定期更新としている日曜日、午前中はいつものように畑作業
ここまでひっぱってきたナスを収穫とともに抜根、今年もたくさん採らせていただいた。
その後に堆肥と苦土石灰と肥料を施して耕して、ほうれん草の種を蒔く。
ゴーヤと里芋の後にも同様に堆肥などを混ぜて耕し豆の種を蒔く、来年春の収穫を待つ。
午後はバレーボールの練習、久しぶりなので怪我をせんようにと思うが、ボールに身体が反応して
思いのほかの運動量、、晩飯時にはなんだか「疲れたの~」状態で晩酌が進み、日曜日はそのままダウン。
そして、またしても不定期の火曜日更新。
実は、今日11月8日は筑紫哲也さんの命日、亡くなられて8年になる。
ニュースキャスターとしての彼を知っている人は多いと思うが、元は朝日新聞の政治部記者、
今は廃刊となったが「朝日ジャーナル」という硬派週刊誌の編集長もされていた。
「週刊金曜日」という雑誌の編集委員もされていた。
2008年に亡くなられたのだが、それまでに書かれたものをまとめた著作をここ最近何冊か読んでいて、
書かれていた内容は多岐にわたるものの、要すれば
この国のありよう、この国の政治のありようといったことについての憂いを独特の筆致で綴られている。
その中で、ひときわ瞠目したコラムがある。
2003年1月24日付のもので地震に対するこの国の備えについて記しているものだが、一部をママ紹介してみる。
「私が個人的にいちばん怖いと思うのは原発である。炉心溶融を起こさぬよう地盤強化が検討されているが、
電力会社はその高コストを嫌がっている上に、いくら安全だと言われても、これまでの隠蔽体質から言うことが信用できない。
仮に炉心は守っても、そこから延びている諸々のラインはずたずたになるだろうし、臨海原発が多いが、
その海で津波が起きると前後にいったん潮が引いて取水・排水機能が失われて”空だき”状況が起きはしないか…と不安のタネは尽きない。」
”空だき”状況に至る予見には若干相違はあるものの、地震による津波によって福島第1原発は
皆さんご承知の状況となっている。
これ以外にも小泉政権時には”靖国参拝”などの右傾化についてのことが書かれているが、
今の安倍政権となってからの状況を筑紫さんが存命なら、どうコメントされるだろうか。
ご本人としては、自身の立ち位置は変わらないのに、客体がどんどんと右側に行ってしまって、
客体から「最左翼」などと非難を浴びせられて、はにかんんだような苦笑いを浮かべられるかもしれない。
などと想像している。
実は、1984年に乗船したピースボートで筑紫さんと対面している。
当時、ピースボートの主催代表は、辻元清美だった…ま、今回それはええとして、
船上で筑紫さんの話を聞いたが、内容は記憶から飛んじゃってるものの、その時にサインをいただいた。
記憶にあった言葉は「多事争論」だが、見直してみると「足考手思」だった。タハハ…
いずれにしても、様々な視点で「この国のありよう」を語られ、その思いが文献で残されていることに
感謝したい。
特に政治情勢や世情が筑紫さんが存命の時から更に憂いの度合いを増していると強く感じられる。
少々長くなったが、ご紹介まで。
ちゃちゃじい様:あれから何度あのシーンが繰り返し放映されたことでしょう。
何度見ても打ち震える気持ちが湧くのはどうしてなのでしょう。
選手たちの心がそのまま現れているからなのでしょうね。
台本にはなかった胴上げも黒田のいろんなものへの感謝を捧げてるように見えるしぐさも。