国内で消費されるソバの内、約7割が外国産で残りの約3割が国産です。やっぱり国産は
貴重なのだと感じますね。国産ソバは国内のどこでも栽培されていますが、国産3割の
中で北海道がその42%でダントツ1位、2位は茨城県で7.3% 3位は長野県で6.9%と続き
ます。
私の住むソバどころ茨城県で生産しているのはほとんどが「常陸秋そば」という品種で
す。ソバは他家受粉植物のため品種の交雑が起こりやすいので、常陸秋そばの品種を守
るためには、近くで他の品種を栽培することはご法度です。ですから、私が散歩道で見
ている大きなソバ畑は全て「常陸秋そば」なのです。今は大きな白いじゅうたんのよう
に見えるソバの花畑(花びらに見えるが実はガク片)ですが、結実は順調に進んでおり
11月上旬にはソバの実の収穫が始まります。常陸秋そばは芳醇な香りとほんのり甘さを
感じる豊かな味わいが特徴です。
<常陸秋そばの受粉>
栽培種としてのソバは「普通ソバ(普通種)」と「ダッタンソバ(ダッタン種)」に大
別されますが常陸秋そばは前者に属します。普通種の花は長柱花と短柱花の2種類が存
在します。長柱花とはメシベが長くオシベが短い。逆に短柱花とはメシベが短くオシベ
が長い花をいいます。長柱花と短柱花の比率は半々です。よって、そば畑一面に広がる
そばの花の半分は長柱花、残り半分は短柱花ということです。結実のためには花の構造
の違いだけにとどまらず、受粉の方法も大きな関係をもっています。通常の作物が1種
で受粉を行って結実するのに対し、そばはこの2種を昆虫などによって受粉させる、
「適法受粉(同じ型の花からの花粉を受け取らないが、異なる型の花の花粉を受け取る
仕組み)」という方法でなければ結実できない仕組みになっているのです。花粉の運搬
は昆虫や風に頼ることになりますので、気候などによってその受粉率が大きく左右され
ます。さらに、結実するための受粉の組み合わせが限られるため、そばの受粉率は花の
2割以下とかなり低いです。開花時に訪れる昆虫が少ない場合は、受粉しない、いわゆる
「無駄花」が多くなり、収穫量に大きく影響しますから、蝶や蜂などの昆虫が多く集ま
<常陸秋そばの結実>
常陸秋そばの花が受粉すると、まず薄緑色の三角形の、ぺしゃんこの形(乳熟期の外果
皮という)ができます。そしてしだいに、この中に乳白色の中身が形成されていくので
すが、この外果皮の色は薄緑色です。しかし稀に真っ赤なものが1万本とか10万本に1本
くらいの割合で出ることがあります。この赤い外果皮を文学的には「とうろう(灯籠)」
「ちょうちん(提灯)」と呼んだりするとの記述もありましたが、私は初めて見た時の
視覚の印象から、ここでは「赤いバレーシューズ」と呼ぶことにします。直感的に可愛
らしい赤いバレーシューズに見えたのです。結実して熟した実は、茶褐色から黒色の外
皮色になりますから、こうなると区別はつきにくいです。
<赤いバレーシューズとの出会い>
私が初めて「赤いバレーシューズ」を見たのは過去に1回だけです。岐阜県在住当時にド
ライブした信州のソバ畑で偶然に見つけました。見つけた時は上述した知識を持ってい
ませんでしたので、希少価値だとは知らずに、ただきれいだ、可愛い、バレーシューズ
のようだなと思いながら写真を撮っていました。その時も丹念に他にもないかと周りを
見回して、探しましたが見つけられず、見つけたのは写真に残した1本の茎だけでした。
その時に写した写真の出来栄えが良く、我が家の写真コレクションのトップ5に今でも
入っています。この時の印象が強烈に残っているために、そば生産地である茨城県に転
居してからも、もう一度あの「赤いバレーシューズ」を見つけたいと思い続けていて、
ソバの実ができ始める時期になると、ソバ畑を丹念に探し回っていました。しかし、
10年以上見つけることができないで今日に至りました。当然ですよね。広いソバ畑があ
っても、私が探せるのは道路際から見られる範囲内なのですから。1万本とか10万本に
1本しか見つからないものが目に留まるのは奇跡としかいいようがありません。ソバ畑
の中に入って探し回ったら叱られてしまいますしね。
<赤いバレーシューズとの奇跡の再会>
先週、その「赤いバレーシューズ」を常陸秋そばの真っ白な花のソバ畑の中で見つけま
した。
奇跡です!ラッキー!うれしい!
ソバの実になるための成長過程である乳熟期は短いです。今回見つけたのは乳熟期の後
半のようで、写真の構図を考えるといまいちの姿、形、数の感がありますが、見つけた
だけでも奇跡的な出来事です。これ以上の贅沢は言っちゃあいけません。よくぞ道路際
に出てきてくれたと感謝しなければいけません。
<調べて分かった後日談>
旧長野県中信農業試験場(現野菜花き試験場)で開発され、平成21年度に農水省の農林
認定品種に指定された、「タチアカネ」という希少な新品種があります。現在、長野県
の青木村だけで限定栽培されています。名前の由来は茎が太くて栽培中に倒れにくいこ
とから「タチ」、茜色の花が実るので「アカネ」、合わせてタチアカネです。 そばの白
い花と赤い外果皮が特徴で、写真で見ると姿、形が常陸秋そばの「赤いバレーシューズ」
とそっくりです。ここがポイント。なんとほとんど(90%以上)が真っ赤なバレーシュ
ーズになるのです。熟した実は、茶褐色から黒色の外皮色になりますので区別はつきに
くくなります。
お蕎麦としての風味は「さわやかな香り」と「ほのかな甘み」が特徴です。もともとは
現在の佐久市で収集した在来種の個体選抜、系統選抜により育成した、といいます。長
野県内に広く普及している信濃1号の変化型、とも見なされるようです。栽培実験を重
ね、ようやく品種登録が出来たもので、これから普及がはかられるはずです。
実はこうした真っ赤な実は、信大で開発された「高嶺ルビー」という赤花ソバでも見る
ことが出来ます。でも私は赤い花の中の赤い実より、白い花の中で赤い実がぎっしりと
並ぶ光景は、すごく刺激的であり、衝撃的だなと思います。
言いたいのは、この珍しい赤いバレーシューズを見たかったら、青木村に行けば探さな
いでも必ず見つかることを知ったということです。これは新知見です。コロナ禍が静ま
ったら、景観も含めて、じっくりとタチアカネが咲き誇る現地に行きたいと思っています。