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街中に住む老夫婦が「秘境・ローカル線の旅」という記事の中に、「運が良ければ非日常
の体験ができます」という文字が、片隅に小さく記載されているのを見つけました。
夫: 最近はローカル線を使った旅番組が増えているね。これもローカル線ブームに乗った
企画だろうな。能登半島のランプの宿を思い出すよ。この場所は聞いたことがない
けど、どんなところだろう。この温泉の写真は雰囲気があって魅力的だね。
妻: 私はローカル線の旅の番組が好きよ。タレントさんになったつもりで、旅をしたいと
思っているの。ここは私も初めて知ったところだから面白そうね。
こうして二人はJR線を乗り継いで、記事に書かれたローカル線の体験旅に出かけました。
秘境の地に向かうローカル線の始発駅には、ドアが異常に大きなワンマン運転の一両編成の
車両がプラットホームに到着していました。
♪カエルの歌が聞こえてくるよ。クヮ クヮ クヮ クヮ ケケケケ ケケケケ クヮ クヮ クヮ♪
夫: ホームの出発合図がカエルの歌とは面白いね。思わずクスッと笑ってしまったな。
妻: それにしてもこの車両はなんか変ね。座席がとても少ないし、それに車内には柵がある
わ。それなのに他のお客さんはこんな車両が当然のようにお弁当を食べている。誰も
この変な車内の様子に関心を示さないのが不思議だわ。
夫: リピーターだろうね。彼らがいるということは、この旅が期待できるという証だよ。
妻: それならいいんだけど・・・。今、聞こえた?モーって牛の声が聞こえたわ。
夫: おい、驚いた。牛が乗り込んできたぞ。牛が電車に乗り込むなんて信じられないよ。
妻: それだけじゃないわ。人が手綱を引いていない。自分で乗り込んでいるのよ。あら、
又、一頭が乗り込んできたわ。当然のように柵に入ったわ。あの柵は牛の座席なのね。
モー、超ビックリ。
夫: 他の乗客は全く動じないな。このローカル線ではこれが日常のようだね。あり得ないと
思う自分たちの方が変なのかな~?
とにもかくにも、ローカル線は始発駅を出発しました。二人はかなりゆっくりと走るローカ
ル線の座席に腰掛けながらも落ち着きません。乗り込んだ牛たちが人間のようにおしゃべり
をしているように見えるし、スローな電車の速度も気にかかります。他の乗客はおしゃべり
に夢中です。ついに夫が腰を上げ事情を聞くために運転席に向かいました。
夫: 大、大変だ。サ、猿、大きな猿が運転している。こんなことがあるのか?
妻: 嘘でしょう。猿がこんな大きな電車を運転できる分けがないじゃない。遊園地の電車
じゃないのよ。エッ、本当に本当なの。キャー、怖い。早く降りましょう。
夫: ちょっと待って。もうすぐ駅に着く。今、到着のアナウンスが流れた。
まもなく、電車はローカルな無人駅に到着しました。牛たちが当然のように悠然と車内から
降りていきます。二人も慌ててホームに飛び出しましたが、そこで二人が見た光景は信じら
れないものでした。ホームから見える広大な田んぼに多くの牛たちが横一列に整然と並んで
ゆっくりと前に進んでいます。牛たちの背中には土起こしが付けられていて、どう見ても畑
を耕しているようにしか見えません。でも田んぼには全く人間の姿がありません。
夫: なんだこりゃ。牛たちは自分たちが食べる稲を耕しているのだろうか?どう見ても本
物の牛だ、ロボットの牛には見えないな。今、降りた牛たちもあそこで働くために降
りたみたいだぞ。この光景は信じられないよ。
妻: 人が全くいないし、こんな駅では降りられないわ。次の駅まで我慢して電車で向かいま
しょう。
二人は急いで車内に戻り座席に腰掛けると、一頭のヤギが乗り込んできました。背中には振
り分け荷物のようにお腹の両脇に、お土産やお弁当の入った袋をぶら下げています。ヤギは
二人の目の前を通りました。声も出せずに唖然と見ていると、おしゃべりに夢中だった乗客
がヤギの袋からお土産品を取り出して、代わりに何かをヤギの口の中に入れました。ヤギは
おいしそうに食べ終わるとゆっくりと車内から出ていきました。
夫: 見たか?ヤギの車内販売のようだ。あの乗客たちは全く自然で驚いていないね。
妻: 何がどうなっているの?見て、又、牛が二頭入ってきた。二頭ともタオルを頭に載せて
いる。まるで仕事が終わって温泉にでも行くみたいね。おっと、電車が動いたわ。
二人は不思議な車内空間の様子が気になりながらも、少し落ち着きを取り戻して車窓の眺めに
目を移しました。ローカル線はゆっくりと渓谷を渡り、森林を通り抜け終点の秘境駅に到着し
ました。乗っていた牛も乗客も何事もなかったようにホームに降りていきます。
夫: 猿の運転なんて生きた心地がしなかったけど無事に到着してホッとしたよ。
妻: 見て、運転手さんが出てきたけど人間よ。猿じゃないわ。びっくりさせないでよ。怖が
って損したわ。
夫: そ、そんな馬鹿な。何回も確認したんだ。絶対に猿だったんだ。
妻: 見て、予約しておいた温泉の方が車の前で旗を振っているわ。まともな人間の姿を見て
安心したわよ。
夫: この旅では「運が良ければ非日常が体験できる」と書かれていたけど、それを体験した
のかもしれないな。
妻: 猿が運転しているなんて怖がらせるし、牛やヤギが乗り込んでくるし、私は夢でも見て
いたようだわ。まだ、ボーッとした気分が抜けないわ。
夫: 僕も出迎えの温泉の人を見て、やっと日常の世界に戻れた気分だよ。こんな体験は他の
人に話しても信じて貰えないだろうな。
超レアなローカル線の旅で味わう非日常的な体験とはこういうことだったのですね。