します。
評価方法は、重症度判定は、柳原40点法で行い、Electroneurography(ENoG 電気生理学的検査)にて予後判定を行います。
ENoGは、発症後10日を過ぎた時点に実施することが予後の正しい判断に繋がります。
顔面の症状変化は柳原40点法で、後遺症の評価はSunnybrook法で、外国へ論文など提出する場合はHouse-Brackmann法を行います。
ENoG40%未満で、初診時の柳原40点法が10点以下の場合は長期フォローアップが必要となります。
顔面の感覚の改善などは、顔面神経麻痺版のFace scaleを用います。
重症度は、軽症:1~2週間で治り始め、1~2ヶ月で治癒 中等症:1ヶ月で治り始め、3~4ヶ月で治癒 重症:2ヶ月で治り始め、半年でかなり回復するが後遺症が残る です。
重症患者に関しては1年ほど状態をみます。
後遺症は、麻痺の残存が29%、拘縮が17%(発現時期 6~10ヶ月後)、病的共同運動が16%(4~12ヶ月後)、ワニの涙が2%(3~6ヶ月後)の割合で発症します。その他、痙攣(4~10ヶ月後)なども発症します。
治療は、麻痺発症後、3日以内にステロイド剤や抗ウイルス剤などを投与します。この超早期に処置することが麻痺の治り方や後遺症発症などに重要ポイントです。
まずステロイド剤や抗ウイルス剤(ラムゼイ・ハント症候群の場合)を投与します(ハント症候群の抗ウイルス剤投与は、ガイドラインでも強く推奨)。
後遺症の軽減について、まだ評価はできていませんが、ストレッチやマッサージなどのリハビリは早期に実施することが大切です(リハビリは、鍼灸同様で弱く推奨)。
麻痺発症後、2ヶ月以内でリハビリを開始した群と4ヶ月以降にリハビリを開始した群とを比較すると、早期開始した方が麻痺の期間が半減し、2ヶ月以内開始の病的共同運動予防率は70%で、4ヶ月以降は40%だったという報告もあります。
病的共同運動が始まってからは、バイオフィードバック法なども行います。
ストレッチやマッサージは後遺症が発症した後も継続します。
長期フォローアップしましたが改善しない、あるいは麻痺や後遺症が残存する場合は、ボツリヌス療法や形成外科手術で対応します。
迷入再生による病的共同運動などの後遺症軽減のため、徹底的な筋の伸長マッサージ・ストレッチを実施します。
開眼運動:上眼瞼挙筋を動かします。額にシワを寄せるのではなく、遠くを見つめ目を大きく開く運動(3秒開眼10回×3セット / 日)
麻痺している表情筋ストレッチ:皮膚を伸ばすのではなく、筋を伸ばすようにしてストレッチ(一日何度でも)
鍼灸治療は、急性期から回復期での、どの時期においても実施可能です。その場合、顔面神経麻痺について、現在、症状治癒や後遺症などで分っている知識を施術者が把握していることが大切です。
鍼治療を行う場合、気をつけることは粗大で、強力、対称的な随意運動(筋収縮)を伴う治療を行わないということです。特に急性期。
これは低周波鍼通電治療についても同様のことが言え、注意深く刺激の方法を考える必要があります。
鍼治療としては、顔面の麻痺している筋肉や神経の刺激を狙って顔面部経穴に対して5mm程度の軽い刺激の置鍼を行います。
また、肘から先、膝から先の経穴に関しては顔面の血流を促す目的で置鍼を併用する場合もあります。
※四肢の経穴では、海外の論文を中心に、肝経、胃経、大腸経、心経、心包経などの経穴が使用されてました。
※東京有明医療大学の健康な人を対象にした研究では、顔面と手足の鍼それぞれは顔面の血流を促すが、両方同時に鍼を行っても顔面の血流がより促進されることはありませんでした。どう考えればいいのかわかりませんが、体幹の経穴ではどうかなと考えます(この論文は、学会で紹介されたものではありません)。
シンポジウムの質疑応答など
顔面神経麻痺に対する鍼通電治療はほんとうに実行してはいけないのか?との質問
・顔面神経麻痺の鍼通電についての論文数やガイドライン評価される質の研究が少ないことがまずベースにある
・強い筋収縮を起こさない鍼通電なら可能かもしれない
・微弱電流の報告もあり、その程度の刺激なら大丈夫かもしれない
・鍼通電と表面電極はまったく違うもの
・早期で重症の人には通電は禁忌としたほうがよい(病的共同運動などを助長)
・病的共同運動が発現する時期に鍼通電を行うと状態が悪化する可能性がある
・ワーラー変性が存在した場合は通常の鍼通電は効果が無いと思われる
側頭骨内に直接通電が可能であれば効果があるかもしれない
※ワーラー変性;末梢神経の切断などで軸索が腫大して、その後、萎縮することにより断片化していく現象
極早期に鍼通電を行うことはどうか?との質問
・極早期に行うことが効果的かどうかは分らない
・病期や麻痺の重症度で治療を変えていく必要があり、今後の課題でもある
・今後、病期や重症度で鍼治療方法も変えていく必要があるかもしれない
・鍼通電の臨床効果があるのであれば、多くの症例(論文)が出ることで評価は変わる
二つの質問を聞いて、患者さんの病期や重症度(発症時や医療機関初診時)を把握することと、鍼通電を行う場合は、病的共同運動などを考慮して、明確な目的がある場合を除いて鍼通電治療は慎重に行った方が良いなと感じました。
顔面神経麻痺(特に割合が高い、ベル麻痺・ハント症候群)の6割~7割が自然治癒していくが、その他、2割~3割が麻痺が残り、後遺症が残る現状があり、ここの割合を少しでも減少させていくことが課題です。
鍼灸治療が、ここの部分に貢献できるのあれば日本顔面神経学会としても患者のために是非、協力していきたいという話がありました。
その上で、日本顔面麻痺学会に入会していただき、「認定顔面神経麻痺リハビリテーション指導士認定制度」を受講して一緒にやっていければと制度の説明もありました。この制度の受講資格は、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師、はり師、きゅう師のいずれかの国家資格を持つ人が対象となります。
また、顔面神経麻痺の患者さんの鍼灸治療を行う際は、患者さんの麻痺の状況を正確に把握するためにも耳鼻科との連携は必ず行って欲しいとの話もあり、それは患者さんが病期に応じた適切な医療を受けるためにも最重要であると思いました。
顔面神経麻痺診療ガイドライン2023の中に鍼灸が入るには、多くの研究集積、論文が検討されより安全で効果的な治療方法が選出されます。
その先人や現在も研究いただき論文を出していただいている皆様に感謝でございます。
そして、より患者さんのためになる情報を取入れ、自身の臨床に活かしていくためには、洋の東西の幅広い医療や医学を学びことができる鍼灸専門の学術団体に所属し、最新の情報を取入れることが患者さんの笑顔に結びつくのだと、改めに勉強させていただきました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます