ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

郡上踊りin郡上八幡

2018-08-27 07:32:31 | 日記


岐阜県郡上八幡は奥美濃の小京都と呼ばれる城下町。この地で毎年7月~9月にかけて踊られ
るお盆行事の「郡上踊り」は日本三大盆踊りの一つ。現役時代、中部圏に在住していた老夫
婦は、定年後に関東に転居した後もこの時期になると踊りにやってきます。今年は新調の浴
衣に下駄と気合十分。土日の踊りは夜の8時~10時半までで、二人が郡上八幡に到着した時
刻はまだお天とう様が高く、踊りの開始までにはたっぷり時間があります。

夫:陽が高い時間帯に来ることができた。久し振りに郡上八幡城の見学と、郡上八幡の街を
  ぶらり散歩といこう。

妻:いいわね。郡上八幡城は日本一美しい山城と言われていて、この街のどこからでも見る
  ことができる街のシンボルね。

二人は城につながる専用車道を使って駐車場に到着、そこから、お城に向かって歩き始めま
した。お城に到着すると、城内の展示物をゆっくり見ながら天守閣に向かいます。

夫:城内にはいろいろな展示物があったけど、内助の功で有名な、山内一豊の妻・千代が初
  代城主の娘だとなっていたね。他に近江の出身という説もあるから本当かなと思ったよ。

妻:私たちが住んでいた町の近くの木曽川町にも「一豊まつり」があったわね。出生に関し
  ては諸説があるのかな。それよりここから郡上八幡の街を見下ろすと、吉田川にそって
  鮎の姿に似た街づくりになっているわ。

夫:街中を流れる吉田川はアユ釣りの聖地で、街が鮎の姿をしているのは偶然とはいえ面白
  いね。ここからの景観はいつ見ても良い。この山城は高い場所にあるから、当時は難攻
  不落な城だったのだろうね。

二人はお城の見学を終えて山を下りてくると、街の中心にある土産店の駐車場に車を置いて、
街中のぶらり散歩を始めました。

夫:先ずはお城との共通券で入れる郡上八幡博覧館に入ろう。ここの展示物を見れば郡上八
  幡の歴史と文化がより深く理解できるよ。それに、この郡上踊りの期間中は踊りの実演
  と手ほどきも受けられると説明されたね。

妻:この施設の見学は本当に久し振りね。最近は開館時間内にこの街へ来ることがないから
  当然だけどね。どんな展示物があるのか楽しみだわ。私は「踊り名人」の免許を持つ踊
  り手だから、手ほどきは必要ないけど・・・フフフ、でもどんな感じで手ほどきをする
  のか黙って見ることにするわ。

夫:こうして展示物を見て歩くと、この街の最大の出来事はやはり「郡上一揆」なんだね。
  私たちはここより奥の山間地にある白鳥町という場所で「白鳥おどり」も踊っている。
  そこではこの郡上一揆を題材とした「宝暦義民太鼓」が演じられていて、それを見てい
  るから展示物の内容は良く理解できるよ。

妻:私も展示物を見て改めて郡上八幡が身近になって良かったわ。踊りの実演はさすがに上
  手いわね。気合が入ってきたわ。

博覧館見学を終えた二人は街中の散歩中に「八坂神社」の旗を見つけました。「八坂神社」
とはお城や宿場の裏鬼門の守りとして建立されている場合が多いのです。二人はこれまで、
神社の存在を知りませんでした。場所は街中から少し離れ川の上流域にあります。山間の家
並みに沿った坂道を二人は歩き始めました。街を外れて歩き続けて疲れが出てきたときに、
小さく区切られた田んぼと裏山の杉林に囲まれた鳥居が見えてきました。これぞ鎮守の杜と
いった雰囲気です。

夫:八坂神社に到着だ。初めてだね。手入れの行き届いた杉林の中にあるこのお宮は古くか
  ら郡上八幡の鎮守様なのだろうね。至る所苔むしていてこの神社の歴史を感じるよ。

妻:この八坂神社でも天王祭としてここで郡上踊りがあるのよ。あそこに見える階段には提
  灯が飾られて幻想的な雰囲気になるの。さっきの博覧館に写真があったわ。

鎮守の杜の風情に癒された二人は街中へ戻ります。途中の道沿いにみたらし団子ののれんを
見つけて、1本80円のみたらし団子を注文しました。そこで、店主にNHK朝ドラの「半分
青い」で、みたらし団子が有名になりましたねと話しかけたのがまずかった。話し好きの店
主から、いかに美味しいみたらし団子を作るのに苦労したのかのお話しを延々と聞かされる
ことになり、街中散歩の足はそこで止まってしまったのです。

妻:本当にここのみたらし団子は美味しいわよ。団子づくりの苦労話を聞かされたから言っ
  ているんじゃないわ。

夫:確かに美味しい。常によりおいしい味を求めてきた成果だと言っていたね。職人魂を感
  じる味だ。他の人たちにも紹介したいね。

妻:長いおしゃべりをしていたら、少し暗くなってきたわ。どこかで夕食をとって踊りの身
  支度をしましょう。

夫:踊り会場までの間に、環境省が名水百選の第1号として選定した宗祇水(そうぎすい)
  や地場産業の食品サンプル工房、そして観光客に人気の「やなかのこみち」「いがわの
  こみち」の名所があるから、急ぎ足になるけど寄って行こう。

二人は大急ぎで郡上八幡の名所歩きを楽しんだ後に、レストランで食事。踊り開始時間には
郡上踊りの演奏をする山車の前に到着、踊りの開始を待ちました。夜8時、山車に演奏者が
集まり盆踊りの開始です。郡上踊りは生演奏、生歌そして踊り手の下駄の歯音が競演する盆
踊りです。さあ踊りましょう!

「かわさき」
♪郡上のナ八幡 出て行く時は(ア ソンレンセ)
      雨も降らぬに 袖しぼる  ア ソンレンセ ♪

この「かわさき」は、郡上踊りの基本となる踊りで、一晩のうちに何回も繰り返し踊られる
ため、覚えるチャンスが多いです。これを覚えてしまうのが、郡上踊りを楽しむ第一歩です。

郡上踊りは全10曲あり、繰り返し演奏されます。そして、多少の雨では中止にならないのも
特徴です。二人は少し踊り疲れたようで、水飲み場で休憩中。ここに来る時はペットボトル
の持参は不要ですよ。水飲み場があちらこちらにあります。
皆さんも是非この街に来て、郡上踊りに参加してください。
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 悲しいけれど、温かい郵便局のゼロ番窓口

2018-08-13 07:31:34 | 日記


ある小さな街の郵便局には通常の郵便物を扱う1番から3番窓口の他に、特殊な郵便物を扱う
ゼロ番窓口があります。担当するのは先週で定年退職した局員の息子さんです。

横田:あら、新人さんね。手紙を出しに来たのよ。受け取ってもらえる。
 
局員:はい。今日が窓口勤務初日なのです。よろしくお願いします。お客様は横田サチさん
   ですね。あの~、この封筒には宛先の住所が書いてないですよ。

横田:そうよ。だって宛先が無いところへ出すのですからね。当たり前じゃない。

局員:分かりました。この封筒はあのお手紙ですね。前任の父から聞いています。それでは
   ここにある専用ポストに入れてください。

横田:あら、新人さんが来るとは聞いていたけど、あなたは前の方の息子さんなのね。そう
   なの、よろしく。あら、新しいポストができたのね。はい、入れましたよ。ところで
   新人さん、私へのお手紙は来ていませんか?毎年この日に主人と手紙のやり取りをし
   ているから来ていると思うのだけど。

局員:着いていますよ。受け取れるのはゼロ番窓口です。そこにはすでに来られているお客
   様がお待ちです。そこでお並びください。私がこれから移動してお渡ししますね。

新人局員はゼロ番窓口に移ると、専用の受信棚にある封筒の束を取り出しました。

局員:あれ、朝、確認した時は二通だったのに三通あるぞ。後で一人来るのだな。まず、
   一通目だ。樋口ヨネさん、お待たせしました。お受け取り下さい。

樋口:ありがとう。毎年、この日を楽しみにしているの。でも、主人の手紙はいつも同じ文
   面なのよ。私はもう手紙の一字一句を丸暗記してしまっているけれど、それでもこう
   して毎年手紙を受け取りにここへ来ちゃうの。だって受け取って帰る時、私の気持ち
   は娘時代に戻れるからね。

局員:同じ文面のお手紙を楽しみにしているのですか?何が書かれているのかな~。

樋口:若い新人さんで、それも男性の方にお話するのは恥ずかしいわね。でも、私も年だし、
   ま~いいか。私は最近の出来事を手紙に書いているけれど、主人の返事はいつも、私
   に初めてくれたラブレターなのよ。決して上手な字ではないのよ、でも心のこもった
   内容なの。あら、私、言っちゃったわ。恥ずかしいからもうこれ上聞かないでね。
   それでは、サチさん、お先に失礼します。

局員:お気を付けてお帰りください。 なるほど、ラブレターですか。この棚にあるのは良
   いお手紙なのだな~。さて、二通目だ。横田サチさん、お待たせしました。この封筒
   は樋口さんのより随分と厚いのですね。サチさんもラブレターですか?聞いちゃいけ
   なかったかな。

横田:いいわよ、私の手紙は新しいお献立のレシピが中心なのよ。私はこれを見ながら自分
   の食事を作っているの。私の主人は栄養士の免許を持つコックだったから、この献立
   通りに作れば、いつも美味しく頂けて健康でいられるの。だから、毎年書いてある内
   容は違うのよ。

局員:そうですか。この棚のお手紙は、受け取る人を幸せにするのですね。

横田:そうよ。だから、こうして命日の日になるとみんながここに来るのよ。明日も誰かが
   きっと来るわね。確かに受け取りましたよ。それじゃ、ありがとう。

局員:アッ、ハイ、ハイ。ありがとうございました。美味しい食事を作ってくださいね。
   ところで、サチさんとヨネさんはお知り合いなのですか?

横田:どうして?そうか。私のことを「サチさん」と呼んでいたからね。でも、私はあの方
   には初めてここでお会いするのよ。あの方は樋口ヨネさんと言うのよね。私もあの方
   の名前が分かるの。あら、どうして知っているのかしら?それに、どうしてあの方は
   私の名前を知っているのかな?そういえば、貴方も私の顔を見ただけで、私の名前を
   呼んだわね。不思議ね。

局員は答えることができません。局員と横田さんは首をかしげるばかりです。暫くして、横
田さんは封筒を嬉しそうに胸に抱えて帰っていきました。受信棚にはまだ一通の封筒が残っ
ています。

局員:この封筒は誰のだろう。お客さんが来た。田辺茂雄さんだ。手紙をあのポストに入れ
   たぞ。そうかこの手紙は田辺さんのだ。声を掛けよう。田辺さ~ん。ゼロ番窓口にお
   越しください。お手紙が来ていますよ。

田辺:は~い、私が書いた手紙はここにある新しいポストに投函したけど、それでいいんだ
   ろう。

局員:はい、そうです。ゼロ番窓口でお待ちかねの封筒をお渡しします。お受け取りください。

田辺:ありがとう。この命日の日の手紙交換は、この郵便局でしか扱っていないからな。
   ここへ来るのはわが家から少し遠いけれど仕方がない。あれ、家内の封筒の厚さが私
   のより薄いな。これじゃ、すぐに読み終わってしまうじゃないか。もっといっぱい書
   いてくれればいいのにな~。

局員:それでも、随分と厚いと思いますけどね。あの~、もしよろしければ、どんな内容な
   のか教えてくれませんか。

田辺:家内は去年亡くなったばかりなので、今年が初めての手紙交換なんですよ。だから私
   も何を書いていいのかわからないので、葬儀の後にこんなことがあったとか、孫が言
   葉を話すようになったとか、庭の花壇の手入れの様子といった出来事を書いたのだけ
   ど、家内からの手紙の内容は帰って読んでみなければわからないな。

局員:そうですよね。立ち入ったことを聞いてごめんなさい。私は前任の父からこのゼロ番
   窓口の担当を引き継いだのですが、今日が初日なのです。ここのお手紙の取り扱いに
   は不慣れなので、どうか気分を害さないでくださいね。

田辺:君も新人さんなのか、僕も今年からここに来るようになった手紙差し出しの新人だ。
   だから気にすることはない。これからは毎年、この日におじゃまするよ。よろしくね。

三人を見送った新人局員は、この郵便局のゼロ番窓口の大切な役割を強く自覚しました。そ
して空っぽになった受信棚を眺め、明日は何通くるのかなと思いを巡らせました。

局員:親父が〝ゼロ番窓口は特別な窓口だ〟と言っていたけれど、このことだったんだな。
   これからも、あのポストとゼロ番窓口はこの街の人たちに大切に利用されるのだろう
   な。横田サチさんの話もそうだけど、田辺さんにしても、どうして、今日初めて会っ
   た人たちなのに、お顔を見ただけで、お客様の名前が自然に口から出てきたのだろう。
   私とゼロ番窓口の利用者さんとの間には、何か特別な絆で結ばれているのだろうか。
   どう考えても理解できない。ゼロ番窓口のことについて、もっと親父に聞いてみよう。

この街にある郵便局のゼロ番窓口は特別な窓口、悲しいけれど、温かい窓口なのです。

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