今日は、江戸六地蔵・眞性寺での法話会でした。パチパチ!
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「ピチピチのお坊さんのお話、いかあっすか~」
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と、表通りでいくらお誘いしても、ほとんどの方は通り過ぎるだけです。これが「現実」です。
それでいて
「最近のお坊さんは法話とかしないよな」
「意味の分からないお経をとなえたり、戒名を一方的に押し付けるばかり、、、、」
などと言われてしまいます。
円東寺では毎月、写経会もお寺ヨーガ(いわゆる座禅会)もしておりますが、相変わらず
「そんなん知らないよ。あんたの宣伝の仕方が悪いんじゃない?」
と言われます。まあ、実際に、お金のかかる広告をうってないのでその通りなのですが。
かように私たちは、「仏教」に出合うことは難しいのです。
そして、出合ってもそれを自らの宗の教えとするのはさらに難しい、、、、、
それでも地道にがむばりまーっしゅ。
【開経偈】
無上甚深微妙の法は
百千万劫にも遭い遇うこと難し
我今見聞し受持することを得たり
願わくは 如来真実の義を解したてまつらんことを
意訳:
真実の教えに出合うことは、大変に得難いことであるが、私は今、出合った!
この好機に、み仏の真実の智慧が理解できますことを願います
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