昨日今日と、雑事やご法事の合間を縫って、年賀状をとりあえず4分の3ほど書きました。パチパチ!
残りは、昔の同級生や現在様々な活動を共にしている謂わば戦友のような方たちで、恐らく元旦には間に合いませんが、親しき仲かつ礼儀がいらない間柄という事でご勘弁を…
高校時代や大学時代の友人たちの宛名を書きながら、あの頃のことをしみじみと思い出します。今年は母校ラグビー部が花園に行ったりして大いに盛り上がりました(粘りながらも一回戦で負けてしまいましたが…)。誘われたけど、応援にはご法事もあり行けなかったので、寄付金送付という形で後援をしました。何かと俎上にのぼるお寺への寄付もそういう、突き動かされるような気持ちでできたら、みんながハッピーなのになーとしみじみ思いました。
菩提寺に対し、マイテンプルという意識が無いのだから仕方がないのでしょう。お寺が住職、あるいはその家族の所有物になってしまっていたら、そりゃあ寄付する気なんかおきませんよね。
その地区の鎮守の社や地域の聖域を通り過ぎて、みんなパワースポットめぐりに熱心です。以前も書きましたが、残念ながら遠くまで初詣に行くのは鉄道会社がご商売で始めたものです。そして夜中に行うものも本義ではありません。
夜になってから家を出て、深夜0時に「明けましておめでとうございます」と夜が明けてもないのに言い、疲れた疲れたといいつつ朝方家に帰り、午後まで寝ている。三が日に家にいてもつまらないと言って車でショッピングモールに出掛ける、、、、、こんな日本に誰がした!?
大晦日の夜はきちんと寝て、元旦に早く起きて、新年を寿ぎ、家長からお年玉をいただく。お屠蘇をいただいておせちを食べてから、氏神様と菩提寺に新年の挨拶に行く。
元旦を一年の計とするためには、とりあえずお寺や神社から始めないといけない、としみじみ思っています。
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