
「水が張られた田んぼ風景を見たい!」と思い立ち、田舎道に向かった街なか育ちの
夫婦。途中で偶然に散策ルート案内の立て看板を見つけたので、そのルートを歩くこと
にしました。二人の希望通りの田園風景が広がる中、元気よく出発です。
夫:水が張られただけで、まだ苗が植えられていない田んぼは鏡のようだね。青空と雲
がきれいに映り込んでいるよ。あ~、気持ちがいいな~。
妻:こういう景色を見ると、何故か懐かしく感じるのよね。おっと、ここからはあぜ道だか
ら、足元もしっかり見ながら歩かなきゃいけないわよ。
夫:もうルートの3分の2ほど歩いたのかな。ここらあたりの水田は、そばを流れている
川の水を引いているんだね。さっきの橋の名前は住民たちの豊作への願いが込
められているようで、このあたりにピッタリだ。
妻:あら、あれは何かしら?高い所に、あぜ道を横断するパイプが通ってるわ。田んぼに
何かを供給するみたいだけど、何なのかしら。分かる?
夫:水なら、あんな高いところから落とさないよね。あれでは滝つぼができて田んぼを痛
めるよ。あの場所から肥料を落とすとなると、風がある日には周りに飛散するから、
肥料でもないな。でも、パイプは鉄の支柱でしっかりと支えられているから、恒久的
なものであることは間違いないよ。何だろう?アッ、そうだ!これ「ナニコレ珍百景」
に投稿してみようか。おそらく、既に投稿されているとは思うけど、僕も投稿なるもの
に初挑戦してみるよ。
帰宅した夫は早速パソコンに向かい、ナニコレ珍百景のホームページに現場の写真を
投稿しました。そして約一週間後、一本の電話が掛かってきたのです。
テレビ局:ナニコレ珍百景へのご投稿、ありがとうございました。早速ですが、現地でお
会いしてお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか。
夫:取り上げていただいてありがとうございます。それでは現地でお待ちしています。
こうして翌日、テレビ局の方と現地で会うことになりました。あの景色を投稿した人は他
にいなかったようです。当日、やって来たテレビ局の人は運転手さんを含めて3名でし
た。現地を見た担当者は「なるほど、なるほど」と頷きながら、撮影カメラを車から取り出
しました。そして、アシスタントが対象物の持ち主に会い、撮影と放映の許可をもらって
来る間、私たちと撮影の打ち合わせが始まりました。
担当者:私が「お早うございます」と言ったら「お早うございます」と答えてください。
そして、対象物を発見した時のことをお話ください。
夫:はい、わかりました。即、撮影とは思わなかったからビックリですよ。
妻:私が口を出しても大丈夫ですか?
担当者:もちろん歓迎です。ご協力よろしくお願いします。
こうして、投稿者夫婦の立ち位置が決まり、まさに撮影が始まろうとした時でした。
アシスタントが戻ってきて、「写すのは良いが、放映はダメだ」と言われたことを私たち
に伝えたのです。こうして、「ナニコレ珍百景」への挑戦は撮影準備の段階で、あえな
く撃沈してしまいました。
担当者:こういうことは、よくあるのです。今回は残念でしたが、またの投稿を期待してい
ます。こうして私たちが撮影に来るのは、投稿数の80分の1ぐらいですよ。
そして放映するに至るまでには、さらに候補は減っていくのです。
夫:放映されている珍百景は、かなり高いハードルを超えているのですね。今回のこと
で、投稿するには、投稿者自身があらかじめ配慮すべき点がいくつかあることが
わかりました。また挑戦したいと思います。
アシス:ちょっと耳にしたのですが、あのパイプは脱穀時に出るもみ殻を田んぼに送り
込んで、土作りの肥料としているらしいですよ。正解かどうかはわかりません
がね。
妻:ああ、そういうことかもしれませんね。私たちは農業の事を知らないので、これが何
なのか解らず、ここ数日、おおいに盛り上がりましたから、十分満足ですよ。
でも、テレビ局の皆さまには無駄足を踏ませてしまい、申し訳ありませんでした。
担当者:そのお心遣いは無用です。これが私たちの仕事ですから。これは番組の記念
ボールペンです。どうぞ、お受け取り下さい。今回は投稿を、ありがとうござい
ました。
こうして夫の手の平に数本の「ナニコレ珍百景」記念ボールペンを残して、テレビ局の車
は立ち去ったのです。思いがけない出来事で、再びこの場所に来ることができた夫婦
は、あのウォーキングルートをゆっくりと辿り始めました。
なぜゆっくり?ですか。だって、次なる投稿ネタを探すには、当然、あちらキョロキョロ、
こちらキョロキョロ・・・でしょ。