連休明けてから、なんとのおう気温が高いような感じがして、天気予報などでも平年を上回る気温などと言っている。
九州南部では梅雨入りなどと聞くと、それだけでジメジメ感に覆われそうな気分になる。
「令和」になって、昭和生まれの者、特に同世代の者と飲むと3つの元号を跨いでいることを話すことがある。
祖母は明治42年生まれで、子供の頃に祖母の年齢を正確に聞いた記憶もないが、計算してみると小生が生まれた時は50歳代、
物心ついた子供時分、ずいぶんと年寄りに見えたが、実は60歳くらいだったとは……
今では明治生まれの超高齢の人は少ないだろうが、明治・大正・昭和・平成、そして令和と、5つの時代を生きている。
改元騒ぎを少々醒めた眼で見ていたけど、3つの元号を跨いでいることに微かな感慨めいたものもある。
ただ、それはこの先「へ~、昭和生まれなんですか?」というような見られ方をするんだろうな、という自嘲的な意識なのかもしれない。
でも、昭和は64年1月7日まであったから、昭和36年生まれの人間などを「へ~~、…」などと言われるこたぁないだろう。
昭和ヒトケタや戦前生まれなら価値があるのかもしれないけど…、ってどういう価値なんだ?
激動の昭和、とりわけ、昭和20年を境にした前後の激動、平成ヒトケタ半ばまでのバブルとその崩壊、失われた20数年、
自分では、30歳代初めまでの将来に対する不安などカケラも感じなかった頃を思い返すと、楽しいことばかりが思い出されてくる。
バカなこともいっぱいやった。否、バカなことしかしてないか…ハハハ
バブル崩壊で、時代の空気が反転して将来不安に覆われて今もそれを引きずっている感もある。
その要因は様々でひとことでは言い表せないし、言い表す能力もないが、それでも、人はどっこい生きてるんだよな、とは思う。
今回の改元に特別な意味とか変化の機会と思っている人には申し訳ないが、4月30日から5月1日になって何の変わりがあろうものか。
自分には、昨日の続きの今日でしかなかったし、変わったことと言えば、仕事で作る文書の元号が変わったくらいのもんだ。
認知症の親父にとっては、改元はおろか、今が何年で、何月何日なのか、といった認識さえない。
と親父のことを書いてみると、なんだか妙に可笑しくて堪らない。
いずれにしても、
庶民としては、御上をあてにし過ぎず、身の丈にあった生活で毎日をつつがなく暮らすことくらいのもんかのうと思う。
そういうなかで、
職場がクールビズになって、半そでカッターシャツを着ると、年取って細った二の腕を晒すのがちと恥ずかしいのぅ、とか…
最下位スタートした広島カープがここにきて首位巨人と並んだぜぃ~、イェ~イ!!
なんてことが目下の課題だったり関心事だったりするのである。
ちょい悪さま:まったりは必須ですね、誰にとっても。
なんとな~くですが、山陰にはそういうスポットが多いような気がします。
単に自然が多く人が少ないせいかも知れませぬが…。
ちゃちゃじい様:ご心配、ありがとうございます。
ただ、そういうオッさんがいても不思議ではない光景ではあります。
みたき通信社様:海に山に川に田んぼに…と原風景的な場所は近くに随所にありそうです。
画像のパクリ、OKです。
といっても、めったにええ写真は撮れないんだけどね。