ショートシナリオの館

ボケに抵抗するため、日常生活の中から思いつくままに書いています。月2回・月曜日の投稿を目指します。

年末のおしゃべり

2015-12-28 08:08:33 | 日記


年末ぎりぎりになって、ようやく大掃除を始めた老夫婦ですが、ほんの1時間作業をしただけで
腰が痛くなり、早くも休憩に入りました。お気に入りのアールグレイ・ティーを飲みながらの
おしゃべりタイムです。

妻: 今年の年末はお天気が良いし、暖かいお陰で掃除がはかどるわ。でも、クリスマスが終わ
   ったと思ったら、アッという間にお正月よ。ア~ァ、またひとつ年を取るのね。

夫: 毎年この時期になると「光陰矢のごとし」を実感するよ。こんなに速いスピードで1年が
   過ぎ去ってしまうとは、とても信じられないね。年々、加速しているんじゃないか?

妻: それだけ感じ方が変化しているのよ。どんどん時間が短くなっていくように思うわ。

夫: 随分前に聞いた話だけど、強く印象に残っていることがあるんだ。日本生命の報告だった
   と記憶しているけど、10代から80代の人を大勢集めて実験をしたんだ。その実験は
   「目をつぶってもらったうえで、自分が10秒だと思ったら手を上げる」という、とても
   単純なものなんだけど、結果が興味深くてね。10代では12~13秒後に手を上げた。20代、
   30代は10秒丁度に手を上げる人が多かった。ところが70代、80代は7~8秒しか経過して
   いないのに手を上げた。
   これを1日24時間に換算すると、10代は24時間を30時間ぐらいのゆったりとした時間感
   覚の流れの中で過ごしているけど、高齢者は24時間を20時間ぐらいの感覚で、せっかち
   に過ごしていることになるんだってさ。
   この実験は年齢層別の時間経過の感じ方を明確に示してくれたよね。

妻: 面白い実験結果ね。高齢者にとっては退職後や子育て後に、ようやく手に入れた「ゆとり
   の時間」なのに、実際よりも短く感じてしまうなんてもったいない話だわ。

夫: 確かに、そうだな。ただ、時間経過を実際よりも短く感じるのと長く感じるのではどちら
   がいいのか、よく分からないね。感じ方の長短よりも、どういう時間の使い方をするか
   のほうが大切だよ。変な言い方かもしれないけど、これまでは自分の時間を切り売りし
   て過ごしてきたような気がしているんだ。折角、自由に使える時間ができたのだから、
   豊かな老後にするためには有効な時間の使い方を考えなくちゃいけないね。

妻: 豊かな老後ね~。アッ、そう言えば、今月の始めに愛知県の香嵐渓へ行った時、紅葉に彩
   られた香積寺さんを参拝したわよね。あの時、本堂の左側の建物の扉に1枚の張り紙があ
   って、そこに書かれた言葉がとても気に入ったから書き写しておいたの。
   ちょっと待ってね。取って来るわ。
   ホラ、これよ。

   老いてこそ人生
   ていねいに生きる
   ゆっくり生きる
   やわらかく生きる
   仏さまにまかせて

   とても示唆に富んだ内容でしょ。

夫: なるほど、「老いてこそ人生」か。イイネ。時間の枠なんかにとらわれず、ていねいに、
   ゆっくり、やわらかく生きればいいんだな。あたふたと、ギクシャクしながら生きている
   自分が恥ずかしくなってきたよ。

妻: 新年になって新たな目標を考えるのも良いけれど、こうして年の瀬のひと時を使って、こ
   れからの人生をどのように過ごすべきかを熟考するのも、後期高齢者の枠組みに入った
   私たちには必要かも知れないわ。でも、あなたより私は6歳も若くて後期高齢者の新人だ
   から、もう暫くは、今まで通り俗っぽく、シャキシャキと過ごすつもりよ。

夫: オイオイ、そんなところで線引きをするなよ。自分だけ若いつもりでいても、年は年なん
   だから。自覚も大切だよ。だけどね、最近の事件報道を見ると高齢者の犯罪が目に付くと
   思わないかい?心にゆとりがない人が増えているのかなぁ?
   ここに書かれている言葉をもっとたくさんの高齢者に伝えたいものだね。
   さてと、あまりおしゃべりしていると、日が暮れるぞ。そろそろ大掃除に戻ろう!

二人揃って「ドッコイショ」と言いながら立ち上がり、再び雑巾を持って玄関周りの掃除に取り
掛かりました。


この一年間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

皆さまの御多幸をお祈り申し上げます。
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 ANA(全日空)機体工場見学記

2015-12-21 09:33:16 | 日記


首都圏に住んでいる高校生時代の同級生3人が喜寿を迎えたことを契機に始
めた街歩き。魅力に富んだ歴史探訪や文学散歩を楽しんでいます。今回は
アジアのハブ空港を目指す、羽田空港内にある「ANA機体工場見学」です。

ノブ:前回、千葉県稲毛海岸で民間航空産業の黎明期を学んだので、今回
   は最先端の民間航空産業の一端に触れるために、羽田にあるANAの
   機体整備工場見学を企画したよ。見学は午前中に終えるから、午後は
   浜離宮恩賜庭園を歩こうと思う。

ヒデ:稲毛海岸の「稲毛民間航空記念館」で話していたことを実現してくれたん
   だね。

ヤス:人気の施設だから、予約が取りにくいと聞いていたけど、どうだったの?

ノブ:11月に実施したかったけど、予約が取れたのが12月にずれ込んじゃった
   んだよ。

3人は東京モノレールの「新整備工場前駅」で集合し、ANAの機体整備工場へ
向かいました。待合室ロビーは小学生グループや高齢者グループまで幅広い
年齢層の見学者で溢れていました。10時には全員が講堂に移動し、30分間
の説明会が始まりました。ここで工場内の機能や整備士さんの仕事の説明、
さらにクイズ形式を取り入れた解説がありました。
整備工場の概要と、飛行機はジェットエンジンの推進力と主翼の浮力で浮くと
いった飛行原理の基礎を学んだ後、約20名が1グループとなり、グループご
とに機体整備の現場である格納庫に向かいました。

ガイド: ここには特別な見学ルートはありません。備品類には手を触れず、行
     き交う構内用三輪自転車にも気をつけてください。この2階の通路から
     の説明を終えたら、下に見える機体の整備現場に降ります。

ヒデ:本当かよ!飛行機は精密部品の集合体だから、一つでも無くなってはい
   けない。だから、見学者は2階の見学者専用通路から眺めるだけだと思
   っていたよ。楽しみだな。確かに、この通路から見るだけでは作業用の足
   場があって見えにくいところもあるから、作業現場のフロアーに連れて行
   ってくれるのは嬉しいね。

ヤス:その通りだ。ここから柱が全くない広い格納庫を見渡すだけでもかなりの
    迫力だけど、更に整備現場のフロアーまで行けるとは嬉しいね。気分が
    高揚してきたよ。

ノブ:この格納庫の広さは東京ドームの1.8倍だと言っていたね。整備中の飛行
   機もゆとりを持って停まっているように見える。それにしても、ドデカイ飛行
   機が、たった10cm幅の細くて赤い誘導線上に機体の真ん中が来るように
   誘導されているとは、驚きだ。大きな飛行機が頼り無さそうな細い誘導線に
   従わされている様子が面白いね。
   最近、車庫入れが苦手になってきた私には飛行機を整備現場にセットする
   誘導技術が神業に見えちゃうよ。

3人はグループの仲間たちと一緒にガイドさんの案内で、整備士さんが働く作業
現場のフロアーに降りてきました。三輪の自転車が行き交い、整備士さんがチー
ムになって機体の整備を行なっています。飛行機の扉は大きく開けられ、胴体の
内部が間近で見られます。

ヒデ:近くで見る飛行機はやっぱり大きい。ここにあるボーイング777で200億円
   ぐらいだと言っていたね。このジェットエンジンに空気を送り込むファンの
   羽根1枚が1000万円以上だと説明されたけど、20枚はあるから、羽根だ
   けで2億円だ。今の旅客機の動力はこの巨大ファンが生み出しているの
   だから、このエンジン周りに一番お金を掛けていることは間違いないな。

ノブ:エンジンの整備後に行なう動作確認はここではやらないそうだね。もし、こ
   こでやったら、爆音でみんなの鼓膜が破れちゃうかもしれないな。ハッハッハ。

ヤス:いくら消音タイプのエンジンでも、ジェットエンジンだから、ここじゃできないだ
   ろうよ。それより、あそこにポケモンジェット機が停まっている。あれじゃない
   のか、インク27色を使って手書きをしているというのは。

ヒデ:そのようだね。今、ふと思ったのだけど、ジャンボ機の燃料は満タンでドラム
   缶1077本分、たてに積み上げると東京タワーの3倍の高さになると言ってい
   たけど、それが左右の主翼とそれを結ぶ胴体の下にあるんだよな。主翼は
   燃料タンクの貯蔵庫というわけだ。何だか、これからは主翼の近くには座り
   たくない気分だな。

ヤス:それにしても、飛行機を整備するために組まれている足場は大きいね。あの
   格納庫を開閉する扉の1枚が25mプールと同じ広さなんだってさ。それが
   20枚はありそうだな。このフロアーにいると格納庫の広さが実感できるね。

ノブ:確かに全てが大きいけれど、タイヤだけは思ったほど大きくなかった。という
   よりは、むしろ小さく感じて、意外だったな。1ヶ月ぐらいで磨耗により交換する
   そうだけど、離発着時の摩擦を考えると納得できるよ。


3人はガイドさんの案内で格納庫の扉付近から滑走路を眺めました。そこは展望
デッキからしか飛行機を見た事がない3人にとって、記憶に残る風景でした。

ヒデ:当たり前だけど。滑走路とこの格納庫の間には段差が無いよね。だから僕た
   ちは滑走路に立っている目線で今、飛行機の離発着を見ていることになるん
   だよな。

ヤス:あとで、比較のために展望デッキからも眺めてみたいけど、絶対にこの臨場
   感は得られないと思うね。

ノブ:この景観は予測していなかった。この施設の見学会が人気のある理由はこの
   フロアーから見学できることにもあるんだろうな。孫が小学生になったら連れて
   こよう。

一連の見学を終えた3人は、最後に展望デッキから飛行機を眺めた後、次の目的
地「浜離宮恩賜庭園」に向かいました。ここは海水を引き入れた潮入の池と二つの
鴨場を持つ、徳川将軍家の庭園でした。明治維新後に皇室の離宮、次いで東京都
に下賜され一般公開されるようになったのです。
庭園内には往時の茶屋などが復元されており、素晴らしい庭園になっています。潮
入の池ではエイに遭遇することもあるそうです。3人が訪問した12月中旬は、まだ
園内のモミジなどが紅葉の盛りで、晩秋の一日をたっぷり楽しむことができました。
ここは皆さんにお勧めです。65歳以上なら一人150円の入園料です。是非お出か
けください。

掲載写真はANA広報室の許可を得たもので構成しています。
(もっと良い写真があったのですが不許可で使えず残念です)

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仲良し3人組の秘密基地

2015-12-14 08:29:15 | 日記


落ち葉が地面を覆い尽くす頃になると、動物村の住民は冬支度に忙しくなります。でも、それは
大人たちの話。仲良し3人組を含め、村の子供たちにとっては思いのほか楽しい時期なのです。
コン太が村の広場を歩いていると、ススキが生い茂る原っぱで、なにやら動き回っているポン吉
を見つけました。

コン太: ポン吉!そこで、何をしているんだ?

ポン吉: 俺かい?秘密基地を作っているんだよ。

コン太: どこに?

ポン吉: どこって、ここだよ。

コン太: おいおい、丸見えだぞ。こんな広場の真ん中じゃ、秘密基地の「醍醐味」なんて味わえ
     ないじゃないか。それに、ここのススキは丈が短いよ。ねえ、これからミミも誘って
     河川敷に行かないか?

ポン吉: 何で?

コン太: 秘密基地を作るのに最適な場所があるんだよ。

ポン吉: 本当かい?だったら、急いでミミを呼んでくるよ。

コン太はカマとスコップそしてヒモを取りに家へ戻ったあと、ミミとポン吉と合流して河川敷に
向かいました。自分たちの背丈以上もある広いススキの原っぱを見てミミとポン吉は困惑した様
子です。

ミミ : えっ、ここに作るの?

ポン吉: ねえ、コン太、道がないよ。

コン太: いいから、いいから、俺について来いよ!

コン太がススキをかき分けながら歩き始め、ミミとポン吉はその後に続きました。3人が一列に並
んで歩くと道が簡単にできました。ポン吉は振り返りながら言いました。

ポン吉: なるほど、道が出来たね。

ミミ : こうやってみんなで歩くと道が出来るのね。私、初めて知ったわ。

コン太: 着いたぞ、ここだ!ホラ、あそこの木を見てごらん。太い木だけど、なぜか斜めに生え
     ているから、あれなら僕たちでもよじ登れるよね。うまい具合に太目の横枝が出てい
     るから、あそこを見張り台にするんだ。そして、その横にススキを使って、3人が入れ
     る広さの秘密基地を作るんだ。

ポン吉: 了解。ワクワクするな~。

ミミ : 細かい作業は私に任せて!

こうして仲良し3人組の秘密基地作りが始まりました。リーダーはコン太です。

コン太: いいかい?先ずは、3人が並んで座れるくらいの広さのススキを刈り取るんだ。そのま
     まだと、座ったときにお尻が痛いから、スコップで叩いて平らにするぞ。力仕事だけ
     ど頼むぞ。

ミミ : 分かったわ。大雪が降ったときにカマクラを作ったけど、あれと同じやり方ね。

ポン吉: ミミがススキを刈って、その後で俺が叩いて平らにすればいいんだな。任せてくれ。

コン太: その次は、みんなが座る部分の周りにあるススキで囲いと屋根を作るんだ。

ミミ : ススキを斜めに引っ張りながら、座る部分の真上で一箇所にくくりつければテントみた
     いになるから、囲いと屋根が一度にできちゃうわけね。全体をヒモでくくっていくの
     が難しそうだわ。お部屋の真ん中に棒がないと、ススキの先端をしっかりと結び付け
     られないんじゃないのかな?

コン太: 確かにそうだね。エ~ッと、何かいい方法はないかな?

ミミ : あそこにある細めの木が支柱に使えそうよ。あの木を真ん中にしてススキの先端をくく
     り付けていけば、何とかなるんじゃないの?

コン太: それがイイね。じゃあ、基地を作るのはあの場所に変更する。僕たちでも手が届く位置
     にススキの先端を縛りつければいいんだよね。

ポン吉: とにかく、やってみようよ。

悪戦苦闘しながら、3人組は全員の体がすっぽり入るススキの秘密基地を作り上げました。

コン太: できた。できた。俺たちの秘密基地だ。

ポン吉: ここなら「秘密の醍醐味」が味わえるね。すごいよ。

ミミ : 汗をかいたけど、面白かったわ。次は私専用の部屋も作りたいから手伝ってね。

コン太: ミミは相変わらず、おねだり上手だな。

基地の中は思った以上に快適です。基地の中でひと休みしたあとで、見張り台に登った3人は、仲
良く並んでおしゃべりを始めました。

ポン吉: 今度は、お弁当を持って来て、もっと基地を丈夫なものに補強しようよ。

コン太: そうだな。このままじゃ、強い風が吹いたら壊れそうだ。

ミミ : ねえ、聞いてもいいかな~。見張り台に登って、いったい何を見張るの?

コン太: 決まっているじゃないか、敵だよ。敵。だって、ここは基地なんだぜ。

ポン吉: 敵って、誰のこと?

コン太: 敵は敵だよ。敵は簡単には正体を見せないんだ。だから見張り台から、こうして見張る
     必要があるのさ。

ミミ : よくわかんないけど、敵が来るかも知れないから見張るのね。

コン太: 秘密基地を作ったときに使ったカマやスコップは、敵が来た時の武器になるんだ。残っ
     たヒモは捕虜を縛るのに使えるぞ。

見張り台に並んで、3人は暫く首を左右に振りながら真剣に見張りを続けました。そして、3人の
視線がたまたまバッチリと合った途端、みんなで一斉に大笑いを始めました。自分たちが考えて
いることがとても奇想天外だってことに気付いたんですね。
ここには敵なんか、いるはずがありませんよ。それにしても、相変わらず想像力が豊かで、冒険
心に富んだ動物村の仲良し3人組です。


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紅葉にヘビも染まった?

2015-12-07 10:42:21 | 日記



東海随一の紅葉名所「香嵐渓」に老夫婦がやってきました。恒例の「もみじまつり」は前日に終
了したのですが、それでも駐車場には大型バスが何台も駐車していました。

夫: 12月に入ったからモミジの落葉が心配だったけど、山全体を見た限りでは大丈夫そうだね。
   巴川に映る紅葉もまだまだキレイだ。

妻: 何度も訪れているけど、これまでにタイミングを外したことは一度もないのよね。今年も
   当たり!これほどキレイだとまた激写しちゃいそうだわ。

色づいたモミジの大木が両サイドから頭上を覆い尽くし、紅葉のトンネルとなっている遊歩道を
ゆっくり進みながら、時折、脇を流れる巴川と、そこにせり出すモミジを堪能しました。そして、
ほどなく遊歩道の途中にある香積寺の石段の前に着きました。

夫: この香積寺の境内も見どころだよ。ここまでの遊歩道の景観とは全く趣が違うからね。京
   都のお寺にいるような気分に浸れるよ。さあ、登ろう。

妻: 山門のところから見おろした景色も素敵なのよ。そこもビューポイントね。

夫: 階段の途中では止まらないで、登りきってから一緒に振り返ろう。

山門前に着いて見た景観は、やはり素晴らしくて、思わず感嘆の声をあげる二人でした。そして、
暫くの間カメラやビデオの撮影に夢中になっていましたが、何気なく足元を見ると赤くて細長い
ものがうごめいているのが眼に留まりました。

夫: オォ~、ヘビじゃないか?しかも赤いヘビだよ。モミジに染まっちゃったのかな?

妻: あら、本当!体長は40cmくらいかしら、細くて可愛いわね。まだ子供なのかしら?

夫: そろそろ冬眠するはずなのに、どうして、こんな場所でウロウロしているんだろう?

妻: 毒ヘビかもしれないから、あまり近づかない方がいいわ。とはいっても、赤いヘビなんて
   初めて見たから、記念に写真を撮っておくわ。ちょっと腰が引けるけどね。ヘビさん、
   お願いだから動かないでよ。あら、ファインダーから覗くと少しも怖くないわ。

蛇: マズイな。人間に見つかっちゃったよ。僕の体は赤褐色だから、紅葉にまぎれてカモフラ
   ージュできていると思ったけど、ちょっと動きすぎちゃったかな?人間の目にはかなわな
   いよ。ねえ、写真はかまわないけど、僕を捕まえたり、体に触ったりしないでね。

妻: あら、私に言っているの?心配はいらないわよ、絶対に触ったりしないから。赤いヘビを
   見たのは、私、初めて。あなたは何というヘビなの?

蛇: 僕は「ジムグリ」だよ。まだ子供なので体も小さいし赤褐色だけど、大人になると体長は
   80cmぐらいになって、この色も退色するんだ。僕は毒を持たないし、人を噛まないおとな
   しい性格なのでペットとして飼っている人もいるよ。

妻: それにしても、こんな時期にどうして出てきたの?

蛇: 冬本番は、まだまだ先だよ。今年はなかなか寒くならないしね。今、冬眠の場所を探して
   いる最中なんだから邪魔しないで。

妻: 分かったわ。私たちは何度もここに紅葉を見に来ているけど、赤・黄・緑だけじゃなくて
   オレンジや黄緑などが織り交ざって素晴らしいわ。あなたは素敵な所に住んでるわね。

蛇: エッヘン!それじゃ~、僕が親から聞いた範囲で、ここの説明をしてあげようかな。

妻: 教えてくれるの?お願いするわ。

蛇: 380年程前に香積寺の11世住職・三和和尚がモミジを植えたことが始まりで、その後、大
   正末期から昭和初期にかけて、地元足助町住民がたくさんのモミジを植樹したんだ。
   「香嵐渓」の命名は昭和5年だよ。今では4,000本のモミジがこの飯盛山を覆い尽くして
   いるんだ。

妻: この景観になるまでには随分、時間と人手がかかったってことね。ライトアップの期間は
   人が多いから、あなたは踏まれるのが心配だったんじゃないの?

蛇: 僕は本来、夜行性だよ。紅葉の最盛期のライトアップは山を真っ赤に燃えつくすようにし
   てくれるから、僕の赤褐色の体を見つけにくくしてくれるという利点はあるけど、僕とし
   ては昼と夜が分からなくなるのが困りものなんだよ。昨日までライトアップされていたか
   ら、調子が狂っちゃったんだな。今日はついつい、こんな昼間の時間に出てきてしまった
   よ。それで、あなたに見つかったってわけだ。

妻: 昼と夜の区別がつかなくなってしまったのね。人間の勝手で、とんだご迷惑を掛けちゃっ
   て、ゴメンナサイ。

蛇: 今年はおまつりの前半は全く紅葉していなくて見物人はがっかりしていたね。でも、この
   ところの冷え込みで紅葉がイッキに進んだよ。僕の見るところでは、まつりが終わった今
   日が紅葉のピークだと思うよ。楽しんでいってね。あなたがいい人でよかったよ。

妻: いろいろ教えてくれてありがとう。あまり目立たないうちに早く冬眠場所を見つけて来春
   までジッとしててね。春になってカタクリの花を見に来たら、あなたにまた会えるかもし
   れないわ。

ヘビが苦手なはずの妻がファインダー越しにヘビを見ながらシャッターも押さずに、じっとして、
なかなか立ち上がりません。ヘビも動きを止めていましたが、まもなく体をくねらせながら落ち
葉の中を進んで行ってしまいました。

夫: 毒ヘビかもしれないなんて言っていたのに、よくあんなに近づけたね。

妻: そんなに近寄っていたかしら?今、あのヘビと会話していたような気がするけど、このカメ
   ラのファインダーに仕掛けがしてあったのかしら?ヘビと話したなんて、誰も信じないだ
   ろうから、私だけの秘密ということにしておきましょう。

夫: ヘビは神の使いとしてもよく登場するから、縁起の良い生き物だ。この時期に、ここで出
   会えたのは何だか特別なことのような気がする。この旅行中には特別なサプライズ・プレ
   ゼントが用意されているかも知れないよ。

妻: 今回だけは「単細胞でノーテンキな人」なんて言わないわ。だって私も不思議な出会いだ
   ったと、強く感じたんだもの。

夫: あれ!何かあったのかい?素直に同意するとは珍しいね。

妻: いいえ、何もないわよ。さあ、香積寺さんを参拝しましょう。

二人はその後、香嵐渓を端から端まで、じっくりと時間をかけて歩いて紅葉を堪能しました。
本当にサプライズがあったのかどうかはナイショです。
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