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ブログ版 シュプリッターエコー

ホームランの悲しみ―金本選手の品格

2009-07-29 00:15:00 | 阪神タイガース
 阪神対横浜戦の甲子園球場です。
 マウンド上には46歳の工藤投手がいました。
 球史に残る大投手ですが、やはりもう限界でしょうか、今シーズンは勝てません。
 おそらく今年が現役最後の年だろうと見られています。

 バッターボックスには41歳の金本選手がいました。
 不振のタイガース打線を独りで支えてきた大打者ですが、ヒザのケガの後遺症で守備にミスが出るようになりました。
 5年後にまだこの雄姿が見られるか、少しかげりが差し出しました。

 それでも工藤投手はいぜん140キロ中盤の速球を投げます。
 金本選手にその速球で勝負をかけます。

 カキーンと快音が球場に響きました。
 センターが必死で背走しています。
 白球はその頭上を越えて、観衆の中に消えました。
 スリーラン・ホームランです。

 一塁まで全速力で疾走して、そこでスタンド・インを確認した金本選手はスピードを少しゆるめてダイヤモンドを回り始めました。
 しかしいつもより足早の一周でした。
 顔に笑みはありません。
 若い選手なら一・二塁間あたりで片腕などを突き上げて、勝者の姿を誇示するところでしょうが、金本選手はほとんど無表情で、こころもち目を伏せて、見方によっては少し悲しげでさえありました。
 何も語らないそのカタい表情は、ベンチ前で喜びの選手たちに迎えられても、まったく変わりませんでした。

 七回裏の一瞬の出来事です。

 金本選手の心の中には、去っていく大投手への敬意の気もちがあったのでしょうか。
 惜別の気もちがあったのでしょうか。

 でも、どちらともちょっと違うような雰囲気でした。

 はっきりと見えたのは品格です。
 ともに渾身(こんしん)の力を傾けてプロ野球に人生をかけてきたもの同士が、ひょっとしたら最後になるかもしれないその戦いの現場で対戦するとき、そのときにはこういうふうに振る舞わねばならない、という作法です。

 打つべき球が来たときには、それを全力で打ち返すのが、大投手と大打者の作法です。
 そして結果が決まったあかつきには、勝者が敗者の心のうちを、そのような顔をいっさい見せずに推し量るのも、大選手同士の作法です。
 黙ったまま、深い心が深い心を見つめます。

 品格とは、その作法の輝きです。
 すべては沈黙のなかで…。

                       ◇
 今夜の阪神―横浜戦は、新井選手と金本選手のアベック3ラン本塁打が効いて。8-0で完勝しました。

 前夜の金本選手の大エラーで、阪神ナインがかえって呪縛(じゅばく)から解かれたようです。
 神のように完璧な選手で、誠実で、努力家で、ナイン全員がじぶんもあのようにならねばとガチガチにじぶんを縛っていたそのお手本の大選手が、試合が始まったとたんにいきなり新人選手でもやらないような大チョンボをして、それで、なんだか、みんなの肩の荷がおりたのです。

 もしこれから本来の阪神らしい本格的な進撃が始まるとしたら、だれも想像しなかったことですが、大選手の失敗がその転機として振り返られることになるでしょう。
 この、不可思議な、人間世界!