終戦の日。
母が「〇〇さんは『あと終戦が10日遅れたら戦争に行くとこやった。もう召集令状は来ていたから』と言っていた。みんな、お国のために死ぬと言っていても本当は戦争に行かずにすむとほっとしたりして、結局、本心では誰も好き好んで戦争に行く人なんていない」という話をしていた。
そう言われればそのとおりだなと思う。
岐阜の八王源先生も「わしは中国に兵隊に行くときに、中国ではありがとうは、謝謝(シェイシェイ)と言うことを一番先に覚えて行ったの」とおっしゃっていた。
謝謝を一番先に覚えていくというのは、きっと八王源先生も、戦地ではいざというときには中国人に嫌われないように、中国から生きて帰ってくることを考えておられたのだと思う。
事実、生きて帰ってこられたわけだけれど、、、。
僕の父も昭和一桁生まれだから戦争ということは考えていたことと思う。
父が昭和一桁生まれだなと如実に思ったできごとがひとつある。
僕が高校生くらいの頃、モーツァルトの「セレナータ ノットゥルナ」K.239のレコード(たぶんカール・ベームさんの演奏だったと思う)を買ってきて家でかけた。
この曲の第1楽章は、冒頭で、ティンパニーと弦楽器で力強く奏でられる導入(イントロ)がある。
父はそのイントロを聴いた瞬間に
「兵隊さんはつらいもんだね、また寝て泣くんだね」とそのイントロのメロディに歌詞をつけて歌って、「これは軍隊のラッパや」と言った。
セレナータだから弦楽器だけの編成で金管楽器はないのに、父は「これは軍隊のラッパ」と言った。
「兵隊さんはつらいもんだね」 という歌詞までつけて、、、。
そのときのことが忘れなれなくて、ネットに「兵隊さんはつらいもんだね、また寝て泣くんだね」と入れて検索すると、軍隊の「消灯ラッパ」のメロディを収録した動画が出てくる。
それを再生すると、たしかに、消灯ラッパのメロディはモーツァルトの セレナータ ノットゥルナの冒頭の短い導入のメロディにかなり似ている。
そして、セレナータ ノットゥルナのノットゥルナは夜という意味だから、イントロが軍隊の消灯ラッパのメロディに似ているというのは話としてはよくできた話に思えてくる。
音楽で、長調と短調の区別もつかない父が、モーツァルトを聞いた瞬間に消灯ラッパを思い浮かべる。
きっと、兵隊に行くことを意識して、若い日を過ごしていたから、そういうメロディに敏感になったのではないかと想像する。
まあ、そう考えると、僕の両親やそれより年上の世代はみんな戦争を意識しながら若き日を過ごしていたんだなと思わざるを得ない。また事実そうだろうし。
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午後には雨はやんだ。
雨がやんだあと、長良川の橋を車で渡ると、もんぺのようなジャージをはいて、チューリップのようなハットをかぶったおばちゃんが、腰に手を当てて「いやあ、それにしても降ったなあ」という感じで橋の上から川下のほうを眺めていた。
都会ではあまりみかけないタイプのおばちゃんだなと思った。
夕方になって、長良川の支流 津保川の橋を渡ると、Tシャツに半ズボンのお父さんに手を引かれた3歳か4歳位の女の子がやはり橋の上から、川の流れを珍しそうな顔をして見ていた。
まあ、のどかといえば、のどかな光景だけれど、洪水は、本当に怖いなと思う。
雨で気温が下がって、夜、ちょっと外に出ると、秋の虫が鳴いていた。
季節は確実に進んでいくなと思う。
これだけ異常気象が続くと、季節の移り変わりが確実なものでありますようにと祈りたい気持ちになってくる。
いちにち、いちにち、無事で健康にすごせますように、それを第一に願っていきたい。