坂本昌昭さんのひとり芝居「マサーキ」を神戸・新開地のアートビレッジセンターへ見にいってきました。
坂本さんはデイリー・スポーツの記者をしてきました。
来年春に65歳で定年を迎えます。
芝居が好きで、退職記念に自作・自演の舞台をやってのけたのです。
ちょっと変わり者の記者でした。
坂本さんと阪神タイガースのことをしゃべった記憶はありません。
ひょっとしたらプロ野球のことはあまり興味がないかもしれないな、とそんな直感があったのです。
ぼくが仲良くしていた読売新聞の記者は、根っからのタイガース・ファンで、ジャイアンツが勝つと冷笑を浮かべていたひとでしたから、むろんデイリー・スポーツの記者であって、アンチ・虎の記者がいても、いっこうにかまわないわけです。
その代わり、いろんなジャンルのひとに果敢なインタビューを敢行して、そのひとの骨のズイに迫るような大記事で一面をすっかり埋めていました。
ひとり芝居「マサーキ」は少年時代からこれまでの半生を振り返る構成になっていました。
坂本さんの故郷の田舎での、どこといって目立ったところのないひとびとの、けれど奥の深い生き方が、熱い心で演じられました。
土性骨のすわったひとびとの群像がほうふつとする舞台でした。
最後は昔の神戸で市民みんなに慕われた「港祭り」の歌と踊りで幕になりました。
今の神戸まつりというのは、ただただカラ騒ぎにしかすぎませんが、「港祭り」というのは、港湾都市の光の面と影の面の両面をともなって、現在も市民の心の底に生きています。
坂本さんの心の芝居に実にふさわしいフィナーレでした。
こういうひとがまだ神戸にいるのです。
坂本さんはデイリー・スポーツの記者をしてきました。
来年春に65歳で定年を迎えます。
芝居が好きで、退職記念に自作・自演の舞台をやってのけたのです。
ちょっと変わり者の記者でした。
坂本さんと阪神タイガースのことをしゃべった記憶はありません。
ひょっとしたらプロ野球のことはあまり興味がないかもしれないな、とそんな直感があったのです。
ぼくが仲良くしていた読売新聞の記者は、根っからのタイガース・ファンで、ジャイアンツが勝つと冷笑を浮かべていたひとでしたから、むろんデイリー・スポーツの記者であって、アンチ・虎の記者がいても、いっこうにかまわないわけです。
その代わり、いろんなジャンルのひとに果敢なインタビューを敢行して、そのひとの骨のズイに迫るような大記事で一面をすっかり埋めていました。
ひとり芝居「マサーキ」は少年時代からこれまでの半生を振り返る構成になっていました。
坂本さんの故郷の田舎での、どこといって目立ったところのないひとびとの、けれど奥の深い生き方が、熱い心で演じられました。
土性骨のすわったひとびとの群像がほうふつとする舞台でした。
最後は昔の神戸で市民みんなに慕われた「港祭り」の歌と踊りで幕になりました。
今の神戸まつりというのは、ただただカラ騒ぎにしかすぎませんが、「港祭り」というのは、港湾都市の光の面と影の面の両面をともなって、現在も市民の心の底に生きています。
坂本さんの心の芝居に実にふさわしいフィナーレでした。
こういうひとがまだ神戸にいるのです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます