ケンのブログ

日々の雑感や日記

岐阜マルケ ホームにて

2022年02月22日 | 日記歌入り
■岐阜マルケ
郵便局でチラシを見ていたら「岐阜マルケ」という名前が目に飛び込んできた。

丸いケーキの写真がチラシには掲載されている。

マルケ という文字を見て一瞬 マルシェのなまりかと思ったけれど、なんとなくこれって、また岐阜特有のボケたギャグではなかろうかとのイヤな予感が。

チラシの文字をもっと読んでいくとこんな風に書いてある。

“” 見た目も素材も岐阜まるけ
岐阜には地域ごとのたくさんの特産品があり、
そんな素材「まるけ」の新しいスイーツを
「まるいけーき」に仕上げました。

※【まるけ】岐阜の方言で「~ばかり、~まみれ、~だらけ」の意味“”と。

やはり、そうだったか。

大阪にいたら周りから突っ込み倒されて生きていけなくなるほどの生ぬるい表現。

まあ、大阪にも昔、「天然でんねん」 という名前のペットボトル入りの天然水があったし、サンガリアという廉価な清涼飲料水の会社は僕の記憶によると、国破れて山河あり という漢文の表現をもじってつけたとか、あほみたいな例はいくらでもあるけれど、、、。

しかし、まるけ っていう言い方なつかしいな、、、。

ちらしの注釈には まるけ は「ばかり まみれ だらけ」の意味と書いてあるけれど、子供のころの記憶をたどると、まるけ は 標準語の だらけ とほとんど同意だと思う。

例えば 男はつらいよ の寅さん得意の口上

「結構 毛だらけ 猫 灰だらけ お尻のまわりは くそだらけ」は岐阜弁に置き換えると
「結構 毛まるけ 猫 灰まるけ お尻のまわりは くそまるけ」となる。

単に だらけ を まるけ に置き換えるだけで岐阜の人間が読んだら全く違和感のない文章ができあがる。

そんな風にすぐに格好の例文が思い浮かぶところが僕もこの地に育ったという何よりの証拠とは思う。

ふるさとというのは そういう点でいいものだとは思う。

■ホームにて
中島みゆきさんの「ホームにて」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただけるとうれしいです。

中島みゆきさんの ありがとう というアルバムの中に収録されている歌です。

このアルバムの中では「ホームにて」が最も記憶に残っています。

“”ふるさとにむかう 最終に 乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の駅長が 街中にさけぶ“”

という歌詞を聴いて、僕は、例えば、僕の故郷 岐阜県の 奥美濃の駅とか
北海道の 釧網本線の駅とか、そういう 田舎の無人駅ではなくても、駅員が一人か二人しかいないような 小さな駅を思い浮かべていました。

ほとんど それは 僕にとって絵本の世界の風景のようでした。

歌詞の最後は“”ネオンライトでは燃やせない ふるさと行きの 乗車券“”となっているのであるいは 都会から田舎へのみちなのかもしれません。

都会の駅かもしれないし 田舎の駅かもしれない でも、都会の駅で 駅長が街中に叫ぶということは考えにくい やはり、田舎の駅かなと思います。

まあ、田舎だけれど 違うかもしれない というちょっと不思議なところが、アートの世界のいいところだと思います。

論理的な言葉でとらえることのできる世界はごく限られたものなので、こういう論理性を超えた歌に意味があると思います。

↓中島みゆきさんの「ホームにて」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。


春風のいたずら

2022年02月20日 | 日記歌入り
新聞を見ると高木美帆さんは北京五輪のヒロインであるように思う。

ただ、高木さんって日体大に入学したころは、成績が低迷して、ソチオリンピックの代表にはなれなかったんだなと改めて思う。

その当時って、どんな気持ちで高木さんは過ごしていたのだろう。

僕のブログに何日か前に書いたけれど、高木美帆さんが日体大を訪れた野村克也さんに花束を渡したのはちょうどその低迷していたころにあたる。

でも、僕の目にはその低迷しているころでも野村さんにとても前向きな気持ちで花束をわたしているように僕には見える。

だから、ガッツはいつもあるタイプの人なのだと思う。


人間って、伸びる前に停滞することもよくある話だ。

例えば、新しいことを試みるとき、それで練習や生活のスタイルがかわり、バランスをくずして、少なくとも表面的には調子が落ちたように見えることがある。

表面しか見ない人からは、お前、調子落ちたなあと言われることもあるし、そういうときのつらさは本人にしかわからないと思う。

もちろん表面的に調子を落としているように見えるソチオリンピックの頃、高木さんが何を考え、どんな練習をしていたか僕は知る由もない。

ただ、なんとなく、一度、沈んだように見えた時期があったことが、逆に力を蓄える機会になったのではないかと直観的に思う。

僕も美帆さんのような人を少しでも見習っていきたいとは思う。


■春風のいたずら

山口百恵さんの「春風のいたずら」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただけるとうれしいです。

作曲は文化庁長官の都倉俊一さんです。

山口百恵さんの歌は都倉俊一さんが作曲したものよりも宇崎竜童さんが作曲したものの方が概して僕は好きです。

都倉俊一さんが作曲したものの中では、この歌は最も好きなもののひとつかも。

寒いわ 寒いわ と歌詞に出てくるので冬の歌と思っていましたが、春風のいたずらでした。

春でもまだ今は寒いですね。

都倉俊一さんと言えば、「サウスポー」や「狙い撃ち」は高校野球などを応援するブラスバンドの定番曲です。

この「春風のいたずら」は歌詞が女々しいので野球の応援の定番にはならないと思います。

しかし、この歌のリズムもかなりしっかりとしたアクセントの強いものなので、歌詞を考えずに旋律とリズムだけを考えれば、ブラスバンドの演奏曲として十分に通用する曲だと僕は思っています。

↓山口百恵さんの「春風のいたずら」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。



紺碧の空 うれしいひなまつり

2022年02月20日 | 日記歌入り
僕が卒業した高校は、体育祭は紅白に分かれるのではなく、どの地域から高校に通ってくるかによって、西部 中部 東部に分かれていた。

各軍とも応援歌はあるのだけれどオリジナルのものではなく、一高寮歌とか、早稲田の応援歌 紺碧の空 とか慶応の応援歌 若き血 とかそういうものの替え歌を歌っていた。

僕の属していた中部は、紺碧の空 一高寮歌を中心に数曲の歌を歌ったと思う。

歌を覚えるときは楽器の伴奏などはなくて、応援団が、無茶苦茶下級生を脅して教えるという仕組みだった。

「これから上級生が歌うからそれをまねして、お前らも歌え、
声の小さい奴はつまみ出すぞ」という方式だった。

無茶苦茶歌いながら覚えるし、楽器の伴奏もないので、長年の伝承の間に、旋律が微妙に間違って先輩から後輩に伝えられてきた。

大学生になって、テレビで早慶戦を見てそこから紺碧の空が流れてくるのを聴いて、自分たちがいかに間違った旋律を覚えていたかを思い知ることになった。

大阪で、歌声教室に通うようになって、阪神の応援歌 六甲おろしも 巨人の応援歌 闘魂込めても 高校野球のテーマソング 栄冠は君に輝くも そして早稲田の応援歌 紺碧の空も みんな古関裕而さんの作曲と知った。

日本の代表的なプロのチームや大学の歌を古関さん全部作っている すごい。

確か大阪音大の先生が、当時僕が住んでいた近くの街の文化センターに来てこう言った

「古関裕而さんは阪神の六甲おろしを作ってます。だからと言って古関さんが阪神の味方やと思ったら大きな間違いでっせ。巨人の歌もちゃんと作ってます」と言って笑いをとっていた。

そして、早稲田の歌もちゃんと作っておられる。

動画サイトでその紺碧の空 かなり古関裕而さんの作曲に忠実に歌っていると思われるものを何度か聴いた。
そして、その下の書き込みを見た。

こんな書き込みがある。

「メロディラインが微妙におかしい。迫力ないし」と。

たぶん この書き込みをしたひとは早稲田の応援団が歌う歌が正しいと思っている可能性が高いと思う。

早稲田の応援団の歌も、ブラスバンドの伴奏があるぶん、僕の高校ほどひどくはないけれど、リズムのためを取っ払ってスーッといくような歌い方だし、細かい音符まで歌っていると、なかなかスポーツの応援にはそぐわないから、少し原曲とは違う歌い方になっていると思う。

だから、メロディが微妙におかしいということになるのだと感じる。

ただ、迫力がないということに関しては、人によって感じ方が違うなと思った。

僕自身は 紺碧の空にかんしてはリズムにためがあるほうが迫力があるように聴こえるから、、、。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新聞にまん延防止措置が解除になる地域とそうでない地域があることが書いてある。

僕は夜出歩かないし、お酒も飲まないので、まん延防止の実感があまりわかなくなってしまった。

ひとつのなれなのだろうか。

コロナにもだんだんおさまっていってほしいなと思う。

■うれしいひなまつり
「うれしいひなまつり」をカラオケJOYSOUNDで歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただけるとうれしいです。


↓「うれしいひなまつり」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。



現場は大変 空と君のあいだに

2022年02月18日 | 日記歌入り
■現場は大変
ちょっと用事があってある役所に電話した。

「マニュアルを見ると提出すべき書類はA B C の三つです。
でも BとCは必要な場合の但し書きがしてあります。
僕の場合はBとCは必要ですか」と僕は言った。

電話に出た人はちょっと間をおいて
「そうですね 提出書類はA B Cの三つです」と言った。

ちょっとその回答に僕は疑問を感じたし、答え方がちょっとなげやりで自信なさそうだったので、「このような理由でBとCは不必要だと思うのですが」念を押した。

すると、僕と役所の方としばらく 論点のかみ合わないやり取りをした後で、
役所の方が 「ちょっと調べますのでお待ちください」と言った。

しばらく待っていると役所の方は「やはりAのみで大丈夫です。BとCは不必要です」と言った。

僕はわかりましたと電話を切ろうと思ったけれど、さすがにちょっとこれはと思ったので
「役所の人にこんなこと言っていいのかどうかわかりませんが、最初、あなたがおっしゃったように、A B C全部そろえようと思ったら、僕は大変な目をするところでした。
もう少し、質問の内容を把握してから答えてください」と言った。

すると役所の人は「不慣れで申し訳ありませんでした」とおっしゃって電話を切った。

その、お詫びの仕方をきいて、僕は、“”ああ、電話に出たのは役所と言っても、正規の公務員というよりは非正規の職員の方なのだろうな“”となんとなく思った。


僕も、勤めているときは、パートの人と横並びで仕事をすることが多かったので、そのあたりのことはなんとなく直観的にわかるような気がする。

別の用件で 役所に今度は直接出向いた。

窓口で用件を言うと係の人は「それは、Mという役所に請求する必要があります」と言った。

「じゃあ、Mという役所に電話したらいいですね」と僕は言った。

「電話してもだめですよ。電話で書類の請求はできません。ここに用紙がありますから、これに記入してMという役所に送るか持参するかしてください」と係の人は言った。

僕が電話すると言ったのは、電話で請求するという意味ではなく、電話で請求の方法を問い合わせるという意味だったのに、、、、と感じつつも、まあそれは僕の言葉足らずだったと思った。

それで、係の人に用紙の書き方の説明を受けて、書くことにした。

書いたものをまたカウンターにもっていってチェックしてもらった方が間違いの可能性が減るだろうと思った。

それで、カウンターに行って、先ほどの係の方は別の対応をしていたのでもう一人の係の方にチェックをお願いした。

その係の方は、奥の方の上司の席に書類を見せに行って戻ってきて僕に言った。
「ここ 12-304になってますが12番地○○マンション304に改めてください。もう一枚用紙渡しますので、今、書き直しますか」と。

僕は、長年、自分も仕事してきて、簡易な申込書では、12-304でもそれで郵便が届けば業務にさしさわりなはいとわかっているので、係の人にこういった。
「文字校正レベルのことを質問したわけではないんです。このチェックの入れ方で、必要な書類が手に入るか、そこにポイントを置いてみてほしいんです」と。

「チェックの入れ方は、個々のケースによって違うので、一概に言えません。Mという役所に問い合わせてください」と係の人は言った。

「では、個々のケースということはとりあえず置いといて、一般的には、このチェックの入れ方だと大丈夫な場合が多いですか」と僕は質問の仕方を改めた。

すると係の方は「そうですね。これで大丈夫な場合が多いです」と言った。

まあ、それで一件落着ということになった。

けれど、なんだか心配になってきたので自動車に戻ってからMという役所にも電話して確認した。

結局Mにも電話することになったやん と思った。

ただ、お役所に行って、こんな心もとない対応でいいのだろうかと心配になり、家に帰って、地方公務員を取り巻く問題を、いろいろ検索ワードを組み合わせて調べてみた。

すると、やはり、小泉内閣くらいからの行政改革の流れで、地方公務員の数は減っていて、仕事が回らなくなっている現場がある。

非正規の職員も5割を超えている職場はざらにある。

業務の民間委託も増えた。

公務員の勤務評価が民間と同じように、成果主義になっているので、公務員は全体の奉仕者という日本国憲法の理念を忘れて、上司の方を向きながら仕事をする人が増えた。


などの、問題点を書いたサイトがいくつか出てきた。

確かに、自信のないことを調べずに生返事してしまうのは、電話を中断して、調べていると、職務知識がないということが周りや上司にわかるから ということもあるかもしれないと思った。

どれだけ待たせるんやという市民もいるかもしれないし。

でも、やはり、お役所は、社会の中心。

例えば、今の再生可能エネルギーのことなどでも、まず、お役所が旗を振って民間がそれに連動して動いている。

公務員の質がややもすると低下しているというのは、みんなで考えなければならない問題だと感じた。

■空と君のあいだに
中島みゆきさんの「空と君のあいだに」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただけるとうれしいです。

歌詞の中で
「君を泣かせたあいつの正体を僕は知ってた
憎むことで いつまでも あいつに しばられないで」という言葉が僕にとっては最も印象的です。

結局、憎んでいると、その憎しみという感情に憎んでいる自分がしばられることになる
憎しみという感情に憎む側が苦しむことになる という事実に気づかされることになります。

そのことを思うとき僕は八王源先生にかけてもらったこのような言葉を思い出します。

「この道にうらみはないの。今はうらんでいる人に向かって いつか 手を合わせて拝む日がくるよ」と。

↓中島みゆきさんの「空と君のあいだに」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。





春 卒業の季節

2022年02月18日 | 日記歌入り
暦の上では春ですが、まだ冬と同様に寒いです。

国道沿いの貸衣装のお店のショーウインドーに卒業式の袴の飾りつけがしてありました。

もうそろそろ、そんな季節と思います。


■卒業 尾崎豊
尾崎豊さんの「卒業」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いICレコーダーで簡易に録音したものをアップします。

聴いていただければ嬉しいです。

普段、この歌を聴くときは動画サイトに出ている、ライブで尾崎豊さんが歌われたものを聴きます。

それに慣れていると、なんとなくカラオケの音源はテンポが遅いようにも思います。

感覚的にそう思うのかもしれません。

尾崎豊さんが亡くなって2,3日後に、職場のバイトの子に「尾崎豊、亡くなりましたね」を言われました。

当時も僕はテレビをほとんど見なかったので、その子の言葉で尾崎豊さんが亡くなったことを初めて知りました。

当時、僕は尾崎豊の歌は「卒業」のさび以外なにも知らなかったので、ああ尾崎豊亡くなったのかと思った程度です。

そして、尾崎さんが亡くなったと言った子はきっと尾崎豊のファンだったのだろうと思いました。

当時、「卒業」はいろいろなところで流れていました。

 僕の母は当時、尾崎豊さんの「卒業」について「あの歌、むちゃむちゃの歌やけどなんかいいねえ」と言っていました。
僕はさびのところの「夜の校舎窓ガラス壊して回った」というところしか知らなかったので、まあ、そんなものかと思いました。

この歳になって聴くと確かにいい歌だと思います。

ただ、ちょっと息が詰まりそうな気持になることもあります。

今の世相を思い浮かべながら「卒業」の歌詞を見ると、なんだか妙にマッチしているような気がして
そんなところにこの歌のすごさ 普遍性があるのだと思います。

歌詞の絶対量が多い歌という印象も僕はもっています。


↓尾崎豊さんの「卒業」をカラオケJOYSOUNDの音源で歌いました。