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フルトヴェングラーの「ベト5」 1947年5月27日のフルトヴェングラー復帰コンサート

2017-11-13 20:36:48 | クラシック音楽
フルトヴェングラーのベト5

ベートーベンの「運命」といえば多分世界で最も有名な音楽に違いない
みんな小学校の音楽室で聞かされたであろう、例の「♪ジャジャジャジャーン」である
しかしフルヴェンの「♪ジャジャジャジャーン」はそれ以外の人の「♪ジャジャジャジャーン」とは全然違う。アベシンゾー的言い方をするなら「異次元の♪ジャジャジャジャーン」だ。

2017年は買ったCDのほとんどがクラシックで、とりわけフルトヴェングラーにはまりまくった1年でした。
フルトヴェングラーは1930年代から50年代にかけて活躍したドイツの指揮者です。

「真の創造者はひたすら直接に、もっぱら生きた人間に向かって語りかける。これがバッハの音楽であり、モーツァルト、ベートーヴェン、そして現在にいたるすべての偉大な作曲家たちの音楽であったのだ。」
ヴイルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)

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例えば黒澤明が、「赤ひげ」の撮影中その日その日の撮影前にフルトヴェングラー指揮のベートーベン第九をスタッフキャストに聴かせて(多分「バイロイトの第九」)、いいかい、この映画は見終わった後に自然と第九が響いてくるような映画にならなきゃダメなんだ。言っとくけどただの第九じゃないよ。フルトヴェングラーの第九じゃなきゃダメなんだ。
・・・と言ってたそうです。それで毎日60分くらいあるあの曲を聞かされてたのならとんだ迷惑だなーとか、それだけ言っておきながらエンドクレジットでブラームス第1番そっくりの曲かけるのって一体何なの?とか突っ込みどころはたくさんあるのだけど、要は黒澤明にしてそれほどのことを言わせるフルトヴェングラーはすごいということです。

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一番新しい録音でも50年代で、ステレオ録音は一個もないし、技術的な問題で音質もノイジーで酷いものだけど、そんなことが小さな問題としか思えないくらい、何を聞いてもフルトヴェングラーの演奏は圧倒的なのです。日本のクラシックファンは親しみを込めてフルヴェンと呼びます。

フルトヴェングラーはベルリンフィルの首席指揮者として、ドイツの音楽界に君臨しました。50年代末にアメリカツアー直前に急死して、ベルリンフィルの首席指揮者はカラヤンに変わります。
フルトヴェングラーはカラヤンのことはめちゃめちゃ嫌っていたらしい。カラヤンという名前を呼ぶのも嫌で、彼を話の中に出す際には「K」(ドイツ語だからカー)と呼ぶほどだったらしい。
カラヤンはと言えばフルトヴェングラーを普通に偉大な芸術家として認めていたらしく、パーティで演奏のためのアドバイスを求めることもあったといいます。

なんかこう書くと、フルトヴェングラーが大人気ない奴のように感じられるかもしれませんが、フルトヴェングラーは激情家であり、冷徹なカラヤンとはタイプがちがいます。
そしてカラヤンがその後ベルリンフィルで独裁者のごとく君臨し、フルトヴェングラー色の強い演奏家たちをゆっくり時間をかけて自分のスタイルに改宗させていったことを思うと、カラヤンに徳川家康的な性格を感じることもでき、そうした計算高さをフルトヴェングラーは嫌ったのかもしれません。
ナチスに反発し批判し芸術を守るために戦ったフルトヴェングラーと、若気の至りとはいえナチスに仮入党手続きまでして利用できるものは何でも使うかのようなカラヤンというのも対照的です。

フルトヴェングラーを考えるとき、彼の背負った時代の不幸をスルーできません。
全盛期は1930年代以降、ということは、ナチスによる独裁期間の真っただ中でした。
同時期のイタリアの名指揮者トスカニーニはムッソリーニが実権を握ると、イタリアに見切りをつけてアメリカへと亡命します。
トスカニーニは、フルトヴェングラーを批判します。ドイツに残り、あたかもナチスのために演奏するかのような彼を。
しかしフルトヴェングラーは政治や思想を理由に音楽に制限をかけるナチスを激しく嫌悪し、しばしばナチスを批判し、ナチスへの協力を色々と理由をつけて断ってきましたユダヤ系音楽家の国外脱出を助けたとも言われています。

フルトヴェングラーはトスカニーニのように危険な国から逃げ出さず、ナチスという獰猛な野獣からドイツの音楽を守るために残って闘い続けたのでした。

とはいえ、フルトヴェングラーにも自己過信とナチスを甘く見ていた面があったのは否めません。
私くらいの実力者であればナチスにやすやすと利用はされまい・・・と、そんな風に考えていた節もあります。
実際のナチスは彼が思うよりはるかに狡猾で、フルトヴェングラーはまんまとナチスに利用されたのでした。

フルトヴェングラーの演奏会が決まると宣伝省ゲッペルスは、会場前方の客席を買占めそこにナチス高官をズラリ並べました。
ハーゲンクロイツを飾り付けた会場で、演奏前後にフルトヴェングラーが客席に一礼する際には、あたかもヒトラーらナチス重鎮に対して一礼しているように見える位置にカメラマンを配置して写真を撮らせました。
またフルトヴェングラーが色々と理由を付けて断っていたヒトラー誕生日記念演奏会も、ゲッペルスがあらゆる政治的圧力でフルトヴェングラーの他の予定を潰して引き受けざるを得ない状況を作りました。
結果としてナチスの思惑通りフルトヴェングラーはドイツ民族とドイツ文化の偉大さを世界に発信するナチズムの広告塔のような役割をになってしまったのです。

だがフルトヴェングラーはナチスの言いなりにはなりませんでした。世界一の名指揮者として利用価値が高かったのでナチスは彼の反ナチス的な言動を黙認していました。
しかし1945年2月、すでに敗色濃厚だったころのドイツで、かねてからフルトヴェングラーを疎ましく思っていた親衛隊のヒムラーはついにフルトヴェングラーの逮捕命令を出します。ちょうどそのころオーストリアで演奏中だったフルトヴェングラーは危険を察知し、間一髪でスイスに亡命します。
この時もしフルトヴェングラーが逮捕されていたら、戦後に彼が残した数々の名演は聞けなかったかもしれません。

そしてナチスは滅び戦争が終わります。フルトヴェングラーはドイツに戻りますが、今度は彼はドイツを占領する連合軍によって音楽活動を封じられます。
連合国はナチスの残党や協力者を徹底的に探し出し罰しようとしていました。ナチスの広告塔のごときフルトヴェングラーにナチス協力者の疑いがかけられたのも当然といえば当然でした。
ちなみにソ連はフルトヴェングラーを早く復活させたかったらしいです。想像ですがソ連がフルトヴェングラーの名誉回復を望んだ背景には、ベルリンに進撃した際に大量に接収したフルトヴェングラーの録音を売りたかったというのもあるかもしれませんね。
しかしアメリカはじめ西側連合国は慎重に調査し彼に演奏活動を許しませんでした。しかしベルリンフィルの団員やフルトヴェングラーに命を救われた音楽家たちの証言でフルトヴェングラーのナチス協力の嫌疑は晴れ、彼はついに復帰を果たすのです。

そして1947年5月25日。ドイツ中が、いや世界の音楽ファンが待ちに待った歴史的フルトヴェングラーの復帰コンサートが行われます。

今回紹介するアルバムは、その復帰コンサートで演奏されたベートーベン第5番通称「運命」です。
私が買ったのは5月27日版。つまり演奏会3日目のもので、厳密な意味での復帰コンサートではありません。
復帰コンサートで録音が残っているのは初日と3日目ですが、初日はソビエトの施設で、ソビエトの技師によって録音されたもので、技術面の問題で音質が非常に悪いのだといいます。
その点3日目は西側の技師が録音したもので音質がよく、3日目ともなってフルトヴェングラーもベルリンフィルも乗ってきて演奏も素晴らしいとのこと。
いや、このへんネット情報なので、私自身が初日版と聞き比べたわけじゃありませんけど

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てな訳でようやくフルトヴェングラーの「運命」の話になります。
ライブ録音の臨場感が伝わってくる名盤が、復帰コンサート3日目のこれです。
2回目の「♪ジャジャジャジャーン」の時に木管が出トチリしていて可笑しいですが、そんな失敗も含めてライブ録音の緊迫感が伝わってくます。
フルトヴェングラーが譜面をめくる音も、リズムを取るために指揮台をキックする音も聞こえてきます
そして何よりも一音一音噛みしめるように鳴る第一楽章の迫力といい、早くなったり遅くなったり、生き物のように、というより心を持った人間のような、感情の荒波感といい、この「運命」を聴いたら他の人の「運命」には戻れません。
そうなんですね。ベートーベンって感情の音楽なんです。
第四楽章は、もしベートーベンが第9を完成させずに死んでいたら、ベートーベンの「歓喜」といえばこちらのことを指したであろう、そんな喜びの音楽です。
第九といえばフルトヴェングラー指揮の第九の第4楽章は「超速歓喜」とか「爆速歓喜」とか呼ばれるくらいノリッノリッの猛スピードから急ブレーキへのふり幅が激しい演奏なのですが、ベト5の歓喜もそんな第9を髣髴とさせるような爆速っぷりを見せます。
のってるのってるのってるーーーっと聞いてるだけで楽しくなるような、平和が訪れ演奏禁止から解かれたフルヴェンとベルリンフィルの歓喜が、伝わってくるような、史上最強の「運命」。
今さら「運命」に感動するなんて思いませんでしたよ。フルヴェンほんとすげーっす!!

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