昔、布教と修行のため、托鉢をしながら全国を行脚している六人の僧がいました。
ある村に着くと、何やらピリピリと張り詰めた気配が漂っていました。思いつめたような
表情で竹槍や弓矢を作ったり、畑の作物を大急ぎで収穫する村人たち。
怪訝に思った六人の僧は詳しい事情を聞いてみることにしました。
一の僧: 村全体に異様な緊張感が漂っているようですが、どうなさったのですか?
村人A: お坊様方、ここは危険です。本来ならば、ひと休みして頂きたいところですが、
この村には、まもなく大イノシシの集団が作物を奪いにやって来そうなのです。
気が荒く、隣村では多くのケガ人が出たとの知らせがありました。
次に狙われるのはこの村です。私たちは畑を守るために戦う準備をしています。
どうか、早く逃げてください。
二の僧: 大きいといっても、たかがイノシシでしょう?こんなに大げさなことをしなくても大
丈夫だと思うのですが・・・
村人B: とんでもない!被害にあった隣村からの知らせによると、首領の大イノシシは尋
常ではない大きさで、しかも凶暴なのだそうです。侮るわけにはいきませんよ。
三の僧: 異常に大きくて凶暴?もしかすると、異界のモノがこの世に迷い出てきてイノシ
シの体に入り込み、悪さをしているのかもしれないぞ。
村人C: 私たちはこの村の開墾に全精力をつぎ込んできました。やっと安定した収穫が
得られるようになったばかりなのです。
何が何でも戦って畑を守らねばなりません。
村人D: お~い、山にノロシが上がったぞ!大イノシシの集団を見つけたらしい。
いよいよこの村に向かって来そうだ。お坊様方、一刻も早くお逃げください。
四の僧: いや、我々がここに来合わせたのも何かの縁だと思います。我々にも大イノシ
シの退治を手伝わせてください。
村長 : お坊様方、私はこの村の長(おさ)です。伝えられた隣村の被害状況から想像
すると、私たちの手に負えない相手のようですから、正直なところ、かなり悲観
しているのです。良いお知恵がございましたら、お教え願えませんでしょうか?
五の僧: 分かりました。大急ぎで相談して対策を考えましょう。
六の僧: やはり、大イノシシの正体は異界のモノだと思う。
さあ、知恵を絞ろうではないか。
六人の僧はノロシが上った山との距離を見定めた後、輪になって座り相談を始めました。
村人がイノシシ対策の作業を続ける中、六人の僧は討議を終えると村長を呼びました。
説明を聞いた村長は何度も大きく頷いたあと、村人を呼び集めました。
村長 : みんな、聞いてくれ。お坊様方によると、首領の大イノシシは集団が大きくなれ
ばなるほど、群れのイノシシから精気を吸収するので体が巨大化し、一段と凶
暴さを増すらしい。
だから、首領の大イノシシを他のイノシシから遠ざける必要があるのだそうだ。
誰かイノシシについて詳しい者はいないか?
村人A: それなら、与一じいさんが適任だな。村一番のイノシシ狩りの名人だから。
竹槍を地面に立てて、防御用の柵を作っていた与一じいさんが呼ばれて、やって来ました。
与一 : ワシなんかの知恵が役に立つのかな?全く自信がないよ。困ったな~。
村長 : 与一じいさん、村の存亡の危機なのだ。なにか思い当たることはないか?
与一 : そう言われてもな。う~ん、そうだ!イノシシの奴は食べ物に貪欲だから、畑の
ように一ヶ所にたくさん食べ物がある時は徒党を組んで行動するかも知れんが、
食べ物が四方八方に散らばっているとテンデンバラバラに動くのではないかな?
こんなことしか思いつかんが・・・
一の僧: 与一じいさん、お手柄です!今のお話で首領の大イノシシを孤立させる方法を
思いつきました。大急ぎでイノシシの好物を持ち寄って広場に集まってください。
村人は各家庭からイモや大根などの食料を持ち寄って広場に集まりました。土の中から
たくさんのミミズを掘り出して「これ、使えないかな?」と持ってきてくれた子供もいました。
二の僧: 食べ物を束にして縄で縛ったり、外から中身が見える竹カゴに入れてください。
そして、時間稼ぎのためイノシシたちが届きそうで届かない高さの木の枝に吊る
したり、道端に置くのです。村の入口につながる道の左右に、決して一ヶ所に固
まらないようにバラまいてくださいよ。ミミズも道の上に撒き散らしてください。
三の僧: 首領の巨体イノシシは食欲もずば抜けて旺盛だろうから、道沿いに置かれた少
しずつの食料より、一度にたくさん食べられるこの村の畑に突進して来ると思い
ます。でも、他のイノシシたちは食べ物に気付けば、すぐに食べようとして足が
止まるはずです。
四の僧: そうやって一頭ずつ、バラまいた食べ物で足止めさせて、首領のイノシシと引き
離すのです。
村長 : 首領の大イノシシだけでも村を破壊できるほどの力があると聞いていますが・・・
五の僧: 大丈夫です。首領の大イノシシは徒党を組んだ周囲のイノシシたちの精気を取
り込んでいますから、呼び寄せたイノシシたちが離れてしまえば、精気が徐々に
失われ、その体はドンドンしぼんでいくと思いますよ。
六の僧: おそらく一頭だけになってこの村にたどり着く頃には、少し体が大きい程度のイ
ノシシになっていると思います。さあ!早く取り掛かりましょう
村人は野菜だけではなく、木の根やドングリなども集めて、六人の僧の指示通りに配置す
ると急いで村に戻り、家の戸をしっかりと閉じ、息を潜めて待ちました。六人の僧と村長が
村の入口で様子を見ていると、山のノロシが一段と高く太く上がりました。
大イノシシの集団が村に向かい始めたようです。六人の僧と村長も屋内に身を隠しまし
た。ところが、それから一刻ほど経っても、徒党を組んで突進してくるはずのイノシシの足
音が一向に聞こえてきません。
不思議に思った村長がソロリソロリと戸を開けて外を見ると、広場の木の下で少し大きめ
のイノシシが1頭だけ、鼻を使って地面に穴を掘っているではありませんか。
村長 : オ~イ、みんな、もう大丈夫だぞ!村は救われたんだ。六人の僧さま、皆様方は
村の恩人です。何とお礼を申し上げて良いやら。ありがとうございました。
一の僧: いいえ、与一さんの経験や知識がこの村を救ったのです。私たちは、それを手
がかりに、ほんの少し手をお貸ししただけです。
二の僧: 首領のイノシシも本来の姿に戻ったようです。あの表情を見れば判ります。
みなさん、もう安心ですよ。良かったですね。
三の僧: イノシシの体に宿っていた異界のモノは我々が供養しますから安心してくださ
い。
六人の僧が立ち去ったあと、村人は広場に六地蔵尊を祀って、感謝の心を後世に語り継
いだそうです。