ぼくんところでは、クロ、って、そう呼んでたんですが。
黒光りするくらい、真っ黒な毛のネコでしたから。
いわゆるノラネコ(野良猫)で。
でも、ノラネコだっていうと、家内が怒るんです。
近年は、ソトネコ(外猫)、っていうんだそうです。
それが、ネコを愛する人間のマナー、だって。
でも、そのクロとここ一カ月ばかり会ってなかったんですよ。
めすネコで、たぶんこのかいわいの半径500メートルくらいを自分のテリトリーにしてました。
うちのマンションでは裏口の階段のところがお気に入りで、よく日なたぼっこをしてたんです。
いつもマイペースで、ですからぼくらにはちょっとブ愛想でもあるんですが、それでもなでてやると、黙ってなでられるがままになっていた。
家内とはもう仲間どうしの付き合いで、顔を合わせると、ニャーン、とあいさつするし、いそいそとやってきて、すりよってもいましたが。
それが姿を見せなくなった。
さすがに気になっていたんです。
そしたら、三日ほど前のこと。
家内が坂を下った途中の同じようにネコ好きの奥さんから聞いてきたというんです。
少し前に死んだ、って。
ガンだったらしいんです。
弱っているのを見て、獣医さんところへ連れていったひとがいるんですが、おなかの腫瘍がねえ、どうにもならないくらい大きくなって、もうそっとしておいてやるほかなかったらしいんです。
弱りながらもしばらくは以前と同じように静かに、マイペースで生きていて、ある朝、ひっそりと息を引き取っていたというんです。
ソトネコとして近所に現われたのは、もう10年以上も前だったと思います。
最初は赤いきれいなリボンを首につけていましたから、ああ、ごく最近まで飼い猫だったんだと思いましたが、しかし、捨てられたことにあわてるでもなく、クロのことに気づいたときには、もう悠々とひとりで生きていました。
リボンはまもなくすり切れてしまいましたが、けれどいつも不思議なくらい身ぎれいで。
冬の寒い日などは、マンションの玄関口で待ってましてね(オートロックなものですから)。
住人が帰ってくると、いっしょについて入ってきて、廊下のそこここで寒さをしのいで、また外へ帰っていくんです。
マンションの住人もたいがいが知り合いで、とても静かなネコですから、するがままにさせておく。
もう近所のひとりのようでした。
自由は野山に戸を立てず、といいますが、むしろか近所でいちばん自由に、しかも愛されながら生きていたと思います。
それがひっそりと死んじゃった。
それで、こんど初めて知ったんですが、クロはもともと坂の上のほうのマンションで飼われていて、しかしそのマンションのひとが転居するときに、ほうっていかれたらしいんです。
さびしい目にあっていたわけですが、そんな影はぜんぜんなかった。
最後まで悠然と生きたネコでした。
いいとこへ行きよ。
ぼくは誠実な仏教徒なんかではまったくないけど、でもこれはぼくに残っている誠実さのすべて(ごく小さなものでしょうけど…)をかけて、祈ります。
黒光りするくらい、真っ黒な毛のネコでしたから。
いわゆるノラネコ(野良猫)で。
でも、ノラネコだっていうと、家内が怒るんです。
近年は、ソトネコ(外猫)、っていうんだそうです。
それが、ネコを愛する人間のマナー、だって。
でも、そのクロとここ一カ月ばかり会ってなかったんですよ。
めすネコで、たぶんこのかいわいの半径500メートルくらいを自分のテリトリーにしてました。
うちのマンションでは裏口の階段のところがお気に入りで、よく日なたぼっこをしてたんです。
いつもマイペースで、ですからぼくらにはちょっとブ愛想でもあるんですが、それでもなでてやると、黙ってなでられるがままになっていた。
家内とはもう仲間どうしの付き合いで、顔を合わせると、ニャーン、とあいさつするし、いそいそとやってきて、すりよってもいましたが。
それが姿を見せなくなった。
さすがに気になっていたんです。
そしたら、三日ほど前のこと。
家内が坂を下った途中の同じようにネコ好きの奥さんから聞いてきたというんです。
少し前に死んだ、って。
ガンだったらしいんです。
弱っているのを見て、獣医さんところへ連れていったひとがいるんですが、おなかの腫瘍がねえ、どうにもならないくらい大きくなって、もうそっとしておいてやるほかなかったらしいんです。
弱りながらもしばらくは以前と同じように静かに、マイペースで生きていて、ある朝、ひっそりと息を引き取っていたというんです。
ソトネコとして近所に現われたのは、もう10年以上も前だったと思います。
最初は赤いきれいなリボンを首につけていましたから、ああ、ごく最近まで飼い猫だったんだと思いましたが、しかし、捨てられたことにあわてるでもなく、クロのことに気づいたときには、もう悠々とひとりで生きていました。
リボンはまもなくすり切れてしまいましたが、けれどいつも不思議なくらい身ぎれいで。
冬の寒い日などは、マンションの玄関口で待ってましてね(オートロックなものですから)。
住人が帰ってくると、いっしょについて入ってきて、廊下のそこここで寒さをしのいで、また外へ帰っていくんです。
マンションの住人もたいがいが知り合いで、とても静かなネコですから、するがままにさせておく。
もう近所のひとりのようでした。
自由は野山に戸を立てず、といいますが、むしろか近所でいちばん自由に、しかも愛されながら生きていたと思います。
それがひっそりと死んじゃった。
それで、こんど初めて知ったんですが、クロはもともと坂の上のほうのマンションで飼われていて、しかしそのマンションのひとが転居するときに、ほうっていかれたらしいんです。
さびしい目にあっていたわけですが、そんな影はぜんぜんなかった。
最後まで悠然と生きたネコでした。
いいとこへ行きよ。
ぼくは誠実な仏教徒なんかではまったくないけど、でもこれはぼくに残っている誠実さのすべて(ごく小さなものでしょうけど…)をかけて、祈ります。