竹とんぼ

家族のエールに励まされて投句や句会での結果に一喜一憂
自得の100句が生涯目標です

ともかくもあなたまかせの年の暮  一茶

2016-11-13 | 一茶鑑賞
ともかくもあなたまかせの年の暮




あれこれ考えたところでどうにもならない。この年の暮れも、
すべてを仏さまにお任せするよりほかにない。〔季語〕年の暮


この句は、毎年、年の暮れになると思い出します。浄土真宗の門徒の家に生まれ、念仏者としても知られる、俳人小林一茶の一句です。この句の“あなたまかせ”というのは、他人まかせとういう意味ではなく、“あなた”とは阿弥陀如来様のことを指しています。
どんなに裕福であっても、貧乏であっても、おごることなく、卑屈になることもなく、ありのままに年を越していきましょうという意味ですから、とらわれの無い年の送り方です。
 
「ともかくもあなたまかせ」と阿弥陀如来様の救いにすべてお任せしている自分だから、私の人生は、何があっても心配のない人生というのです。
 
つまり、ただ人任せにして何もしなくていいというのではなく、自分の命の帰る場所を心得え、本当におまかせのできる救いをしっかりと心に持っているからこそ、どんな苦しみや悲しみに出合っても、人生を安心と安堵の中に生きていけるのです。そうゆう意味で「あなたまかせの年の暮れ」と、詠んだのではないでしょうか。
 
また、一茶は五十一歳で結婚をし、長男が生まれますが、生後一ヶ月で、病のため我が子を失います。次に生まれた長女もまた、一年で病死します。
 
そんな波乱万丈の人生の中で、死んだ我が子を仏として浄土へ生まれさせ、仏となった我が子と一緒に、私を見守り導いてくださっている阿弥陀如来様がいてくださると、心からその救いにおまかせをしている姿がうかがえます。
 
思うようにならない人生だからこそ、悲しみや苦しみの尽きない人間だからこそ、自らの力に頼るのではなく、如来様のご本願にお任せをしていくのが、本当の念仏者なのです。
 
年の暮れに一年を振り返った時、たくさんの方々のお蔭で今私が生きている事への感謝と、いつでも私の傍で、浄土へ生まれていく道を照らし続けていてくださる、阿弥陀如来様への報謝のお念仏とともに、新しい年を迎えていきたいものです。
http://www.ryuutokuji.com/blog/2014/10/post-71.php

づぶ濡れの大名を見る炬燵かな   一茶

2016-11-11 | 一茶鑑賞
づぶ濡れの大名を見る炬燵かな 



冷たい雨が降るなか、
大名行列がずぶ濡れになって通り過ぎていく。
何と大変なことだ。
障子の隙間からのぞき見ている
こちらは暖かい炬燵の中だというのに
権威への反発を、小気味よい諧謔で表す。。〔季語〕炬燵

次の間の灯で膳につく寒さかな   一茶

2016-11-09 | 一茶鑑賞
次の間の灯で膳につく寒さかな



一人旅の宿では、
部屋に灯りさえもつけてくれないので、
次の間からほのかにもれてくる灯りをたよりに膳に向かう。
何ともわびしいことだ。〔季語〕寒さ

寛政3年(1791年)、29歳の時、故郷に帰り、
翌年より36歳の年まで俳諧の修行のため
近畿・四国・九州を歴遊する。

冬銀河賞罰なしの無一物

2016-11-08 | 
冬銀河賞罰なしの無一物




今日は七十二候の「山茶始開」(ツバキ咲始む)だそうだが
その感覚は現代には相応ないようだ

澄んだ夜空の星が美しい
何光年もかけて地球に届く光
来し方が一瞬であることに気づく
特に何をしたわけふぇもないが生きてきたという実感はある

うまさうな雪がふうはりふうはりと 一茶

2016-11-06 | 一茶鑑賞
うまさうな雪がふうはりふうはりと



空の上から、
うまそうなぼたん雪が、
ふうわりふうわりと降ってくることだ。〔季語〕雪

筆者鑑賞
むまさうな雪がふうわりふはりかな 『七番日記』
むまさうな雪がふうはりふうはりと『文政版一茶発句集』
うまさうな雪やふうはりふうはりと『随齋筆記』

一茶は平易な言葉で自分に正直な心情を詠んでいるのだが
何年もかけて推敲を怠らない

ひいき目に見てさへ寒きそぶりかな   一茶

2016-11-05 | 一茶鑑賞


ひいき目に見てさへ寒きそぶりかな

〔季語〕寒さ


意味・・どうひいき目に見ても、自分の姿は寒そうで
    みすぼらしい様子をしていることだ。
    でも今に見ていろ頑張るぞ。

    一茶の劣等感を詠んだ句です。しかしこの劣等
    感には不幸不運に耐えて力強く生きて行こうと
    いう強靭さ、雑草のように踏みつけられ、引き
    抜かれても、なおかつたくましく生きる精神が、
    この句の底に流れています。

 注・・寒きそぶり=たんに寒いというのでなく、
     みすぼらしさの意をふくんでいる

これがまあ終の栖か雪五尺   一茶

2016-11-04 | 一茶鑑賞
これがまあ終の栖か雪五尺




五尺も降り積もった雪に
うずもれたこのみすぼらしい家が、
自分の生涯を終える最後の住まいとなるのか。
何とわびしいことか。〔季語〕雪

つひの栖(終の住処)
意味:死ぬまで住むことになる最後の家のこと

50才で信濃の国(長野県)に帰った一茶は、
最後の家の主屋を全焼で失なってしまいます。
それからの一茶は、離れの土蔵に暮らすことになったそうです。
そして最期の時をその土蔵の中で迎えたと伝えられています。
<bioscientist8さん >


筆者鑑賞
一茶は終の住処を侘しいと感じていたのだろうか
人は一人で生まれて一人で死ぬ
晩節の一茶は来し方を振り返って
たくさんの出来事が襲っては消えていったころを思い
悟りの境地にいて恍惚としているように感じる

散るすすき寒くなるのが目に見ゆる   一茶

2016-11-03 | 一茶鑑賞
散るすすき寒くなるのが目に見ゆる



秋が深まり、日に日に散っていくすすきの穂。
それを見ると、
日ごとに寒くなってくるのが目に見えるようだ。〔季語〕すすき散る

一人旅の一茶には
この芒原は広大でその穂に荒ぶ風は冷たい
寒さが目にみえるとは一茶の心中でもある
芭蕉の旅とは根本的に相違している
一茶の旅は求道のようにさへ感じられる

露の世は露の世ながらさりながら  一茶

2016-11-02 | 一茶鑑賞
露の世は露の世ながらさりながら



この世は露のようにはかないものだと知ってはいても、
それでもやはりあきらめきれない。
この世がうらめしい。
(長女のさとが疱瘡で死んだときに詠んだ句)〔季語〕露

相次いで我が子を失った一茶の心中はいかばかり
下五の「さりながら」に万感をかんじぜずにはいられない

一人と帳面につく夜寒かな   一茶

2016-11-01 | 一茶鑑賞
一人と帳面につく夜寒かな



一人旅で安宿に泊まった。
一人旅は宿の者から胡散臭く見られるもの。
宿帳に「一人」と書かれて、
夜の寒さがいっそう身に沁みる。〔季語〕夜寒

江戸時代の庶民にとって旅は簡単に出来るものではなかったが、
農村では「伊勢参り」が夢で、
みんなで積み立てた金(伊勢講)で何人かの代表者が毎年行っていた。
信仰の色合いはあったが、遊びが目的だった。
江戸から歩いて12日だから道中の費用も大変である。
食事と宿泊料金を節約した。
安い宿(木賃宿)は一泊素泊まりで120文(1両は6000文)だった。
一茶が泊まった宿もその類(たぐい)だったのだろう。
「一人ですか?」と言う主人の問いかけが夜寒と共に、一茶の寂寥感を増す。
この句から、当時、一人旅は珍しかったことが分かる。