かなり前の事なんだけど、飼い主夫婦の結婚記念日の話をするわね。田舎のご両親
が私の住むマンションにやって来ることになったの。田舎の家に連れて行ってもらった
時以来の再会だったから、あの時のお礼の気持ちを表すことにしたのよ。
お爺さん:おっ、玄関ドアのすぐ中で、アメリが座ってお出迎えしてくれているぞ。
嬉しいな。こんにちは!元気だったかい?
お婆さん:アメリちゃん、久し振りね。お出迎え、ありがとう!
二人は部屋に入ると早速コーヒーを沸かして、広い丸いテーブルの上にカップを二つ並
べたの。私はコーヒーの匂いが大好きだから、テーブルに飛び乗ってカップに顔を近づ
けたわ。すると、おじいさんが遠くの方から手を伸ばして、無理な姿勢でコーヒーカップ
を取ろうとしているのが見えたから、気を利かせて、お爺さんの方にカップを押してあげ
ようとしたの。
そしたら勢い余って、カップを倒しちゃったのよ、さらに間の悪いことに、すぐ隣にあった
カップまで倒れて、両方のコーヒーがテーブルの上にいっぱいこぼれちゃった。
お婆さん:あら、大変、テーブルの上の物が濡れてしまうから、早く拭き取らなくちゃ。
台拭きはどこにあるのかしら?アメリ、いたずらしちゃ、だめでしょ。
お爺さん:おいおい、アメリ、会った早々に大仕事を作ってくれたな。
いたずらじゃなくて、サービスしようと思っただけなのに・・・。ウ~ン、大失敗。
コーヒーの片付けが終わって、お爺さんが私を抱こうと手を差し伸べてきたの。私はそ
の手を軽く噛んであげたわ。これは気を許している相手に対する私流のご挨拶なのよ。
お爺さん:痛っ!アメリに噛まれた。それに引っ掻かれた。
お婆さん:アメリ、噛んじゃダメよ。それに爪が伸びているわね。切ってあげましょう。
トンデモナイ!私は爪を切られるのが大嫌い。爪とぎの場所があるから、そこでガリガリ
やれば、それでいいの。でもお婆さんが爪切りを探している様子だったから、いつもの棚
の上に避難することにしたの。エイヤッ!と勢いよく飛び乗ったら、せっかくご両親がお
祝いに買ってきたケーキの箱を蹴飛ばしちゃった。
お爺さん:やられた!ケーキを落とされた。ア~ァ、まっ逆さまだよ。
お婆さん:まあ~、大変。コーヒーの次はケーキなの?爪切りどころじゃないわね。
早く片付けないと。アメリ、あっちに行ってらっしゃい。
お爺さん:せっかくのケーキが台無しだな。アメリ、ダメじゃないか!
そんなこんなで、私はすっかりダメ猫の烙印を押されたみたい。だって、私を見る目が
二人共、いつもとはちょっと違うんだもの。私はションボリ。
しばらくして、名誉を挽回するために、プレゼント作戦を考えついたわ。実は私ってコレ
クターなのよ。コマゴマしたものを秘密の場所に隠しているの。そのコレクションの中で、
一番のお気に入りが鈴の付いた携帯ストラップ。気が向いた時に、これで遊んでいる
の。お婆さんの好みに合うかもしれないと思ったから、プレゼントするつもりで口にくわ
えて持って行ったのだけど・・・それが裏目に出ちゃった。
お婆さん:アメリが何か、くわえて来たわ。あら、これは私のストラップよ。ずっと前に
無くしたと思っていたけれど、アメリが隠していたのかしら?
お爺さん:ライオンやヒョウは獲物を木の上などに運ぶらしいから、このストラップも
アメリにとっては獲物なのかな?隠しておく習性は先祖伝来だったりして・・・
お婆さん:そんなこと、どうでもいいじゃない。それよりも糸がほぐれてしまって、もう使
えないわ。このストラップは京都で頂いた記念品なのよ。気に入っていたの
に、アメリがダメにしちゃったわ。今日のアメリはドジばかりね。
そうだ、ケーキを買い直しに行ってくるわ。
私の思惑は大ハズレ。二人を歓迎しようと思ったのに、こんな結果になっちゃって大弱
り。嫌われて、もう二度と田舎の家には連れて行かない・・・なんてことになったらど
うしよう。
ア~、どうすれば、ご両親の機嫌を治せるのかな~とヤキモキしていたところに、飼い
主の若夫婦がお仕事を終えて帰って来たのよ。事の顛末を聞いた若夫婦が私の弁護を
してくれたお蔭で、お爺さんたちにはちゃんと私の気持ちが伝わったらしいわ。
この日は、本当に心から若夫婦に感謝。お爺さんとお婆さんの私を見る眼が元通りに
なったんだもの。ダメ猫の烙印はあっという間に消え去ったみたいでホッと一息ついた
のよ。
「うまくいかない時には悪あがきをしないほうが賢明だ」ということを学んだ日だったわ。